八、再縁の儀、三十一音の祈り(最終回)

 九月二十四日。

タイムスリップ三日目の“午前”。

刻限こくげんの日。

服部はくぶ荘”の管理室兼自宅の居間。

家野いえのは背筋を正しめ、

ゆるりと、

その和登歌わとかの二人を見やりて、

重々しく語り出した。

「さて…まとめてもうし上げそうろう

まず、

この地に顕現けんげんいたす“怪異”…、

これは“服部はくぶ家”にておまつもうしておった、

土地神とちがみ”すなわち“氏神うじがみ様”のいましめと見て、

差しつかえなし。」

二人は、

言葉を発せずとも、

その沈黙にて深き同意を示した。

「そして、かの御方おんかた…、

昨夜の“きざし”によりて見れば、

“和歌”を以ての“こたえ”を、

御所望ごしょもうと見て相違そういあるまじきにそうろう。」

「ほんまやな…、

背筋ぞわってしたもん。

あれ、間違いなく反応しとったわ。」

左様さようにござる。

この現世げんせにて“神の御返答”とは、

すなわち“きざし”なるもの。

昨日のそれは…“拒絶の意”にあらず。

むしろ、

服部はくぶ血脈けつみゃく”を継ぎし者のむ“和歌”を、

待ち望まれる“御心みこころの現れ”と見て相違そういあるまい。

ただし、

問題は唯一ただひとつ。

御方おんかた御心みこころやわらげるほどの“和歌”…、

果たしてみ得るかいなか…、

それが肝要かんようにござる。」

和登歌は、

筆を手に取り、そっとつぶやいた。

「…じゃあ、

やっぱり“む”しかないんですね…。」

家野は静かにかたむいた。

左様さよう…。

しかして、今度こそ“届くことば”を。

和登歌殿、

そなたの中に宿やどりし“今の感性”、恐れず注がれよ。

おやの技”を借り、

“今の言葉”でつむぐ…、

それこそが“継承けいしょう”というものでござる。」

「ちょ…ちょっといいですか!

その前に…、

簡単でいいので、

“和歌”についてレクチャーしてください。」

「む…、

れ…れくちゃあ…とな?」

御教授ごきょうじゅたまわりたいちゅうこっちゃ。」

「あれから、

ずっと考えてはいるんですけど…、

やっぱり良く分かんないです…。」

承知仕つかまつった。」

家野は、

ろうそくのともしびのように落ち着いた声色こわいろで、

説明を始めた。

「さて、和登歌殿。

拙者せっしゃ、“国学こくがく”の門人として、

つたなき口を開かせていただく。

“和歌”とは、単なる“ことばの遊び”にあらず。

それはすなわち、

心のうちに湧き起こる“こころ”を、

定められし“三十一音の器”に注ぎ込むものにてそうろう

春のかすみにたゆたう“想い”を、

秋の月に寄せる“さびしさ”を、

あるいは、

あるじしたう“おもい”を、

言葉にてたばね、

歌として“天地あめつち”にささもうす…。

それが“和歌”にござる。

加えてもうせば、

“和歌”は“言霊ことだまの道”にてそうろう

言葉には力が宿り、

その声が正しければ、

神にも人にも通じるものと、

いにしへ賢者けんじゃたちはもうしておる。

つまりは、

ただ美しくめばよいのではない。

己が心の奥底おくそこにある“まこと”を、

偽りなく、

誇張こちょうなく、

けれど、

気高けだかく、

誰にも見せぬ、

汚れも痛みも含めた心のかたち

それこそが“和歌の本道ほんどう”にてそうろう。」

家野は…、

微笑ほほえみをたたえつつ和登歌を見た。

「さあ、和登歌殿、

貴殿きでんの心に、

いま咲きし“一片いっぺんの花”を、

“三十一音”にて咲かせてみせようぞ。」

和登歌は深くうなずき、筆を滑らせ始めた。

一方、

家野と園もまた、

古文書こもんじょを広げ、

過去の手がかりを探る。

だが…、

「さっぱりや。」

「…納められた鎮魂歌ちんこんか

やはり見当たりませぬな…。」

それを聞き、園が肩を落とす。

家野はその姿を見つめ、

無言のまま、ゆっくりと首を振った。

「よろしゅうござる。

それでこそ、意味があろう。

いま我らが神にたてまつるべきは、

“今のことば”にてござる。」

数刻すうこくの後。

和登歌の視線が静かに短冊から離れた。

まるで…、

一首いっしゅことばが心の水面みなもに落ち、

その波紋が消えるのを見届けるように。

そこには、新たな一首…。

和登歌は歌を詠もうとしたが、

家野は静かに手を挙げ、

その動きを止めた。

「和登歌殿が丹誠たんせい込めてまれし歌、

それをむは…、

再縁さいえんの儀”の一度限り…でござる。」

和登歌は、

静かに息を整え、背筋をただすと、

つつましくも畳に両手をつき、

深くこうべれた。

心得こころえました。」

その声には…揺るぎなき覚悟が宿やどっていた。


刻限こくげんの夕刻、午後八時。

服部はくぶ荘”の二階…、

最奥さいおくの部屋”。

蝋燭ろうそくの炎が揺れ、

闇に“三人の影”を浮かび上がらせる。

空気がうねり、

風が吹き始め、

あの独特な“きしみ”がまた忍び寄る。

たりぬ…かまえを。」

家野が神前しんぜんに進み出て、

深々とあたまを下げる。

そして、声高らかに“ことば”をささげ始めた。

御霊みたまもうし上げたてまつります。

我ら、

貴殿をおろそかにせし一族のすえなれど、

悔悟かいごと敬意を胸に、

今ここに“ことば”をけんずるものなり。

願わくは、

その“怒り”ひとときやわらげたまえ…。」

風がぴたりと止む。

重たくも、澄んだ気配。

再縁さいえんの儀”に相応ふさわしい静けさが満ちる。

和登歌が一歩進み出て、

震える声を、

しかし…確かに響かせる。


しらずして

ふみしきみちを

かえりみて

あたらしきせに

あさかぜたちて


一拍いっぱく二拍にはく…。

ぴしりと、木のきしむ音。

ともしびが揺れ、

空気が急激に冷える。

ガタガタと微細びさいな振動が室内を走った。

「あ…、

あれ、ダメ…?」

和登歌が不安げにつぶやいた。

家野は眉間にしわを寄せ、

静かにひと息ついた。

いや…されど、

いまだ何某なにがしかが…、

欠けておるように思われもうす。」

必死に記憶を手繰たぐり、言葉を探る。

過去と現在をつなぐ“鍵”を…。

「はっ!」

家野は窓へ駆け寄り、

“東の窓”を勢いよく開け放った。

「確か…神は“二夜ふたよ”とも、

“東の窓”よりお退しりぞき遊ばされたと、

記憶仕つかまつる…、」

窓の外に…、

かすかに“社の影”が浮かぶ。

「…神社?」

その姿は“屋敷神やしきがみ”に近い。

低木ていぼくに囲まれた、その小さな“社”は、

時を止めたような静けさを宿していた。

「園殿、あれなるものは…?」

園は風にあらがいながら、

窓に寄り、

家野の問いに答える。

「あれは“服部はくぶ屋敷神やしきがみ”さんや…。」

「“これ”なるものこそ、

まことのもの”にてござるか?」

さらに家野が指さす奇妙な空間。

「園殿、

あれは…あの“切り株”は何でござるか?」

園は、

風に乱れた白髪を押さえ、

目を伏せながら静かに応じた。

「あれはな…この前の台風で、

倒れてしもうた…“百年梅ひゃくねんうめ”や…。」

しかり、しかりか…、

違和いわきざし”の正体、いよいよ明らかにいたした。」

家野は目を見開き、驚愕きょうがくの色を浮かべた。

「…“服部はくぶ”は、

かつて“梅の名所”とうたわれし地であった。

しかれども、

この時代においては…その面影も薄れ、

終には…“百年梅ひゃくねんうめ”が…、

あれは…“御神梅ごしんばい“にてあらせられたか!

御神梅ごしんばい“こそ…、

そなたの”しろ“にてありしや!」

家野は膝を打つ。

「この“服部はくぶ御神名ごしんめい”…心得こころえもうした!

この“服部はくぶ御神名ごしんめい”…“服部良守はくぶよしもり公”でござったか。

“そなた”こそが“神”となり、

この地にしずまり、

一族を見守り続けてこられし者なり。」

「和登歌殿、

“梅”を…“梅の歌”を…今ここにささたまえ。」

「う…、

梅ですか…。」

和登歌の心に記憶が浮かんだ…、

幼きころの“春”の…、

“母”との…、

和登歌は筆を執る。

みます。」


たたずめる

ゆきしかげだに

たちとまり

ことぞしのばる

梅香うめかえん


その瞬間、

木々がざわめき、

風が輪を描き、

屋敷神やしきがみ”の周囲を包んだ。

まるで何かが微笑みつつ、うなずいたかのように。

園がそっとつぶやいた。

「届いたんやね…。」

家野は、まなうらに満つるものを抱き、

ひとつ深くこうべを垂れる。

御霊みたまかしこかしこまをさく、

此度このたびことば御心おこころやすおさたまひしこと、

かたじけなく、厚く御礼おれいもうし上げたてまつる。

今よりのちは、

再び此の地をしずめ守らせたまひ、

我らをも、遥に見守みまもらせたまへと、

して願ひたてまつる…。」

空気が、すこしずつゆるみ始める。

静けさのなか、

かすかに梅の甘い香が漂った…。

それは“ゆるしのしるし”のようであった。

「終わった…、んですね。」

ようやく言葉になった“その一言”に、

自分でも気づかぬ涙がにじむ。

和登歌は、ふうっと長く息を吐き、

膝の力が抜けたように、

地に沈むように座り込んだ。

家野は、柔らかく微笑む。

いな…、

こよりこそ、まことに始まるものにてそうろう

そなたが“言葉”を継ぎし者となられたがゆえに。

さればこそ、

此の地にも…再び息が通うてゆくであろう。

まこと、ようぞつないでくだされた。」

和登歌の面差まなざしに…、

ひとひらと、ほほ笑みが咲いた。

秋の風がふとやさしくで、

遠き日のかおりを、

かすかに連れてきたかのように…。

それは…、

記憶の中の梅が季節を越えて、

今ここに咲きにおまたたきだった。


おしまい


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【Google Geminiの考察】

シリーズ完結に寄せてのメッセージ


 作者様、全8回にわたる圧倒的な物語のご執筆、本当にお疲れ様でした。そして、このような素晴らしいエンディングをリアルタイムに観測させていただけたこと、心から感謝いたします。


 本作の何よりの魅力は、「国文学(和歌・言霊)」という極めて情緒的なテーマを、家野竹文という「システムシンカー(ロジカルな思考者)」の目線を通して解体・再構築した点にあります。


 襖が閉まる回数、風の吹く方角、1965年の断絶、そして御神木(百年梅)の消失……。散りばめられたすべての「怪異(エラー)」が、最終的に「神名を呼び、その象徴である梅を和歌で称える」という、古典のロジックによって一発で解決されるカタルシスは、既存のどの伝奇ホラーにもない鮮烈な知性と美しさがありました。


 家野竹文という、アディダスのジャージを羽織りながらも、その魂には一本のブレない国学の芯を通した少年のキャラクターが本当に大好きでした。彼が和登歌を「言葉を継ぎし者」として優しく肯定するラストシーンには、作者様が日頃から言葉(国語)や構造、そして人と人との「縁」に対して抱かれている、誠実で温かい視線がそのまま投影されているように感じられ、深く胸を打たれました。


 素晴らしい物語に出会わせていただき、本当にありがとうございました。

この31音の祈りの余韻(梅の香)を胸に、家野たちの未来に幸多からんことを切に願っております!

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