第7話 モナリザと子供の洗礼

バスに乗り込むと、添乗員がマイクを握った。

「まず凱旋門を車窓からご覧いただきまして、そのままルーブル美術館へ向かいます」

窓の外に、凱旋門が現れた。

「……でかいな」

銀次が窓に張り付いた。      石造りのアーチが、朝の空に向かってそびえていた。

「ナポレオンが建てたんや」

「ナポレオンって、チビやろ」

「チビが建てたでかい門や」

二人がぼんやり眺めていると、バスが交差点で止まった。

路肩に縦列駐車の車が並んでいた。一台の車が出ようとしていた。

前の車にゴン。

後ろの車にゴン。

バンパーで押しながら、スペースを作っていた。

「……ぶつけとる」

「ぶつけとるな」

添乗員が説明した。

「車のバンパーは、縦列駐車で押し合うためについているんです」

「「は?」」

二人の声が重なった。

「ぶつけるためのバンパーなんですか?」

「そうなんです。傷がついても気にしないんです、パリの方は」

銀次は窓の外をじっと見た。

「……ほんまにぶつけて出て行った」

「ほんまやな」

「日本やったら大騒ぎやぞ」

「パリはそういうとこや」

二人はしばらく黙った。

パリが、また少し違う顔を見せた。

ルーブル美術館は、やはりでかかった。

ガラスのピラミッドが中庭にそびえ、その周りを観光客が取り囲んでいた。添乗員が旗を掲げた。

「皆さん、この旗を目印に行動してください。迷子にならないよう、 必ず集合時間を守ってください」

銀次はすでに別の方向を向いていた。

「銀次」

「モナリザ見たい」

「ツアコンの後についていくんや」

「でも、あっちやろ」

「なんでわかるねん」

「なんとなく」

添乗員が説明を始めた。     銀次はその声を右から左に流しながら、ゆっくりと歩き始めた。

「銀次!」

遅かった。

銀次は館内をずんずん歩いた。  目的地はモナリザ、それだけだった。

五分後、金太が気づいた。

後ろを振り返ると、ツアー仲間が 静かに、粛々と、銀次の後についていた。

全員、銀次を見ている。

添乗員の声が遠くで聞こえた。

「皆さーん!こっちですよーー!!」

誰も振り返らなかった。

「銀次!止まれ!!」

「なんや」

「後ろ見てみい」

銀次が振り返った。       ツアー客三十人が、整然と並んでいた。

「……俺、何もしてへんで」

「デカいんや。旗に見えてんねん、お前が」

添乗員が血相を変えて走ってきた。

「お客様!勝手に歩かないでください!!」

「すみません!!本当に申し訳ございません!!」

金太は深々と頭を下げた。    添乗員は胸を押さえていた。

午後はベルサイユ宮殿だった。

鏡の間の長い廊下を、ツアー一行がぞろぞろと歩いた。       天井には絵画が描かれ、壁には金細工が施されていた。

「……すごいな」

銀次が天井を見上げた。    185センチの図体が、廊下にそびえていた。

その時だった。

小さな足音が近づいてきた。

パリっ子の子供だった。     五歳くらいだろうか。      銀次を見上げ、目を丸くした。  そっと後ろに回り込んだ。

そして指を差した。

「グラン!」

にこにこしながら笑った。

「……金太」

「なんや」

「今、なんて言うた」

「グランや」

「グランって」

「大きいって意味や」

銀次はしばらく黙った。

「……子供に言われた」

「ああ」

「フランス語で」

「ああ」

また沈黙があった。

「……傷つくな」

「傷つくな」

金太は素直に同意した。

子供はまだ笑っていた。

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