第47話 決戦前夜、全軍出揃う

シュメール軍の駐屯地。その中央、茜の天幕には重ねられた戦果報告と布陣図、そして神力帳が広げられていた。陽が傾く頃、リュシアとガルナードが呼び集められ、身内による作戦会議が静かに始まっていた。


「初期勝利点が120、S評価で追加50。合計170神力……現在残ってた分を加えて、合計は174ね」


茜が帳面を指でなぞりながら告げると、リュシアがすぐに補足した。


「今回の被害は比較的軽微でした。鉄槍騎兵二部隊が15%、軽弓騎兵二部隊が10%……回復に必要な神力は、合計で18です。」


「回復、最優先で。被害を抱えたままじゃ、次に響くから」


「了解。では、神力残りは156ですね」


茜が目を細めると、リュシアも目元だけで微笑を浮かべる。


「これで部隊の士気にも恩恵が生まれるでしょう。特にこのアラッタ戦役は、おそらく次が最終戦。前線の戦力押し上げは不可欠です」


「そうだね……よし、まずは鉄斧歩兵三部隊の武装度を一段階アップ。EからDへ。これで45、残りは111」


帳面を指先でぱんと叩き、茜は続けた。


「で、次。さっきの機動戦の結果を見て、やっぱり騎馬隊はもっと揃えなきゃって思った。火力もだけど、機動力で差をつけないと」


「賛成です。戦車に勝てたのは、速度と初動の差でしたから」


「じゃあ、鉄槍騎兵を一部隊。雇用35、練度と武装度を一段階ずつ上げて25。合計で60」


「軽弓騎兵も一部隊、お願いします。こちらは雇用32、練度武装度で25。計57。……残りが、足りませんね」


「んー、じゃあしょうがない。私の神力の40を使うよ。まだ34残るし。次で終わるなら、ここでケチってもしょうがないしね」


テーブルの向こうでホッとしたように息を吐いたのはユカナだった。


「……今回は私の神力使われなかった……よかった~」


「勘違いしないでよ。まとめて使うために貯めてあるだけだからね?」


「えっ……あ、うん……」


隅でうずくまる風の神に苦笑しつつ、茜は最後の帳面を閉じた。


陽がすっかり落ちきる前、天幕の外から足音が聞こえてきた。伝令が布をめくって入ってくると、敬礼して報告を始める。


「ウル、ウルク、ラガシュ、キシュ、エリドゥ、ラルサ、そしてニップル――各都市国家からの遠征部隊が順次到着し、いくつかの都市国家の軍はすでに、野営地の外郭陣地にて待機中です。渡河点には予定通りの守備部隊を残しておりますが、ほぼ全ての遠征軍の部隊がここに集結中です」


茜は天幕の隅の布地をめくって、遠くに灯るかがり火の列を眺めた。まるで星の川のように、野営地を取り囲むそれは、戦の夜明けが近いことを静かに告げていた。


「本当に……ここに集まったんだね。シュメール全部が」


「はい。しかも先ほど、ウンマ本国からの伝令で、ナムル王陛下の命令でウンマから増援部隊が到着予定とのことです。補給も問題ありません」


「……すごいなあ。ここまでくると、いよいよ決戦って感じがしてきた」


リュシアが帳面に目を落としたまま、淡々と応じる。


「アラッタ側もこれまで、兵力温存をしていたとはいえ、先の戦闘による被害や消耗は避けられません。こちらが完全に集結することで、初めて圧倒的な戦力差を形にできます」


「つまり、押し切れるってことね?」


「はい。ただし、相手もまた背水の陣。どんな手を打ってくるか、油断は禁物です」


ガルナードが椅子の背にもたれながら、ゆっくりと頷いた。


「全てを賭けてくるでありましょうな。彼らとて、ここで引けば滅びが待つのみ……」


その言葉に、茜は小さく頷いた。


天幕の中では、地図と戦果表、そして無数の報告書が机を覆っていた。そこには現実の戦があり、数字があり、策があり、冷静な判断があった。


だが――


「――かくして、シュメールの神々が揃い立ち、天の軍は地に集う。風の導きに従い、かの地を照らす神の印は、ついに一つとなりて翻る……」


天幕の外、夜風に乗ってどこか詩的な文言が、抑揚豊かに聞こえてきた。


https://kakuyomu.jp/users/Tiot8/news/2912051603980268333

[近況ノートにこの光景のイラストを掲載しました]


茜は耳をぴくりと動かし、そっと天幕の布を指先で持ち上げる。そこでは、焚き火のそばで粘土板を前にしたエンへドゥアンナが、うっとりした表情で筆を走らせていた。周囲の若き書記たちが息をのんでその言葉を書き写している。


「……って、またやってる」


茜は額に手を当てて小さく呻いた。


「全シュメール軍集結の史実が、あの人の手で“神々の集い”になってる……いや、ちょっと待って。これ、このままいくと私、神の軍勢の主将にされるんじゃない? そろそろ止めさせないと、本当に“神話”になっちゃうってば……」


そう呟いて天幕の中を見ると、リュシアが何も言わずに、既に少し肩をすくめていた。


「……わかってました、という顔しないで」


「主、覚悟を決める頃かもしれません。いろいろな意味で」


茜は天幕の中心に戻り、椅子に腰を下ろすと、大きく息を吐いた。


――このままだと、私本当に、シュメールの神様になっちゃうよ……。


****


アラッタ神殿、その一角。燭台の炎が揺れる夜の私室に、ザルマフ王は静かに佇んでいた。夜気を含んだ風が薄く帳を揺らす。対面の椅子には、妹にして神官長、エナ=シェンが座している。


「風の大巫女……あれはやはり人ではないな」


低く漏らされた王の言葉に、エナ=シェンは一拍置いて頷いた。


「私も、日に日にそう感じています。報告に聞く戦場での動きは、もはや常人の領域ではありません。ですが……私たちには、女神ミラナ様がいます」


その言葉は、どこか自らを奮い立たせるような響きを含んでいた。


しかし、ザルマフは視線を落とす。


「そのお言葉も、今となっては……あの日の降臨以降、神託は何もない。ミラナ様は、本当に我らを見ておられるのか?」


エナ=シェンの眉が僅かに寄せられる。女神の沈黙――それは神官長にとっても苦しい現実だった。


「神界の混乱が原因かもしれません。女神の力が、今この地に届きにくいのかも……。でも、それならば、今一度こちらから呼びかけなければなりません」


そう語ると、彼女は立ち上がった。神官たちを集め、女神への再度の祈祷が神殿で行われることとなった。


神官たちの声が幾重にも重なり、香の煙が天に昇る。


――そしてその時、光が降りた。


煌々たる神光と共に、女神ミラナが再び現れる。だがその表情は、どこか不満げだった。


「……はぁ。神界でいろいろあったのよね、ほんとに。まあ、それはいいといて……ここまで祀られて、称えられて……今さら手を貸さないわけにもいかないでしょ?」


その第一声に、エナ=シェンもザルマフも絶句した。だが、言葉の調子とは裏腹に、女神の眼差しは確かに真剣だった。


「東方から送った援軍の――そのさらなる増援が、明日到着するわ。それを活かして、この国を守りなさい。私は……そうね、今度こそ本気でやるつもりよ」


その言葉に、エナ=シェンの目が大きく見開かれ、ザルマフ王は深く頭を垂れる。


「……ミラナ様、その御加護、しかと受けたまわりました」


女神は小さく微笑んだ。


「期待してるわよ、人間の力ってやつに」


そう言い残すと、光と共に姿を消した。


静けさが神殿に戻った後、エナ=シェンはそっと息をついた。


「……よく分からない方です。でも……本気で助けようとしてくださっている。あの光の熱……間違いなく、神のものでした」


その言葉に、ザルマフもまた大きく頷く。


「神は、我らを見捨ててはいなかった……。ならば今度は我らが応える番だ。ミラナ様の御力と、このアラッタの民の意志で――この戦、受けて立つ」


エナ=シェンは王の瞳を見つめ、静かに微笑んだ。


「ええ。あとは、人の力で、神の真意に応えましょう」


翌日、朝陽がアラッタの城壁を照らし始めた頃、東方の地平線に土煙が立ち上った。はじめそれは一筋の煙にすぎなかったが、やがて大地を揺るがす蹄の音と共に、整然たる軍列の姿が明らかになった。


アラッタに到着したのは、中装槍兵7部隊、弓兵(早期型)3部隊、そしてシュメール式戦車2部隊という強力な編成。すでに東方から派遣されていた中装槍兵2部隊と合わせ、アラッタ王国はこの瞬間、かつてない兵力を手中に収めた。


大地を揺らす重い足音とともに、全身を分厚い青銅の装甲で包んだ兵たちが隊列を組んで進軍してくる。その姿を目にしたアラッタの民は、一瞬、息を呑んだ。


――これが、本当に人の軍なのか。


普段アラッタやシュメールの諸都市で見慣れたのは、槍を手にした軽装歩兵や、素早さを活かした投槍の部隊であった。それに比して、目の前に現れた彼ら――槍兵たちは、それよりも遥かに強力な鎧を纏い、まるで異なる時代から来たかのような威容を放っていた。更に続く早期型の弓兵、そして見慣れたシュメール戦車の大群までもがその背後に続く。


まさにそれは、千年の時を越えて神が地上に遣わした、神話の軍勢のごとき光景だった。


群衆の中から、自然と歓声が湧き上がった。


「神の軍だ……! ミラナ様が、本当に我らを見捨てていなかった!」


群衆の中から、自然と歓声が湧き上がり、都市全体が祝祭の熱気に包まれていく。兵たちはその声援を背に、厳かに、そして力強く前進を続けていた。


アラッタ王国の命運を懸けた決戦の幕が、静かに――だが確実に、上がろうとしていた。


その熱気渦巻く神殿の広場に、ザルマフ王が威風堂々と姿を現す。その手が、ゆっくりと高く掲げられた。


「アラッタの民よ!」


王の声は朗々と、広場の隅々にまで響いた。


「女神ミラナは、我らを見捨ててはいなかった! 幾度もの降臨を授け、今や東方より、神の軍までもを我らに遣わせた!」


その言葉に、民衆の間から感嘆の声が漏れる。


「これは、神々の御意思である! ならば我らは、その御心に応える者であらねばならぬ!」


ザルマフは拳をさらに高く掲げる。


「今こそ、我らアラッタの民が立ち上がる時! この大地を、我らの国を、我らの力で守り抜くのだ! もはや我らを阻むものはない!」


その瞬間、万雷の如き歓声が広場を包み込んだ。兵たちは武器を高く掲げ、民衆は拳を上げ、アラッタ王国全土がひとつとなって、来るべき決戦へと向かって動き出した。続いて、神官長エナ=シェンが王の隣に立った。白金の装束に身を包んだその姿は、朝の陽光を受けて神々しさすら漂わせ、まさに神託を伝える者としての威厳を湛えていた。


「聞いてください、アラッタの民よ!」


その声は清らかにして凛然と、群衆を包むように響く。


「ミラナ様の降臨、そしてこの地に届いた神の軍。それは、女神ミラナが我らを見捨てていない証。いいえ、それどころか、我らと共に在ろうとされている証なのです!」


人々の目に敬虔の色が宿る。


「神の名のもとに、我らは立ち上がらねばなりません。この大地を、民を守るために。神の御加護に応えるために。今こそ、我らの信仰と誇りを剣に乗せ、最後まで戦い抜く時です!」


その言葉が広場に響き渡った瞬間、群衆は一斉に歓呼し、女神ミラナの名を高らかに唱えた。熱狂と信仰が渦を巻き、アラッタの魂がひとつに燃え上がる――決戦への意志とともに。


「ミラナ! ミラナ万歳! 我らが守護神よ!」


ザルマフ王はその声に包まれながら、静かに頷いた。


「エナ。これでようやく……正面から、あの風の大巫女と対峙できる」


「ええ、兄上。ここからは、私たち人の力で――神の真意に応える時です」


こうしてアラッタ軍は、全軍を挙げて出陣する。シュメール遠征軍を迎え撃つべく、再びその印を掲げたのだった。神の祝福と民の期待を背負い、アラッタ王国の決戦がいよいよ始まろうとしていた。




あとがき


茜の方は、相変わらずエンへドゥアンナに手こずっていますが、シュメール側の遠征軍が集結しつつあり、圧倒的な大戦力でアラッタ王国を叩き潰す準備が完了しました。そしてこれに対抗する側のアラッタ王国も、神界(笑)からの介入により、茜達が以前アッカド王国からの侵攻に対抗した際に使用した、遥か未来のヒッタイト王国の中装槍兵達が援軍として派遣された事で、一気に戦力が強化されました。


これでいよいよ決戦となるわけですが、アラッタ側に対して明らかに神界(笑)が介入をしていますし、完全に決戦雰囲気を煽っている感じになっています。そしてそれを受ける側のアラッタ王国の王様や神官長が非常に優秀であるが故に、余計残念な事になっている訳でして…。まぁこのアラッタ戦役編は、本来であれば神話として残っている話ですから、これくらい神様が介入していないと…な感じで楽しく書いていたりします。


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