秒針

二月下旬。


少しだけ、

空気が春っぽくなっていた。


でも。


私は全然落ち着かなかった。


「むり……」


机に突っ伏す。


教科書。


参考書。


問題集。


見るだけで眠い。


「あと少しだろ」


隣。


空くん。


推薦で合格が決まってからも、

放課後になると普通に図書室へ来ていた。


「空くんは終わったから余裕じゃん……」


「余裕ではない」


「絶対余裕」


私はシャーペンを転がしながら、

むすっと頬を膨らませる。


窓の外は、

夕焼け。


静かな図書室。


私はシャーペンを止めて、

ぼんやり左手の腕時計を見た。


去年の春休み、

空くんが取ってくれた腕時計。


「……空くん」


「なに」


「向こう行ったらさ」


言いかけて、

止まる。


無理。


聞けない。


私は慌てて問題集を開く。


「……なんでもない」


空くんは、

何も言わなかった。


ただ。


黙ったまま、

こっちを見ていた。



帰り道。


夜。


少し冷たい風。


私は空を見上げながら歩く。


「受験やだぁ……」


「今さら」


「逃げたい」


「逃げるな」


「だって!」


すると。


空くんが、

少しだけ前を向いたまま言った。


「……星野」


「ん?」


「落ちる気しない」


え。


私は空くんを見る。


空くんは、

まっすぐ前を見ていた。


「なんで?」


「走ってたし」


「え?」


空くんが、

少しだけ笑って、

私を見る。


「体力あるから」


「受験関係ある?」


私は吹き出した。


その時。


空くんがつぶやく。


「……でも」


「え?」


「ちゃんと頑張ってたし」


心臓。


どくん。


風。


白い息。


静かな夜道。


「途中で投げないって、

分かる」


私はうまく返事ができなくて、

小さく俯いた。


「……ありがと」


「……まぁ、

計算は苦手だけどな」


「ねえってばー!」


私は空くんを軽く叩く。


すると。


空くんが、

少しだけ笑った。


気づいたら。


さっきまでの不安を、

少し忘れて笑っていた。



別れ道。


いつもの場所。


止まる。


空くんが言う。


「じゃ」


いつも通り。


でも。


明日は受験。


私は制服を握る。


「……終わったら走るぞ」


空くんはそう言って、

目を細めてる。


「受験終わったら」


肩の力が落ちる。


私は笑って答えた。


「うん!」


空くんの言葉。


冷たい夜の風。


私はもう一度、

左手の腕時計を見た。


秒針が、

静かに音を刻んでいた。

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