(2)『MY旅図鑑』竹野竹特集「竹野竹市の歩き方」
旅先には、不思議と地図だけでは分からない町があります。
竹野竹市も、そのひとつです。
尾張地方の
二〇〇〇年に誕生した比較的新しい市でありながら、
その歴史は千年以上に及びます。
異なる顔を持つ四つの地区が一つの市を形づくり、
それぞれが独自の魅力を放っています。
今回の『MY旅図鑑』では、
そんな
さあ、歴史と風景が交差する町へ出かけてみましょう。
(1)2つの個性がひとつに ──
尾張地方の
“東美濃”と“三河”の境に位置する竹野竹市は、
二〇〇〇年、
人口五万人ほどの中規模都市です。
市の中央を、東西に流れる“
南北を貫く幹線道路“
都市の骨格を形づくっており、
その周囲を囲む東西南北四つの地区には、
それぞれ異なる歴史と風景が息づいています。
(2)散策前にチェック!
歴史、信仰、そして現代 ──
①【
平安末期の1129年に
尾張国山田郡の
江戸時代には武家屋敷や学問所が置かれ、
武士たちが剣術と学問に励んだ土地として栄えました。
現在もその気風は色濃く残っており、
教育・文化施設が集まる、
市内随一の
竹斬川沿いに続く古い石垣や、
竹田八幡宮の参道脇に並ぶ竹田家・尾張島家、
二つの名家の武家屋敷は、
江戸の
その落ち着いた町並みは、
市民の
②【
竹野竹市南西部に位置する歴史地区。
平安末期の1140年に
開かれた尾張国山田郡の
長きにわたり
江戸期から昭和期にかけては、
この地方における行政・商業の中心地として発展し、
現在も古い町割りや商家の
明治期に建てられた
大正浪漫を今に伝える
昭和レトロな
時代ごとの建築が町並みに溶け込み、
人々の暮らしの中に千年の歴史を静かに息づかせています。
③【祇園地区(ぎおんちく)】 ──「田園と信仰の町」
竹野竹市東部の山裾に広がる森と祈りの土地。
古墳時代にはすでに拓かれていたとされ、
市内でも最古の歴史を持つ地域として知られています。
一一〇二年には、古墳系豪族・
“
戦いは、竹田側の勝利に終わりました。
そのため、祇園地区は、
長く
組み込まれるという歴史的背景をもっています。
現在も山林と田園が広がる一方、
古社や古墳群が数多く点在しています。
中でも
「蛇神が棲まう地」として古くから
この地における重要な信仰の対象となってきました。
深い森の奥には、
名もなき塚や
時折、新たな
④【竹野台ニュータウン地区】 ──「現代と発展の町」
竹野竹市南東部に広がる新興住宅地区。
二〇〇〇年、
大規模な都市開発が進められ、
市役所や大型商業施設、
公共施設が集積する行政中枢として整備されました。
「竹野台ニュータウン駅」の開業以降は、
交通アクセスも大きく向上し、
現在では市内最大の人口を擁する地区として発展を続けている。
しかし、その造成地一帯は、
平安の昔より“
開発工事の際には、
数多くの人骨が発見されたという噂も残されていますが、
市は現在に至るまで、公式な見解を示していません。
■ 編集部より
竹野竹市の魅力は、
一日ではとても語り尽くせません。
歩くたびに新しい発見があり、
訪れる季節によっても異なる表情を見せてくれます。
歴史を感じる町並みを巡るもよし。
自然豊かな山々を歩くもよし。
しかし、竹野竹市には、
地図に載らない場所もあるそうです。
それが昔話なのか、単なる噂なのか、それとも──。
その答えは、
実際にこの町を歩いた人だけが知ることになるのかもしれません。
本誌が皆さまの旅のきっかけとなれば幸いです。
次の休日は、ぜひ
※本作の舞台となる「
カクヨムの【近況ノート】にて公開しております。
各地区の位置関係や、
物語の視覚的な補足としてぜひあわせてご覧ください。
https://kakuyomu.jp/users/taketakechop/news/2912051601109322076
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