竜狩りの農民兵
「撃てぇぇぇぇ!!」
怒号が嵐の海へ響いた。
十字軍船団の上空を、
巨大な影が旋回する。
ワイバーン。
この世界では珍しくない魔物だが、
海上で遭遇するのは最悪だった。
巨大な蝙蝠に似た体。
長い尾。
細い胴体。
そして何より、
異様に大きい薄膜の翼。
飛行能力に全てを振った生物。
だからこそ――弱点も明確だった。
「翼を狙え!!」
老弓兵が叫ぶ。
「骨は細い! 穴を開ければ落ちるぞ!!」
普通の弓では届きにくい。
だがピエールには違った。
ビュン!!
ビュビュン!!
光の矢が夜空を裂く。
速射。
一分間に四十発以上。
威力は普通の弓矢と大差ない。
だが、
ワイバーン相手には十分だった。
一射。
二射。
三射。
薄い翼膜へ穴が開く。
「ギャアアアアッ!!」
ワイバーンが高度を失う。
そこへ周囲の弓兵たちが集中射撃した。
「今だ!!」
「落とせ!!」
矢の雨。
翼膜が裂ける。
そして。
ズガァァァァン!!
一匹目が海面へ激突した。
軽量な骨格は、
高速飛行には向いていても衝撃には弱い。
海へ叩きつけられたワイバーンは、
首と翼を折り、
そのまま浮かび上がった。
「落ちたぞ!!」
「次だ!!」
船団の空気が変わる。
恐慌が消えた。
人間は、
“倒せる”と分かった瞬間に強くなる。
ピエールは撃ち続けた。
矢が尽きない。
それだけで、
周囲の弓兵より圧倒的に継戦能力が高かった。
狙おうなんて気はさらさらなかった。
弓なんて初めて使うのだから。
とにかく目の前の敵に向かって魔力で形成された矢を撃ちまくる。
ハズレてもすぐに撃てる。
なんども、なんども、なんども。
10発放って1発当たる。
でもそれを100回放つ。
単純な数の暴力だった。
飛べなくすれば勝てる。
「ギャアアアアッ!!」
二匹目。
三匹目。
嵐の空から次々と魔物が墜落していく。
海面には死骸が浮かび始めていた。
「縄を持て!!」
「網だ!!」
船員たちが動き出す。
死体は沈まない。
軽い骨格と空気袋のせいで、
巨大な死骸はぷかぷか海へ浮いていた。
鉤付き縄が投げられる。
網が広げられる。
数十人がかりで引き寄せる。
「重てぇぇぇ!!」
「羽を畳め!!」
「牙に気を付けろ!」
船上は戦場から、
いつの間にか漁場のようになっていた。
結局夜明けまでに八匹。
十字軍は八匹ものワイバーンを撃墜した。
そのうち四匹は、
ピエールの速射によるものだった。
夜明け。
嵐が去った海の上で、
巨大な死骸が船に縛り付けられていた。
翼。
牙。
骨。
内臓。
血。
どれも高値で売れる。
ワイバーンは魔物の中でも特に価値が高かった。
肉は保存食。
骨は高級武具。
皮膜は軽量防具。
牙や爪は魔術触媒。
脂は燃料。
一匹で馬百頭分の価値があると言われている。
農民兵たちは興奮していた。
「俺たち金持ちだぞ!!」
「神よ感謝します!!」
「いや、あの弓兵のおかげだ!」
視線が集まる。
ピエールは困惑した。
ただ生き残りたかっただけだ。
だが。
結果として、
彼は船団を救っていた。
数日後。
十字軍船団はサルデーニャ島南部のカリアリへ入港した。
港は騒然となった。
巨大なワイバーンの死骸。
それを曳航する十字軍船。
住民たちが歓声を上げる。
「竜狩りだ!!」
「八匹も!?」
「なんて連中だ……!」
解体はすぐ始まった。
肉は塩漬け。
骨は加工用。
翼膜は高級品。
血液すら薬師へ売れる。
莫大な金が動いた。
そしてその半分は、
総指揮官であるルイ9世の所有となった。
残り半分はピエールが所属するシチリア軍を統括する、
シチリア国王シャルルへ渡された。
その翌日。
港町の広場で、
兵士たちが整列していた。
ピエールは場違いな気分で立っていた。
周囲は騎士。
貴族。
司祭。
自分だけ農民兵だった。
だが。
玉座の前で、
ルイ九世が静かに言った。
「そなたの勇気は、多くの命を救った」
通訳の僧侶がラテン語をフランス語へ訳す。
ピエールは跪いた。
ルイ9世は感謝状を与えた。
そして。
弟シャルルが前へ出る。
野心に満ちた鋭い目をした男だった。
戦場慣れした顔。
王というより将軍に近い。
彼は剣を抜いた。
「ピエール」
低い声。
「そなたを騎士とする」
ざわめきが走った。
農民兵が騎士。
普通ならありえない。
だがシャルルは続ける。
「身分ではなく、功績によって道は開かれる」
聖地エルサレムではなく、
チェニジアの占領を掲げた第8回十字軍に、
最初から大義名分などなかった。
総指揮官のルイ9世を除けば、
弟シャルルも含め、ほとんどが領土欲や武功、
戦利品欲しさの諸侯や農民兵で構成されている。
また自軍の所属と言えど、
直臣ではないピエールを自らの直臣にすることにより、
兄であるフランス王ルイ9世に引き抜かれないようにする目的もあった。
前例のない農民兵ピエールの騎士叙任式は、
極めて「政治的かつ打算的」なものであった。
兵士たちが沸いた。
歓声。
叫び。
農民兵たちの目が変わる。
夢を見たのだ。
“自分たちにも成り上がれるかもしれない”と。
ピエール自身は、
半分呆然としていた。
(いや待って)
(俺、数日前までコンビニ行ってた一般人なんだけど)
だが現実だった。
彼は正式に、
シャルル直属の騎士となった。
ワイバーン売却で得た莫大な資金は、
すぐ軍へ投入された。
食料。
清潔な水。
塩。
干し肉。
ワイン。
治癒ポーション。
そして大量の矢。
ルイ九世は惜しみなく金を使った。
結果として、
史実よりも十字軍の補給状態は大きく改善される。
兵士たちの士気も高かった。
「俺たちは竜を倒した!」
「神は我らと共にある!」
船団は再び南下を始めた。
太陽が強くなる。
空気が熱を帯びる。
やがて。
水平線の向こうに、
白い城壁都市が見えた。
巨大な港。
無数の帆船。
ミナレット。
砂色の建物。
北アフリカ最大級の海上交易都市。
ハフス朝の首都――チュニス。
十字軍の本当の戦いが、
ついに始まろうとしていた。
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