これまで、必殺仕事人などの時代劇をモチーフにした作品を数多く手がけてきた著者が、ついに本当の時代劇に挑戦することになりました。そして、ユニークな飛び道具的設定を得意とする著者が今回導入したのは、闇のデスマッチ興行。あろうことか幕府主催というのが恐ろしいですね。末法! バトルを闘鶏に見立て、殺し合う武芸者たちを「鶏」と呼びならわす、冷酷なユーモアセンスが、この作品のテイストを何よりも雄弁に物語ります。
囲いの中で互いに殺し合う限り、鶏どもが何をしようと幕府当局は関知しませんが、鶏が囲いの外で誰かを殺せば話は別。殺人者は〈荒鶏〉と認定され、七日のうちに始末される対象となります。そんな荒鶏どもを追い、始末する任務を命じられた下級役人・土門と、その役人と組んで動く謎めいた少女・お燐が、このお話の主人公。このふたりの設定にも作者らしいひねりが加えられており…荒鶏に直接手を下すのは、お燐の方なのですね。彼女は凄腕の武芸者に引けをとらない剣の名手、手練の殺し屋なのです。一方、土門の方は、過去のトラウマから剣が抜けない、というのもよい。ふたりの仲があまりよくなく、あくまでもビジネスライクな付き合いでしかない、というのも、いい感じのバランスだと思います。
彼らふたりが追う荒鶏たちは、いずれ劣らぬ凄腕の武芸者であり、殺人をまったくためらわない危険人物。放置すればたいへんなことになるため、速やかに抹殺するのは致し方ない処置なのですが…そもそも、彼らのような存在を生み出したのは、幕府体制のもとで長年かけて蓄積してきた社会の歪みであるわけです。目先の治安維持のために荒くれ者どもをいくら殺しあわせたところで、根本的な問題を解決しない限り、焼け石に水。しかし、幕府当局が闇の試合の観戦料を取り、財政再建の足しにしていることからも、彼らが問題の根本的解決を望んでないのは明らかです。そして、その歪みのせいでひどい目にあわされるのは、市井の庶民なのですね。こうした構図に、作者が込めている意図やメッセージは何よりも明らかだと思います。優れたエンターテインメントには、時代を撃つ鋭いメッセージが必要だとわたしは考えていますが、その点でこの作品には確かなエンターテインメント魂がありますね。また、ノワールといっていい、暗く荒涼とした質感を持ちつつも、作者らしい人情味、はぐれ者にむける優しい眼差しが一抹の暖かみと救いになっているのも、経験豊かな作者の、優れたバランス感覚の証左といえるでしょう。
荒鶏に明日は来ない。しかし、朝を告げる鶏を殺し続けた先に、本当に明日はやってくるのでしょうか? 奇妙なふたりの行く末に待ち構える未来は、きっと過酷なものになるでしょうが、それがいかなるものになるかは、まさに作者のみぞ知るところです。
この作品はまだ走り出したばかり。この先どうなるのか、一読者としてとても楽しみです。連載を追う楽しみが、またひとつ増えました。