第2話 事故物件のガラクタと、最強の免責書類

 18歳になった翌朝。4月2日。

 スキルガチャに大失敗し、ポイント残高ゼロの空っぽのリストを前に絶望した俺は、ほとんど眠れないまま朝を迎えていた。


 どんよりとした気分のままリビングに向かうと、食卓にはありえないほど豪華な朝食が並べられていた。

「おはよう、黒烏ちゃん! 今日はスキル取得のお祝いに、朝から特別メニューよ!」

 母親の静香(しずか)が、エプロン姿で嬉しそうに微笑みかけてくる。

 母さんは、俺を「4月1日」という一番最悪なタイミングで産んでしまったことを、ずっと気にして後悔している節があった。自分ではコントロールできないことなのだから気に病む必要はないのだが、俺が得た基本スキルが『ハズレ』だと知ったら、きっと泣いて落ち込むだろう。


「それで、お前の基本スキルはなんだったんだ?」

 空気を読みもしない父親の剛志(つよし)が、新聞から顔を上げずに言い放った。

「そうだったわね! 黒烏ちゃんだったら、きっと良いスキルが出たんでしょ?」

「で……なんだ? 隠したって意味ないぞ」

「……『異世界ショップ』っていうスキルだった」

「なんだそれは? 通販スキルみたいなもんか?」

「店を召喚して、そこで異世界の商品が販売できるみたいだ」


 そう答えると、親父は鼻で笑った。

「異世界の商品はなんだ? どんな凄いもんが売れるんだ?」

「……まだ、何もない。仕入れリストが空だった」

「売る物もない店なんて、完璧な外れスキルじゃねえか」


 親父は呆れたように息を吐くと、立ち上がって書斎へと向かった。

 そして一枚の古びた権利証を持って戻ってくると、それをバサリとテーブルに投げ捨てた。


「お前にこの土地をくれてやる。まぁ、上物も残っているが、それは好きにすればいい」

「……なんだ? 土地をくれるのか?」

「ああ、手切れ金代わりだ。その土地はな、かつて凄腕の守護者(ガーディアン)の家族が住んでいたが、10年前に住人全員が死灰病でくたばりやがった。買い手がつかない無価値な事故物件だ。当時の遺品やガラクタも丸ごと手付かずで残ってるがな。お前にふさわしいだろ? 店が召喚できるなら、そこで店番でもしてろ。今日中に出ていけ。すぐに手続きはしておく」

「私は反対だわ! いきなり出ていけなんて……」

「すぐ近くなんだから、いつでも会いに行けるだろう。それに君はいつも彼を見て悩んでいたじゃないか。顔を合わせなくなれば楽になるよ」

「……わかったわ。貴方は言いだしたら聞かないからね。黒烏ちゃん、頑張ってね」


(……母さん、折れるの早すぎだろ)

 心の中でツッコミを入れつつ、俺は権利証を手に取った。

「わかったよ。役所に登録し終わったら、今日中に出ていく」

「あぁ、そうしてくれ。やっとお前から解放されるわ」


 親父は冷たく言い捨てた。

 母さんが用意した豪勢な朝食を無言で平らげた後、「ケーキもあるわよ」と朝からティラミスを出された。「ティラミスに罪はないから食べるよ」と無理やり胃に詰め込み、自室に戻る。

 俺の部屋にはそもそも物が少なかった。引っ越しに必要な衣類だけをバッグに詰め込んだだけで、準備は完了してしまった。


「そろそろ、役所に行くか」

 バッグを肩にかけ、外に出る。

 すると、隣の家の門の前に、朝日の姿があった。


「先輩! 役所行くんでしょ? 一緒に行こ!」

「あぁ、いいけど。……朝日は、基本スキルなんだった?」

「そういうのは先輩から言うでしょ?」

「先輩命令だ。答えろ」

「こういう時だけ先輩ぶるんだから。たった八時間しか違わないのに」

「それはいつも俺が言ってる台詞だ。……で、なんだった?」


 朝日は、えっへんと胸を張った。

「基本スキルは『神聖魔法』だったよ! しかも、一般スキルで『浄化魔法』と『治癒魔法』も一緒に出たの!」

「……は? なんだそれ、聖女かよ。超絶勝ち確じゃねえか。おめでとう」

「えへへ、ありがとう! でも、守護者にはならないよ。ママも反対してたし、ならないといけない訳じゃないしね。……で、先輩はなんだったの?」

「この後に言うのはマジでしんどいんだけど……『異世界ショップ』っていう外れスキルだよ」

「お店屋さん開けるの!? 楽しそうでいいじゃん! 私を雇ってよ」

「まぁ考えてもいいけどさ……仕入れができないから、売る物がないんだよ」

「そのうち増えるんじゃない? これでコンビニ辞められるね!」

「俺はまだお金がないから辞められない。それに、今日引っ越すから」

「え? どこに?」


 俺はスマホの地図アプリを開き、親父からもらった土地の場所を見せた。

「ここなんだけど」

「あ、ここ、神谷(かみや)さんの豪邸跡地だね」

「神谷さんって?」

「パパとママの先輩で、家族でパーティ組んでいて、死灰病に犯されても最後まで戦い抜いた凄い守護者だったんだって。ママたちの憧れの存在だったみたい」

「……そんな人を、あんな酷い言い方したのか、あの親父は」


 同じ血が流れていると思うだけで吐き気がした。同時に、あの親父を見返してやりたいという思いがさらに強くなった。


 ◆ ◆ ◆


 歩いて区役所に到着し、番号札を取って待っていると、すぐに順番が来た。

 案内された個室ブースに入ると、対応してくれたのは、理知的で優しそうな女性だった。胸元の名札には『区民サービス部スキル課・春日風香(かすがふうか)』とある。


「本日は基本スキルの登録でよろしかったでしょうか?」

「はい」

「では、こちらの端末に基本スキルの登録をお願いします。一般スキルは任意ですので記入しなくても構いません。ただ、スキルを偽ると重罪となりますのでお気をつけください」


 渡された端末に『異世界ショップ』と入力する。

 風香さんは画面を見ると、少し目を丸くした。

「『異世界ショップ』でお間違いないですね。これは……データベースに存在しない未確認のレアスキルです。どのような効果か、説明していただけますか?」

 俺は正直に、店を召喚できること、異世界のアイテムが仕入れられるはずだがリストが空であること、自分の物を出荷できることなどを説明した。


「……なるほど」

 風香さんの眼鏡の奥が、一瞬だけ鋭く光った気がした。彼女の基本スキルは『情報整理』。膨大な情報を瞬時に処理し、最適解を導き出す能力だ。

「増元さん。このスキルは……ひょっとすると『とんでもないもの』かもしれません。少しお待ちください」


 風香さんは席を立ち、奥にいる上司らしき男のもとへ向かった。二人の会話が微かに漏れ聞こえてくる。

『未確認スキルだと? どんな効果だ?』

『異世界という架空の場所と交易をする通販スキルのようです。しかし、現状は売るものが何もない無価値なスキルの模様です』

『なんだそりゃ。そんなクズスキル、国が管理するコストの無駄だ。関わるな』

『では、今後いっさい国や役所が関与せず、全責任を本人が負う自己責任の免責契約にサインさせ、切り捨てます』

『あぁ、そうしてくれ。変な被害にこちらまで巻き込まれるのは御免だからな』


 風香さんが席に戻ってきた。その手には、分厚い契約書類が握られていた。

「お待たせいたしました。では、登録を続けますね。販売される物はすべて増元さんの自己責任となりますので、国や役所は一切関知いたしません。自由に商売をして構いません。ただし、個人事業主として税金だけは納めてください」

 そう言って、彼女は滑らかな動作で書類に承認のハンコを押した。

「……これで、国があなたの商売に干渉することはできなくなりました。こちらをお持ちください」

 渡された名刺には、携帯の電話番号まで記載されていた。

「困ったことがあれば、いつでも連絡してください」

「ありがとうございます。外れスキルで悩んでいたのでありがたいです」

「いえ……私の直感では、決して外れスキルではないと思いますよ。あと、私のことは風香とお呼びください」

 彼女は「ふふふ」と、意味深な笑みを浮かべた。


 一方、その頃。隣のブースでは大騒ぎが起きていた。

「……『神聖魔法』に『浄化』『治癒』!? 間違いない、聖女だ! 今期最初の超絶スキルだ!!」

 朝日の担当者が興奮した声で叫んでいた。

「星宮さん! もちろん守護者になりますよね! 国を挙げて全力でサポートいたします!」

「いえ、私は守護者にはなりません。幼馴染みの先輩のお店で働くので」

「えっ? それって、隣のブースのクズスキルの男でしょ? やめときなさい、あんな外れスキルに関わったら人生終わりますよ!」

 その瞬間、朝日の声が氷のように冷たくなった。

「……先輩のことを悪く言わないでください。それに、私には職業選択の自由があります」

「そ、そう言わずに! こんな素晴らしいスキルの方に逃げられたら私の評価が……!」

「知りません。先輩を馬鹿にするような人の言うことは絶対に聞きません。もう帰っていいですよね?」

「せ、せめて明日の研修だけは受けてください! 戦闘系や魔法系のスキルを得た人は必修なので、出ないと罪になります!」

「……仕方ないですね。わかりました、明日の研修だけは受けます。それじゃ」


 バンッ! と扉を開けて、朝日はプリプリと怒りながら出てきた。

「朝日、どうした? 大変だったな」

「せんぱ〜い……いいこいいこして」

 朝日が頭を差し出してきたので、ポンポンと撫でてやると、彼女は途端にご機嫌な笑顔に戻った。

「えへへ。じゃあ先輩、最後のコンビニ行こっか!」

「あぁ。……そういえば、一般スキルの『接客』も出たから、今日から時給1400円に上げてもらえるかもな」


 俺たちは呑気に未来を語りながら、最後のアルバイトへと向かった。

 この数時間後、コンビニでとんでもない『理不尽』と『革命』が待ち受けていることなど、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。

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