魂を削る思いで書かれているこの作品、このお話は失礼ながら、コンセプトはテーマアンソロジー、つまり次のお題で書かれた短編を集めた物だと思いました。
「宇宙において不幸は解決され、地球人だけが三匹の猫によって宇宙の盲点に隠されていた。そして地球人に救済が及んだ時、地球人、一人ひとりはどうするか?」
そこに人間個々人の物語が各種各様にある。物語は終わってもこのテーマは残るので、人間がいる限り、再び物語は幾つも紡いでいける。外側には猫と救済者というのがあって、それは物語を入れるための器である。これが私なりに思ったことです。
人間がいるから、物語は紡いでいける・・・。自分でこう書いて、私はアメリカのSF作家R・A・ラファティを想起しました。焚火を囲んで、誰かが物語を語っていく。その内容は寓意的・原始的神話、或いは単純に法螺話。実に胡乱な語り口でありながら、真実を剥き出しにする鋭利な爪が隠れている。私がラファティを思い出したのには、彼はSF作家なのにカトリック教徒であること。だからアイロニーに塗れた創世記に、敬虔な筈の聖書の破片を寓意に使いもする。また彼の作品には人間とサルの間、アウストラロピテクス(南のサルの意)も登場する。私はラファティの作品を楽しみながら、一方では、おぼろげながら彼の闇を感じもする。『猫が隠した星』にもそれを感じます。人間だから拘りがある、人間だから筋の通ったことをするとは限らない、人間だから情緒、思い入れがあり、我執があり、それを頭ごなしに否定できない。それが人間という存在である、読者として、それらを楽しんではいますが、作者の心の深淵を見ている気もします。文庫一冊分にわたる積み上がった文章、なかなか倦むことなく書き続けられません。
たまらないです。
どうゆう時にこんなお話が思いつくんだろう…と本当に尊敬しました。
1話1話に平凡の中にある人間らしさ、人間臭さが詰まっていて、全てにどこか儚さがありました。
「愛しい部分」と表現しましたが若干皮肉も混じっています。「人間ってこうゆうところあるよな…」という感じも合わせてです。そこがたまらないです。
所々のユーモア溢れる会話も魅力的です。
空気感の表現も素敵で、登場人物の姿が鮮明に想像出来ました。あまりの人間臭に少し涙が出てしまうようなエピソードもあります。
大好きな作品となりました。
記憶を消してもう一回読みたいです。
私だったらどうするかな?
カヂルグミも大好きなキャラクターです。
最高に天才ですね…
語彙力が無くレビューが得意ではないので上手く書けてなかったら恐れ入りますが…絶対にオススメしたい作品です!
序幕の一文「宇宙では、病も老いも死も、貧困も争いも孤独も怒りも悲しみも、ずいぶん前から無害化できるものとして扱われていた」——この宣言だけで、この作品が只者ではないと分かる。
三匹の猫が地球を宇宙の盲点に隠していたという突飛な設定を、一切照れることなく寓話の文体で語りきる胆力が素晴らしい。「宇宙規模の救済が道に迷って遅れた」という間の抜けた理由、救済者ブラザー・カヂルグミの途方もない親切さと控えめさ、そして地球人がその善意を前に「自分たちが思っていたより、ずっと小さな存在だった」と気づく瞬間の描写——すべてが丁寧で、ユーモアと哀愁が絶妙なバランスで共存している。
「祈りになりかけたものを、拍手で済ませたのだと思う」という第一幕の結びは、この作品全体のトーンを完璧に体現している。壮大なテーマを扱いながら、どこまでも人間くさい。読んでいて、自分たちの小ささと愛おしさを同時に感じる稀有な一作だ。