第29話 災厄の力
翌朝、全員が集まった。
ルカが食事を終えて、いつもの尊大な顔に戻っていた。
「ご飯が美味しかったのだ」
「よかったです」
「アリアのご飯は合格なのだ」
「ありがとうございますー!」とアリアが言った。
いつも通りだった。
でも、話し合わなければならないことがあった。
「少し話があります」と僕は切り出した。
全員こちらに注目する。
「ムーンヴェイルが何を作ろうとしているのか、説明させてください」
ムーンヴェイルの狙いをみんなに説明する必要があった。
「ルカさん、昨日持ち帰った資料を見せてもらえますか」
ルカが資料を広げた。
「設計図の概要なのだ。ルカが書いたものだ」
「説明してもらえますか」
「物質が分裂するエネルギーを利用する構造なのだ。出力が通常の神器の比ではない」
「どのくらい違いますか」
「比較にならないのだ。これまで見てきた神器とは桁が違う」
「これが何のための装置なのかは、最初からわかっていたんですか」
ルカが少し黙った。
「……最初はわからなかったのだ。でも」
ルカが僕の方を見た。
「ソータが知っているはずなのだ」
全員の注目が集まる。
「そうですね、知っています」
「なんで知ってるの!?」とゼナが言った。
「僕の世界では、これと同じ原理の兵器が実際に作られて、使われた歴史があるので」
少し間を置いた。
「核兵器、と呼びます」
「核兵器」
レインが繰り返した。
「一発で、大きな都市が一つ消えます」
皆が沈黙がした。
ヴェインが「……一発で、城が消えるということか」と言った。
「城どころか、周囲一帯が焼け野原になります」
「そんなものが……」とゼナが言った。
「作れるの?」
「古代文明が設計図を残している。ルカさんの技術があれば、理論上は可能だと思います」
ルカが「……やりたくないのだ」と言った。
「でも、作れないとは言えなかったのだ」
「核反応を起こすこと自体は、古代の神器の組み合わせで実現できるかもしれません。でも問題がいくつかあります」
「問題とは」とレインが聞いた。
「膨大な熱と圧力を伴うシステムを安定稼働させるためには、極めて高度な工学技術と物理の知識が必要です。僕の世界でも、核の原理が発見されてから実用化までに何十年もかかりました。その間に多くの事故が起きています」
「事故が起きるとどんなことが起きますか?」
「制御できなくなった時、核は周囲に膨大な熱と、目に見えない有害な物質を撒き散らします。この世界の言葉で正確に言うのが難しいですが」
「放射線、というのですよね」とソフィアが言った。
オタク喋りが消えていた。
「ルカさんの資料に、それに相当する概念が出てきていました」
「そうです。それが土地にも水にも空気にも残る。奇跡では治せない損傷を体に与える。何十年も、人が住めなくなります」
「……それが各地に広がれば」とレインが言った。
「広がれば、世界規模の災害になります」
「ムーンヴェイルはそれを知っているんでしょうか」とソフィアが言った。
「知っているはずです」
「知っていて、作ろうとしているんですか」
「だから、こういう考え方をするんだと思います。推測ですが。」
僕は少し間を置いた。
「汚染される場所を、自分達に影響のない遠い場所にする。使う場所と、汚染される場所を分ける。汚染は他の地域に押し付ける。そういう立場にいる人間なら、核を使っても自分は安全でいられる」
「……巧みですね」とレインが言った。
怒りを抑えた顔だった。
「だからこそ、止めないといけない」
「ただ」と僕は続ける。
「一つ気になっていることがあります」
「なんですか」
「ムーンヴェイルが、どうやってここまで設計を進めたのか、ということです。この技術的な問題を突破するには、古代システムの知識を深く持つ人間が必要なはずです」
「ルカさん以外に、そういう人間がいるということですか」
「可能性はあります。ただ、ルカさんが連れ去られたということは、それだけではまだ足りなかった、ということだと思います」
レインが少し表情を変えた。
「……心当たりがありますか」とソータが聞いた。
「……一人、います」
「どういう人物ですか」
「かつてロゴスに近かった人物で、核の設計図の存在を知っていた可能性がある。古代システムの知識も、相当なものがあったはずです。ただ」
「ただ」
「随分前に行方不明になっていて……今どこにいるかはわからない」
ルカがレインを見た。
同じことを考えている顔だった。
僕は「もしかすると、ということですか」と聞いた。
「……可能性の話です」
それ以上は言わなかった。
全員が、レインとルカの顔を見た。
それ以上、誰も聞かなかった。
「制御できれば、どうなりますか」とソフィアが聞いた。
オタク喋りが完全に消えていた。
「膨大なエネルギー源になります。僕の世界でも、兵器としてだけではなく電力としても使っています。むしろ電力がメインで核兵器は副産物です」
「電力として」
「この世界で言えば、王都全体の奇跡を賄えるくらいのエネルギーが、比較的少ない材料から取り出せます」
「それは」とソフィアが言った。
「奇跡の独占を終わらせる力になり得る」
「そうです。だからムーンヴェイルが狙っている。制御できれば絶大な力になる。そしてその開発をレインさんの名前で進められれば、何かが起きた時に責任を押し付けられる」
「わたしの演説が、それを可能にした」とレインが言った。
「演説の内容は正しかった。利用されたことと、内容が正しいことは別の話です」
「……そうですね」
レインが少し俯いた。
「でも、利用されたことは事実です。わたしが慎重にやりすぎたせいで、長い時間がかかった。その間に、こういう人間が出てきた」
「まだ、止められます。なんとかしましょう」
「根拠は」
「みんながいます」
レインが小さく笑った。
「ゼナさん、また痕跡を追ってもらえますか。設計図がどこにあるか、ムーンヴェイルが次にどう動くか、手がかりを探してほしい」
「任せて。特別手当は」
「出ます」
「よし」
「ヴェインさん、ルカさんの護衛をお願いします。また狙われる可能性があります」
ヴェインが「……わかった」と言った。
「ソフィアさんは引き続きルカさんと研究を」
「デュフフ、もちろんです」
「レインさんは教会側の動きを」
「わかりました」
「アリアさんは情報収集を」
「はーい! 頑張ります!」
全員が散った後、ルカが一人で作業室に残っていた。
机の上の資料を見ていた。
自分が書いたもの。
自分が計算したもの。
自分が教えてしまったこと。
「……ルカのせいで、一歩近づいてしまったのだ」
誰もいない部屋で、小さく言った。
何が起きるか、ルカにはわかっていた。
自分が手伝った部分が、何の問題を解決したのか。
でも今は、誰にも言えなかった。
しばらくして、ルカは机に向かった。
「止めるのだ」
小さく言った。
その後、資料を広げて研究を始めた。
夜、僕は一人で考えを巡らせていた。
核兵器の説明をした。
でも言えなかったことがある。
僕の世界では、核兵器が実際に使われた。
多くの人が死んだ。
それは止められなかった。
でも。
「ここでは止めます」
決意の言葉だ。
今日も、なんとかなったことだし――
明日も、なんとかできるはずだ。
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