第10話 最後のプレゼン


午前七時五十八分。


東都ソリューションズ本社、二十三階。


役員会議室の前には、すでに関係者が揃っていた。


相沢悠真は、手に持った資料の重みを何度も確かめていた。


隣には篠崎美咲。


その表情は緊張というより、静かな覚悟に近い。


「……ここまで来ましたね」


篠崎が小さく言う。


相沢は短く頷いた。


「長かったな」


そのとき、後ろから足音。


高橋拓海が現れる。


「最終日か」


いつもの軽さはない。


だが目は真剣だった。


「正直言うとさ」


高橋は相沢を見る。


「お前がここまで来るとは思ってなかった」


相沢は少しだけ笑う。


「それは褒めてるのか?」


「さあな」


短く返すと、高橋は会議室のドアを見た。


「でも今日は違う」


その言葉だけ残し、彼は中へ入っていく。


---


会議室。


静寂。


役員席には結城社長、久世専務、佐伯部長。


そして——


営業企画部長・森下。


空気は張り詰めていた。


結城が一言。


「始めろ」


相沢は前に出る。


プロジェクターが点灯する。


タイトル。


**LinkShift 最終提案**


一呼吸。


そして、始める。


「本プロジェクトは、当初“全面刷新型DX”として設計されていました」


スライドが切り替わる。


赤い警告表示。


失敗リスク。


業務停止リスク。


数字が並ぶ。


「しかし現場ヒアリングの結果、それは成立しないと判断しました」


森下がわずかに動く。


だが相沢は止まらない。


「我々は設計を全面的に再構築しました」


画面が変わる。


**超高速段階接続モデル・最終版**


ざわめき。


導入期間6ヶ月。


業務停止ゼロ。


コスト削減率21.4%。


久世の眉が動く。


「数字が上がっているな」


相沢は続ける。


「さらに」


次のスライド。


**北関東ロジテック現場承認コメント**


村瀬の署名。


短い一文。


> “この設計でなければ導入しない”


空気が一瞬で変わる。


結城が静かに言う。


「これが最終回答か」


相沢は頷く。


「はい」


そして——


ここからが本題だった。


相沢は一度、資料を閉じる。


会議室がざわつく。


森下が眉をひそめる。


「何をしている」


相沢はゆっくり顔を上げた。


「もう一つ報告があります」


篠崎が息を呑む。


画面が切り替わる。


**アクセスログ解析結果**


森下の名前。


そして——


天城システムズへの外部接触履歴。


会議室が凍る。


森下の表情が初めて崩れる。


「……何のつもりだ」


相沢は静かに言う。


「事実の報告です」


久世が低く言う。


「証拠は?」


その瞬間。


結城が手を上げた。


「十分だ」


一言。


空気が止まる。


結城は森下を見る。


「人事委員会に回す」


森下の顔が硬直する。


だが抵抗の言葉は出なかった。


---


会議室の空気が、ゆっくりと変わっていく。


結城が立ち上がる。


「結論を言う」


視線が集まる。


「LinkShiftは承認」


静かに、だが確実に。


「ただし責任者は——」


一拍。


相沢を見る。


「相沢悠真」


空気が揺れる。


篠崎が目を見開く。


高橋が小さく息を吐く。


久世は何も言わない。


結城は続ける。


「君がこのプロジェクトを最後まで完遂しろ」


相沢は一瞬、言葉を失う。


そして深く頭を下げた。


「……承知しました」


---


会議終了後。


廊下。


篠崎が小さく笑う。


「終わりましたね」


相沢は窓の外を見た。


曇り空は、少しだけ明るくなっていた。


「いや」


静かに言う。


「ここからだ」


篠崎が首を傾げる。


相沢は続ける。


「やっとスタートラインに立っただけだ」


そのとき、高橋が横を通り過ぎる。


「おめでと」


軽く手を挙げる。


だがその目は、少しだけ悔しそうだった。


---


数日後。


オフィスの片隅で、新しいプロジェクトチームが発足していた。


**LinkShift実行本部**


その中心に立つのは、相沢悠真。


机の上には新しいスケジュール。


そして赤く書かれた数字。


**本稼働まで180日**


篠崎が言う。


「長いですね」


相沢は資料を見ながら答える。


「短いくらいだろ」


篠崎が笑う。


「もう出世コースですね」


相沢は少しだけ間を置く。


そして言った。


「違う」


キーボードを叩く。


新しいファイル名。


**次の仕事**


画面の右下。


もう赤字ではない日付が表示されている。


会社の未来が、静かに動き始めていた。

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『―最後のプレゼン―』』 黒宮 ノア @iitian

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