其の七


「私のことなんて、佐々井くん、どうでもいいに決まってるよ」

「……それは、何か心当たりがあるでござるか?」

「……」


 嫌われているわけじゃないのは何となく分かる。たまにしか話さないけれど、みんなに向けるのと同じ笑顔を私にもくれる。

 彼は優しいから差別もしないし、男子も女子も、性格が良い子にも悪い子にも分け隔(へだ)てなく、丁寧(ていねい)に接している。


「……成程。特別扱いされていないから、きっと自分も十把一絡(じっぱひとから)げの対応をされているのではないかと自信を失っているのでござるな」

「……」


「しかし、それであれば何もそんなにも卑屈(ひくつ)になることはないのではなかろうか。現状、特別好かれてはいなくとも、特別嫌われていることもなかろうし、ならばこれから徐々に好感度を上げていけば――」

「みんなと同じスタートじゃ意味がないんだよ」

「……? というと?」


 彼は容姿も良ければスポーツ万能で、勉強はそれほど得意じゃないけれど、優しさと気遣いの人で、何より話しているだけで暖かい気持ちになれるほど、朗らかさを持っている。だから当然クラスメイトにもライバルはいる。


 私が知っているだけで四人はいるから、学年で見れば二桁いてもおかしくはないだろう。


「成程成程。そのライバル達と同じスタートでは負けてしまうと危惧しているのであるか。自分に自信がないリカ殿らしい考えであるな。しかし、繰り返しになるがリカ殿の魅力は――」


「違うの! そんなんじゃ勝てないの!」

「……まさか、佐々井殿には既に恋仲の女子が……?」

「……多分、違う」


 一学年上の先輩、華巳澄美(はなみすみ)というバスケ部マネージャーといる時の彼は、私達には見せない顔で笑う。


 それは彼の愛するバスケットボールに深い見識を持っているからなのか、それとも女の私から見ても美人である顔に惹かれているからなのか定かではないけれど、どう見ても彼は華巳先輩と話している時は嬉しそうで楽しそうだ。以前、同じクラスのバスケ部男子に揄われていたけれど、彼は「そんなんじゃないって」と赤面しながら否定していた。あれは憎からず想っているのは間違いないと、その日の夜ごはんが喉を通らなかった程度には私も傷付いた。しかし、本人がどれだけ否定しようとも、私の目は誤魔化せない。華巳先輩が彼をどう見ているのかまでは知る由がないけれど、彼は先輩に好意を抱いていると断言できる。伊達に数ヶ月間も覗いてはいないのだ私は。


「うーむ。成程。今の話で腑に落ちなかった部分も漸(ようや)く氷塊(ひょうかい)したでござる。要するに、強力なライバルがいて、その女子に対し佐々井殿は友情以上の感情を抱いているということでござるな。それではリカ殿が気が気でないのも頷けるというもの」

「……だって、どうしようもないし」


 まさか先輩に「彼とは付き合わないでください」と言いに行くわけにもいかないし、佐々井くんに「先輩と話さないで」とか、お前何様だよって話だし、じゃあいっそ私もバスケ部のマネージャーになって二人を近付けないように、そして私がいつも彼の傍(かたわ)らにいてサポートしてあげればいいんじゃないかとか、それこそストーカーそのものみたいで気持ち悪がられるだろうし、何より男子バスケ部のマネージャーは既に三人もいて、供給過多なくらいだし、ならばせめて女バスに入って少しでも近くで彼の姿を――なんて、近くでジッと見てたら完全に気持ち悪いし、女バスは顧問が厳しいからそんな余裕ないし、いや、というか、より近くで佐々井くんが華巳先輩と仲良くしている姿を見るなんて、嫉妬の炎で黒焦げになっちゃうんじゃないかとか、もう色々考えれば考える程もう二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくて、結局こうして遠くから彼の雄姿を瞳に焼き付けることが精一杯な私は女々しくもどこかで何らかの奇跡が起きて彼に私の想いが伝わって、今より少しでも――


「……………………」

「……? リカ殿? 大丈夫でござるか?」

「……あの、お願いって、現実的なことなら何でもいいんだよね?」

「? まぁ、そうでござるな。拙者にできることであれば」

「……じゃあ」


 こんなこと口にするのは恥ずかしくて、でも口にしないわけにもいかない。今ここにいる相手は人間じゃないんだ。その辺に転がっている石ころみたいなものだ。……いや、せめてぬいぐるみくらいに思っておこう。

 ぬいぐるみに聞かれるくらいなら、何も恥ずかしくなんてない。


「さ、佐々井くんと」

「……」

「さ、さ、佐々井くんと、な、仲良く、なりたい」

「……仲良く、とは」

「そんなの、分かんないよ! でも、とにかく仲良くなりたいの!」


 今よりもっと。少しでも、少しずつでもいいだなんて言っている場合ではもうないんだって。だって、このままじゃ先輩に取られちゃう。佐々井くんは完璧じゃないけれど、その不完全な所がまた魅力になってるっていう、なんだか狡(ずる)いくらいに魅力的なんだから、きっともし仮に華巳先輩が今は何とも思ってなくても、すぐに好きになる。で、両想いになって、付き合っちゃう。彼氏彼女になったら、二人で出掛けたり、くっついたり、なんか、肌と肌を重ねて……


「……リカ殿、落ち着くでござる」

「! の、覗いてたの!? 私の心!?」

「いや、今のリカ殿の表情を見てれば流石に誰でも分かるでござる。淫靡(いんび)な妄想に耽(ふけ)っている所悪いでござるが、その願い、終着はどこになるのでござるか?」


「しゅうちゃく? ああ、どこまで仲良くなればいいのかってこと?」


「そう、仲良くなることは素晴らしいことであるが、仲の良さというのは数値化できるものでもなければ、他人が見て度合いを測るのは難しいものでござる。一方が嫌がっていても第三者からすれば仲良しに映ることもあり、逆もまた然(しか)り。リカ殿は佐々井殿と『どのように』仲良くなりたいのでござるか?」

「どのようにって……」


 無意識にタメ口になっていたけれど、相手も気にしてないみたいだし、何だか今更敬語に戻すのもなぁちょっと気拙(まず)い気もするなぁなんて考えている場合でもなくて、……確かに私は佐々井くんとどんな風に仲良くなりたいんだろう。


 極端な話、手を繋いだり、キスをしたりできれば、それはもう第三者云々関係なく、どう考えても仲良し以外の何ものでもないんだろうけれど、でもじゃあ私がしたいのは佐々井くんとのキスなのかというと、まぁそれはもちろんその通りで、スキンシップはしたい。性的な、その、所謂(いわゆる)『最後まで』というのはまだちょっと怖いけど、彼と色々な意味で『仲良くしたい』と思っている。それなら、キスをゴールにすればいいのかな? そうすればあとは自然な流れで恋人になって、その内いつか――。


「……………………」

「リカ殿?」

「はっ! また覗いたでしょ!?」

「申し訳ないが、もう結構でござるよこの件(くだり)は」

「……」


 なんか私、凄く格好悪い気がしてきた。


「ま、まぁ、じゃあ、取り合えずスキンシップをゴールにする」

「すきんしっぷ?」

「肌と肌が触れ合うこと。あー、横文字苦手なんだよね」

「ああ、肌を重ねることでござるか、忝い。外来語の類が全く分からないというわけでもないが、和語の方が得意であるのは確かでござる」


 まぁ武士という設定の元作られたのであれば、充分納得できる。

 現代人の私はそれなりに英語教育を受けているにも関わらず、簡単な英単語も理解していないのだから。


「あい分かった。では、肌を重ねることができれば、リカ殿と佐々井殿が仲良くなったとし、それで願いが成就されたとしよう」

「うん。それでいいよ」


 と、私は同意するのだけれど、途端、冴え渡る思考のお陰で、願い事を聞き入れてもらう直前に念を押すことに成功する。


「あ! あれだからね! ちょっと手が触れただけで『はい成就』みたいなのはなしだからね!」

「かっはっは、もちろんでござるよ。余り拙者を見縊(みくび)らないでもらいたい」


「それと! 極端に触れるのも駄目だからね! その……え、エロいのも、なんか凄い感じのは駄目だからね!」

「かっはっは、もちろんでござるよ。余り拙者を侮らないでもらいたい」


 本当に分かってるのか……?


 不安は尽きないけれど、この銅像のお化け? には不思議な力があるみたいだし、借りれるものは猫の手でも借りたいって言うし、だったら武士の手を借りたっていいよね。


「じゃあ、お願いします」


 深々と頭を下げる。


「こちらこそ。全力を尽くして二人の仲人を務めさせて頂く所存でござる」


 刀の持つとこに手を置き、如何(いか)にも武士っぽい一礼を返される。


「では今日はもう遅い。リカ殿の都合で結構なので、明日以降、時間がある時にここでまた話合いをしたいでござる」

「分かった。じゃあ明日ね」


 脇に転がっている鞄を拾い上げ、箒を握り締めた私は「じゃあね」と軽く手を振る。少しだけ頭を下げた武士はその後「よっこいせ」と言いながら、おじいちゃんが縁側に足をかける時の格好に似た動作で台座に戻る。


「……」


 大丈夫かな。ほんとに。

 銅像が動き、喋るという超絶ホラーな体験をしておきながら、彼に対する恐怖心は何故か完全に消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る