豊島さん

翌朝。

改札を抜けてホームへ降りた瞬間。


【対象確認】 【遭遇予測:達成】

(達成って何よ)

思わず突っ込む。


少し先。いつもの場所に豊島さんがいた。

スーツ姿。 片手にスマホ。

こちらに気付くと、豊島さんも少し目を丸くした。


「あ」

「おはようございます」

自然に挨拶が出る。

「おはようございます、石村さん」


名前を呼ばれただけで、少しくすぐったい。

「また会いましたね」

「ですね」

二人とも少し笑う。


ホームへ電車が滑り込んでくる。

乗車して自然と並んで座る。

発車後。豊島さんが口を開く。


「昨日は驚きました」

「私もです」

「祖母同士が仲良しだったとは」

「本当に」

思い出して笑う。


「豊島さんのおばあさん、すごくお元気でしたね」

「石村さんのおばあさんも」

一拍置いて。


「図書館にお勤めなんですか?」

「あ、はい。中央図書館で」

「そうなんですね」

豊島さんは真面目に頷く。


「豊島さんは建築家さん?」

「建築設計です」

「家を作る時に設計したりする感じの?」

「そうですね」


「大変そうです……」

「でも好きな仕事なので」

そう言った時の声は穏やかだった。

好きなものを話す人の声だ。


「子どもの頃からブロックが好きだったって、おばあさんが」

「言われましたね」

少し恥ずかしそうに笑う。


「本当なんですか?」

「はい。家を作って遊んでました」

二人で少し笑う。


電車が揺れる。

気付けば、以前よりずっと会話が続いていた。

無理をしている感じもない。

【会話継続率:良好】 【双方リラックス傾向】


やがて目的の駅が近付く。

アナウンスが流れた。

「そろそろですね」

豊島さんが立ち上がる。


「はい」

電車がホームへ滑り込む。

降車する人の流れに乗りながら、豊島さんが振り返った。


「それじゃあ、石村さん。また」

自然な言葉だった。


紗奈も笑う。

「はい、また。豊島さん」

そう答えて、それぞれの改札へ向かう。


またほんの少しだけ。

昨日より距離が近くなった気がした。













最近、百花ちゃんの笑顔が少しだけ固かった。

最初に気付いたのは、本当に些細な違和感だった。

(疲れてるのかな)

そう思っていた。


午後三時。来館者が少し落ち着く時間。

自動ドアが開いた、その時。

百花ちゃんの肩がわずかに強張った


【警戒対象反応発生】

能力表示が浮かぶ。


紗奈は反射的に入口を見る。

入ってきたのは一人の男性だった。三十代後半くらい。

特に目立つところはない。


騒ぐわけでもない。迷惑行為をするわけでもない。

普通の利用者に見える。

ただ。


【来館頻度:高】 【視線対象:百花】


男性は雑誌コーナーへ向かった。

けれど雑誌を手に取るより先に、カウンターを一度見た。

そこにいる百花ちゃんを確認するように。













休憩時間。

職員用スペースでお茶を飲んでいる百花ちゃんへ声を掛ける。

「百花ちゃん」

「はい?」

紙コップを持ったまま振り向く。

いつもより青白い笑顔。



「最近元気ないけど、何かあったんじゃない?」

沈黙。数秒。

百花ちゃんは困ったように笑った。


「私、分かりやすかったですか?」

「うん」

百花ちゃんは視線を落とした。

紙コップを両手で包む。


「実は……」

小さな声だった。

「さっきの人、最近よく来るんですけど」


最初は普通だったらしい。

本の場所を聞かれた。おすすめを聞かれた。

世間話をした。それだけ。

でも少しずつ距離が近くなった。


「今日は何時までですか?」

「お休みの日は何してるんですか?」

「彼氏さんいるんですか?」

笑って流していた。

けれど。


「この前、駅で見かけましたよ」

そう言われた時。百花ちゃんは初めて怖いと思った。


「私、その日は図書館から真っ直ぐ帰っただけなんです」

小さな声で言う。


「でも気の所為だと思ってて……」

そう言いながらも、不安そうだった。

紗奈は黙って聞いていた。能力がなくても分かる。

百花ちゃんは怖がっている。

だけど大事にしたくなくて我慢している。


【推奨行動】 【一人で抱え込ませない】


紗奈は小さく頷いた。

「館長に相談しよう」

「えっ」

「報告しといて困ることはないよ」

百花ちゃんは戸惑った顔をした。


けれど次の瞬間。

少しだけ安心したように肩の力を抜いた。

「……はい」

その返事は思ったより弱かった。

だからこそ。

気付けて良かったと紗奈は思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る