第18話二年前の夏〜告白〜

明らかに年明けの時の健ではなかった。

何があったと聞くことさえ、はばかるような雰囲気が漂っている。


夕方の涼風の中で、俺達は静かな再会を果たした。


せっかくだから、景色のいい場所で夕食を取ろうと走り出す。


そう言われた健は無邪気な顔だ。


「デートでもないのに、景色のいい所へ行くの? 

ボリュームのある物あるのかな?

ここから遠いの?」


声を聞く限りでは嬉しそうだ。


レストランで注文したものは、ボリュームのあるものと言ったわりには少なかった。

男子高校生にしては、かなり少ないと思う。


いつもこの程度の量なのか、それとも今日のやつれた感じと関係があるのかわからない。


食べながら半年間の出来事などをお互いに話して、会話が止まることはなかった。


健は相変わらず家族の事は話さなかったが、俺もあえて聞こうとはしなかった。


今の健の様子は、父さんか母さんが絡んでいるのだろうか?

もし、彼女に振られた程度の事なら話に出しただろう。


俺達は、すっかり夜景に変わった頃帰路についた。


部屋に帰って俺はビールを飲み始めた。

健にも飲むかと聞いたら、笑って「いらない」と答えた。

代わりに氷を入れた冷たい水を1杯欲しいと言った。


二人して床に座って、明日は何をするか相談していた。


会話が止まると、健は伏し目がちに手にしたコップに目を落としていた。


つまらないわけではない。

でも気持ちが乗ってこない、そんな風に見える。


俺は缶ビールの2本目を飲み切ろうとしていた。

アルコールの力を借りて、思い切って健に聞いてみることにした。


「何かあったのか?」


健は驚いた様に俺を見た。


「そんなやつれた顔をしていれば、聞かないわけにはいかないだろう?

何があった? 


聞くだけで役に立たないかも知れないけど、話せば気が軽くなる事もあるぞ」


健は目を逸らして俯いてしまった。

何かあるのは間違いない。


「俺にも話せないか?」


静かに声をかける。


健は少し間を置いて首を振った。


❉ ❉ ❉


兄さんの気遣いが嬉しいと思いながらも、困惑していた。


そんなに心配されるほど、顔に出ていたんだな。

何か話さないと納得しないよな。


でも、あまりのことは話せない。

僕の父親だという、辻正孝に会った事は……


いや、いっその事話してしまえば、助けてもらえるだろうか?


……ダメだ、兄さんまで苦しんでしまう。


そうだ……

兄さんが家を出て行った時に聞かされた事を話そう、最近聞いたことにして。


ごめん兄さん……それ以上は話せないよ。


気持ちを決めて顔を上げたけど、やっぱり目を合わせては話せなかった。


「僕は何で生まれたんだろうね?」


兄さんの顔には、あまりにも予期しない言葉と書いてある。


「何を言っているんだ?」


僕は微笑んで応えた。


「僕の母さんは、何で僕を産んだんだろうね?」



❉ ❉ ❉



俺は、健の笑顔の裏にある気持ちがつかめないでいた。


必死になって、健の言葉の意味をさぐっている。


「(母さん? 誰のことを言っているんだ?

桜井の母さんが本当の母親でないと聞かされたのか?

それとも、母さんの冷たさに自分が生まれた理由を見失ったのか?)」


俺の心はただ狼狽するだけで、返す言葉を見つけることができなかった。


それでもなんとか口を開く。


「なぜ……そんなことを言うんだ?」


今度は、健はまっすぐに俺を見てきた。


「僕は桜井の両親の子じゃないんだって。それを聞いて、父さんと母さんの今までの僕に対する冷たい態度が全て納得できたよ」


残酷な事実を健は淡々と口にしている。


「僕は、母さんの妹の私生児だって。父親はわからないって聞いたよ。


僕を産んだ人がすぐに死んじゃったから、こんなお荷物を押し付けられたんだって言われた。


いらないなら、孤児院にでも預けれてくれれば良かったのにね」


途中から健は目を背けて、俯いて話していた。


なんて事だ、最悪だ!


よくもそんな言い方をしやがった。

親として何もしないばかりか、こんな風に心を切り裂いてしまうなんて。


怒りと悲しみが、ごちゃまぜになって溢れてきた。


それでもお前は俺に笑顔を向けるのか。

そんなところに置き去りにした俺に。


健は氷の溶け切った水の入ったコップを、両手で持って口に運ぶ。


俺に目は合わせてこない。

飲み切ったコップを床に置いて、静かにそして諦めたように呟いた。


「聞かされたところで、どうしようもないけどね。高校出るまでは世話になるよ。出て行けとは言われなかったから。」


薄く笑顔を作って俺を見た。


「すまない」


そう言うのが精一杯だった。

俺に何が言えるだろう。俺は全て知っていたんだ。


俺とお前は直接の血の繋がりはない事も、両親がお前に冷たい理由も。


俺がいれば、苦しみも軽く暮らせていたのだろうか?

だけど救ってやることはできなかった。


「兄さんが謝ることじゃないよ」


健は穏やかな声でそう言った。


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