第3話:裏路地の悪徳商人と、奇跡のバーゲンセール

 王都の朝は早い。


 活気づく市場の喧騒と、焼きたてのパンの香りが窓の隙間から入り込んでくる。


「ふわぁぁ……よく寝た! やっぱり一泊白金貨一枚のベッドは違うな! 雲の上で寝てるみたいだったぜ!」


 『星降る天幕亭』の最上階、皇帝のスイートルーム。


 天蓋付きの超高級ベッドから勢いよく飛び起きたルシアンは、朝日に向かって気持ちよく背伸びをした。


 対照的に、部屋の隅にある豪奢なアンティークソファで丸まっていたテオは、目の下に深いクマを作り、げっそりとした顔で身を起こした。


「……おはよう、ルシアン。僕は緊張と『いつ怒った貴族が踏み込んでくるか』という恐怖で、一睡もできなかったよ……」


「またまた〜。テオってば、貧乏性なんだから。せっかくタダで泊まれてるんだから、楽しまなきゃ損だぞ?」


「そもそも僕たちがここにいること自体がバグみたいなもんだろ……」


 テオの弱音を笑い飛ばし、ルシアンは豪華なルームサービスの朝食(厚切りベーコンとふんわり卵のガレット)を平らげると、白金貨がぎっしり詰まった革袋をポンと叩いた。


「よーし! 腹も膨れたし、今日はパーッと買い出しに行くぞ! 装備を揃えないとな!」


「買い出しは賛成だけど、頼むから目立たないでくれよ。白金貨百枚なんて大金を持ち歩いてるのがバレたら、王都中の裏社会から狙われるからね」


「大丈夫だって! どうせ上手くいくに決まってるさ!」


 その言葉が一番怖いんだ、とテオは深くため息をついた。


     * * *


 二人は宿を出て、王都の商店街へと足を踏み入れた。


 しかし、テオの心配をよそに、ルシアンの「幸運」は今日も絶好調だった。


 すれ違いざまにルシアンの財布を狙った凄腕のスリは、たまたまルシアンが靴紐を結び直そうとしゃがんだせいで盛大に空振りし、勢い余って近くの警備兵の胸に飛び込んで即座に逮捕された。


 頭上から落ちてきた看板は、ルシアンが落ちていた銅貨を拾おうと立ち止まったおかげで数ミリの差で外れ、代わりに後ろを歩いていた指名手配中の強盗犯の頭を直撃して気絶させた。


「ルシアン……君の周りだけ、世界の物理法則がおかしくなってないか?」


「おっ、また銅貨みっけ! 今日はツイてるなぁ!」


「……もういい。早く買い物を済ませよう」


 テオは諦めの境地で、ルシアンを大通りの立派な武具屋へ誘導しようとした。


 しかし、ルシアンはふらりと裏路地の薄暗い道へと入っていく。


「おい、そっちは治安が悪いってガイドブックに……」


「なんかさ、こっちから呼ばれてる気がするんだよね。ビビッと来た!」


「君のビビッとは、大抵ろくでもない事態の引き金なんだよ!」


 ルシアンが足を止めたのは、看板すら出ていない、今にも崩れそうなボロ家だった。入り口の扉は半分外れかかっており、窓は薄汚れ、店内は薄暗い。


 中に入ると、カビと埃の臭いが鼻を突いた。ガラクタのような武具や怪しげな壺が所狭しと並べられている。


「いらっしゃい……。見ない顔だねぇ」


 カウンターの奥から、油を引いたようなねっとりとした声がした。


 現れたのは、細い目を三日月のように曲げ、揉み手をしながら近づいてくる痩せこけた初老の男だ。


 男――悪徳商人のザイードは、一目でルシアンたちを「田舎から出てきたカモ」だと見抜いた。特にルシアンの腰にぶら下がっている不釣り合いに重そうな革袋を見て、その目がギラリと欲に光った。


「これはこれは、若き冒険者様。ウチは他じゃ手に入らない『掘り出し物』ばかりを扱っておりましてね……。どうぞ、ごゆっくり」


「へえ、なんかすごい匂いがする店だね! テオ、ここで探そうぜ!」


「ルシアン、絶対にやめよう。この店、どう見てもぼったくり……」


 テオの忠告を聞く耳持たず、ルシアンはガラクタの山を物色し始めた。


 ザイードはほくそ笑みながら、高く売りつけるためのガラクタを見繕おうとした。だが、ルシアンが引っ張り出してきた二つの品を見て、ザイードは首を傾げた。


「おじさん、これとこれ、いくら?」


 ルシアンが手にしていたのは、ネズミに囓られたような穴だらけの『薄汚れた灰色のローブ』と、赤錆にまみれた不格好な『鉄の指輪』だった。


 どちらも、ザイードがゴミ捨て場から拾ってきて、数合わせに適当に転がしておいた正真正銘のゴミである。


「(なんだ、あんなゴミを選びやがって。だが……ここは一丁、吹っ掛けてみるか)」


 ザイードはわざとらしく大げさに驚いてみせた。


「お、お客さん! そいつぁ……お目が高い! 素晴らしい審美眼だ!」


「え、マジ?」


「マジでございますとも! そのローブは、古代魔法帝国の宮廷魔道士が着ていたとされる『賢者の聖衣』! そしてその指輪は、かつて魔王を封印した勇者が持っていた『封魔の指輪』のレプリカ……いや、もしかすると本物かもしれませんぞ!」


 テオは頭痛を覚えて額を押さえた。嘘だ。どう見てもただのボロ布と錆びた鉄くずだ。


「ええっ!? そんなすごいのがなんでこんな店に転がってるのさ!」


「そ、それは……私のようなしがない商人が持つには恐れ多い代物だからです。ですが、お客さんのような見どころのある若者になら……特別に、二つ合わせて『白金貨十枚』でお譲りしましょう!」


 白金貨十枚。普通の平民なら一生働いても稼げない額だ。


 テオが「ふざけるな!」と叫ぼうとした瞬間。


「安い!!」


 ルシアンは目を輝かせ、革袋から惜しげもなく白金貨を十枚取り出し、カウンターに叩きつけた。


「ルシアァァァン!! 何を考えてるんだお前は!! そのお金は飛竜を倒した命の対価……」


「いいじゃんテオ! 古代のすごいアイテムなんだろ? 白金貨十枚なんてタダみたいなもんさ!」


 ザイードは震える手で白金貨をかき集めた。(バカだ! このガキ、正真正銘のバカだ! ゴミに白金貨十枚も払いしゃがった! 今日は最高の日だぜ!)


「まいどありぃ! さあさあ、早速その指輪をつけてみてくだせえ。きっとお客さんの隠された力が目覚めますよ(笑)」


「よし! じゃあ、装備してみるか!」


 ルシアンはニコニコしながら、赤錆まみれの指輪を右手の人差し指に力強く押し込んだ。


 ――その瞬間だった。


 パキッ、という小さな音がした。


 指輪を覆っていた分厚い赤錆がヒビ割れ、ポロポロと剥がれ落ちたのだ。


 そして、中から現れたのは、眩いほどの銀色の輝きを放ち、複雑な魔法陣が刻まれた、本物のアーティファクトだった。


「……え?」


 ザイードの笑顔が引き攣った。


 キィィィィンッ!!


 指輪から青白い光が爆発的に放たれ、ルシアンを中心に強烈な『浄化の突風』が巻き起こった。


 「うおおっ!?」とルシアンが声を上げる。


 突風は店内を吹き荒れ、積もっていたホコリとカビを一瞬で消し飛ばした。さらに、ルシアンが左手に持っていた『薄汚れた灰色のローブ』の汚れすらも完全に浄化し、純白の絹のように美しい輝きを取り戻させた。


 だが、奇跡はそれだけでは終わらなかった。


 強烈な浄化の魔力波は、店内の壁の一部――ザイードが巧妙に偽装していた『隠し扉』の幻惑魔法をも吹き飛ばしてしまったのだ。


 壁が崩れ落ち、奥から大量の木箱が姿を現した。


 そこには、ご丁寧に『非合法・密輸用麻薬ポーション』と書かれたラベルが貼られている。


「あ……あ、あ……っ!」


 ザイードは白金貨を握りしめたまま、腰を抜かしてへたり込んだ。


「なんだこれ? 店の奥に隠し部屋があったのか?」


「ル、ルシアン……あれ、どう見てもヤバい違法薬物だよ……!」


 テオが青ざめて後ずさった、ちょうどその時。


「動くな!! 王都騎士団だ!!」


 蹴破られた半壊の扉から、重武装の騎士たちがなだれ込んできた。


「ザイード! 違法ポーション密売の容疑で長年内偵を進めていたが、まさか隠し部屋の結界が自ら解けるとは思わなかったぞ! 現行犯で逮捕する!!」


「ひぃぃぃっ! ち、違うんです! これは私のじゃない!」


「言い訳は牢屋で聞く! 連行しろ!」


 騎士たちに両脇を抱えられ、ザイードは哀れな悲鳴を上げながら引きずられていった。もちろん、ルシアンが払った白金貨十枚も『証拠品』としてしっかり押収されてしまった。


 嵐のような逮捕劇が終わった後、現場の指揮をとっていた騎士団の隊長がルシアンたちを振り返った。


「君たち、巻き込んで済まなかったな。我々が突入する直前、強力な浄化魔法の光が見えたが、あの幻惑結界を破ったのは君たちか?」


「え? ああ、俺がこの指輪をつけたらなんか光って……」


 ルシアンが銀色に輝く指輪を見せると、隊長は驚愕の表情を浮かべた。


「そ、それは……国宝級の遺物『聖者の指輪』ではないか!? なぜあんな悪徳商人がそんなものを……」


 隊長は少し考え込んだ後、深く頷いた。


「なるほど、君たちの仕業か。我々はあの男の尻尾を掴めず難儀していたのだ。君たちが機転を利かせて結界を破ってくれたおかげで、ようやく逮捕できた。本当に感謝する」


「えっ、あ、はい。どういたしまして!」


「その指輪と純白のローブは、元々あいつが不正な手段で手に入れたものに違いない。事件解決の功労者である君に、王国からの特別報酬として贈呈しよう。大事に使ってくれ」


 隊長は爽やかに敬礼し、騎士団を引き連れて去っていった。


 静まり返った(そしてすっかり綺麗に浄化された)店内に、ルシアンとテオだけが残された。


「……」


「ほらな、テオ! 白金貨十枚は取られちゃったけど、結果的にこのすごい指輪とローブがタダで手に入ったぞ! しかも悪いヤツも捕まったし、一石二鳥だ!」


 ルシアンは純白のローブを羽織り、嬉しそうにくるくると回っている。


「……」


 テオは無言だった。

 無言のまま、水筒の蓋を開け、自作の胃薬丸薬を2粒、流し込んだ。


 適当に選んだゴミが国宝級のアイテムであり、偶然それを装備したことで違法な隠し部屋を暴き、たまたま見張っていた騎士団の手柄に貢献してアイテムをタダで貰い受ける。


「……もう、驚かない。僕はもう、何が起きても絶対に驚かないぞ……」


 うつろな目で虚空を見つめるテオの誓いは、果たしていつまで保つのか。


 ルシアンの『どうせ上手くいく』無自覚無双は、装備を揃えてますます加速していくのだった。

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