第4話 「同じ顔」
懐中電灯の光。
その中心に立っていた男は、
確かに神代透の顔をしていた。
同じ目。
同じ声。
同じ制服。
だが、
決定的に違うものがあった。
——表情。
男は、
笑っていた。
人が壊れる瞬間を、
楽しむみたいに。
凛が後ずさる。
「なんで……
生きてるの……」
男は首を傾げた。
「その言い方だと、
俺が死んでなきゃ困るみたいだな」
透は動けない。
鏡を見ているみたいだった。
いや。
鏡より気味が悪い。
自分が知らない“自分”を、
目の前に置かれている感覚。
男は透を見る。
じっと。
観察するみたいに。
そして笑った。
「へえ」
「……何だよ」
「本当に覚えてないんだな」
透は拳を握る。
「お前、誰だ」
男は少し考える素振りをしてから言った。
> 「神代透」
空気が凍る。
「ふざけんな」
「ふざけてない」
男は一歩近づいた。
「その名前、
本来は俺のものだ」
透の頭痛が走る。
ズキ、と。
また映像。
病院。
白い天井。
誰かの声。
> 「記憶障害があります」
> 「人格形成に影響が——」
ノイズ。
聞き取れない。
透は頭を押さえる。
男はそれを見て、
小さく笑った。
「かわいそうに」
「……」
「継ぎ接ぎの記憶って、
気持ち悪いだろ?」
凛が叫ぶ。
「やめて!!」
男は凛を見た。
その目だけ、
一瞬冷たくなる。
「お前、
まだそっち側なんだ」
「……」
「優しいな」
透は二人を見る。
何かを知っている。
しかも、
自分だけが知らない。
その時。
男がポケットから、
古い鍵を取り出した。
銀色のロッカーキー。
番号は、
“307”。
「来いよ」
男は言った。
「全部知りたいなら」
「どこに」
男は笑う。
> 「お前の死体がある場所」
そう言って、
暗闇へ消えた。
透は追おうとした。
だが、
凛が腕を掴む。
「ダメ!!」
「離せ!」
「行っちゃダメ!」
凛の声は、
怯えていた。
本気で。
透は振り返る。
「なんで」
「……戻れなくなる」
「もう意味分かんねえよ!」
透の叫びが響く。
「俺、
自分が誰かも分かんねえんだぞ!?」
凛は俯いた。
震えながら。
やがて、
小さく呟く。
「……ごめん」
その瞬間。
透の脳裏に、
また記憶が流れた。
夏祭り。
橋の上。
自分と、
もう一人の“透”。
向かい合っている。
そして。
> 「どっちが残る?」
誰かが言った。
次の瞬間。
水音。
誰かが落ちる。
透は息を呑む。
——どっちが落ちた?
思い出せない。
放課後。
透は家へ戻った。
誰かに聞かなければならない。
母なら、
知っているはずだ。
リビングには、
母がいた。
テレビもつけず、
ぼんやり座っている。
「母さん」
声を掛ける。
母は振り返った。
そして。
透の顔を見た瞬間、
一瞬だけ泣きそうな顔をした。
「……どうしたの」
透は事故報告書を机に置く。
「これ、本当?」
母の顔色が消えた。
「どこでそれを」
「俺、
一回死んだの?」
沈黙。
時計の音だけが響く。
やがて母は、
震える声で言った。
「……死んだわ」
透の呼吸が止まる。
「でも、
戻ってきた」
「何を言って——」
「だから、
私はもうそれでいいの!」
母が叫ぶ。
初めてだった。
母がこんな声を出すのは。
「透が戻ってきたなら、
それでいいじゃない!」
透は言葉を失う。
母は涙を流していた。
「顔が同じなら、
声が同じなら、
もういいのよ……」
その言葉に、
透は凍りつく。
——顔が同じなら。
その時。
玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン。
母がビクリと震える。
まるで、
“来るはずのない誰か”が来たみたいに。
透が玄関へ向かう。
ドアを開ける。
そこには、
スーツ姿の男が立っていた。
警察手帳を見せる。
「県警です」
男は透を見る。
その瞬間。
目を見開いた。
「……そんな」
男の手から、
一枚の写真が落ちる。
透は拾う。
そこに写っていたのは——
河川敷の遺体。
ブルーシート。
そして。
顔だけが、
完全に潰された死体。
だが。
制服の名札には、
はっきり書かれていた。
> “神代透”
警察官は、
青ざめた顔で呟く。
> 「お前……
> 本当に誰なんだ」
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