6.権力争い-2
ハーヴィーは執務室で懊悩していた。
悩みの種はケリーである。
(色々と動いているようだが。父としては喜ばしいが、社長としては悩ましい......)
目的や動機は把握していないが、娘が元気に働いているのを見て喜ばない親はいない。
しかし、組織運営に影響を及ぼしているとなれば、社長としては看過できない。
「さて、どうしたものか」
視線を机の上に向ける。
そこにはケリーとハーヴィーが並ぶ写真立てが置かれていた。
「あの子には私を害する気などない。それは分かってるんだが...」
時折ケリーとは食事に出かけたりするし、親子らしい私的な会話もする。
行動力に溢れる姿は亡き妻そっくりで、つい昔を思い起こしてしまう。
「歳を取ると涙もろくなっていけないな...」
鼻の奥に疼きを感じて誤魔化すように目元を揉み、再び思考を戻す。
重役たちはケリーをよく思っていない。
客観的に見れば彼らの反応は過剰だが、双方が信頼関係を築き上げるには時間が足りていなかった。
「彼らは私を第一に考えすぎている。私はHSサウス社の社長だが、それ以上でもそれ以下でもない。社長を持ち上げすぎる会社は、社長を蔑ろにする会社と同じくらい問題だ」
彼らには悪意はない。
ケリーにも悪意はない。
だからこそ、社長としての舵取りを難しくさせていた。
「彼女なりに良かれと思ってやっているのだ。親としては自由にやらせたい。それくらいの我儘は許してほしいものだが...」
立場や役職が自由を奪う。
それもまた会社が持つ一面だった。
社長には配慮と思い切りの両方が求められる。
故に彼は今日も苦慮していた。
**********
その頃、クリーヴら重役は会議室に集まって頭を悩ませていた。
「ケリーが社長の座を狙っている」
とある社員が密かに伝えてきた情報。
それを巡って意見が対立していたのだった。
「ケリーのやっていることは許容範囲内だ」
そう言うクリーヴの顔は険しく、周囲を睨みつけるようにも見えた。
「若手社員が社長になりたいと言う。その程度のことで咎める者はいない。様々な案件に顔を出すのも業務の範疇だ」
クリーヴの主張は正論だった。
しかし、それに納得しない者もいた。
「だが、彼女は普通の社員ではない」
「そうだ。血縁という武器を自ら使い出した。これが危険な兆候ではないと?」
「冷蔵技術の開発に成功すれば、歴史に名を残すだろう。そんな重大な仕事を横取りしようとしているのだぞ?」
「それは...」
重役たちに痛いところを指摘され、クリーヴは口ごもった。
そして、彼の剣幕が収まったのを見て、重役たちは追撃し始める。
「お前にも分かっているはずだ。かつて、ハーヴィー社長に反旗を翻し、社長の地位を奪おうとした社員は何人もいた」
「社長の長所は社員に権限を与えることだが、愚か者を増長させる切っ掛けにもなる。だからこそ、我々が排除してきたのではないか」
「悪意などというものは後からいくらでも湧いてくる。手遅れになってからでは遅いのだ」
重役たちは勢いづくが、クリーヴも黙ってはいない。
語気を僅かに荒げ、噛みつかんばかりに反論した。
「だからといって、どうするつもりだ?彼女を追い出すつもりか?」
「そこまでは言っていない。だが、政治からは遠ざけるべきだ」
「そんな都合の良いやり方があるものか!」
クリーヴは苛立たしげに顔を歪めた。
このやり取りが端緒となり、重役たちは各々意見を話し始める。
「子会社にでも飛ばすか?」
「露骨過ぎる。今でも新商品の開発チームに戻せという声があるのに、社員が不満に思うぞ」
「処分は早計だ」
「いっそラモーナ社長の下で預かってもらうのはどうだ?」
「今の状況で他の陣営に送り込めるわけがない!スパイ扱いされでもしたらどうする!」
議論は白熱し―――そして空転する。
冷静になって考えれば分かることだが、ケリーが社長になりたいと言ったところで、今すぐなれるわけがなかった。
実績も正当な根拠もない。
しかし、彼らは完全な疑心暗鬼に陥っていた。
「失礼します。急ぎお伝えすべき事項が発生しました」
会議室のドアがノックされた後、1人の男性社員が慌てて入室した。
その顔は明らかに動揺しており、その場にいる誰もが意識を向けざるを得なかった。
「何があった?」
どうせ吉報ではないと察しながらも、重役の1人が尋ねる。
男性社員は少し言い淀むが、息を整えた後にはっきりと言葉にした。
「それが...ベルハウス兄弟が仲違いしたとのことです。今後は陣営を分けると、正式な通知が届きました」
「何だと!それは本当か!?」
重役たちの何人かは椅子を蹴って立ち上がり、他の者はざわつき始めた。
「信じられん!何があった!?」
「あそこは協力関係が強みだぞ?この先やっていけるのか...」
「フレークの売上はどうなる?分割するのか?それともエイモスにつくのか?」
「ブランディンはどうやって戦うつもりだ?どこかの下につくのか?」
ひとしきり騒いだ後、誰かがポツリとこぼした。
「......我々はどうなる?」
水を打ったように会議室が静まり返った。
競合していたワットとレナードは合併した。
協力関係だったベルハウス兄弟は決裂した。
ならば、自分たちは?
「......親子同士での権力争い。会社経営では珍しくもない話だ」
誰かの言葉は水面を波立たせるように、重役たちの心の中で広がっていく。
ハーヴィーとケリーの骨肉の争い。
その未来がありありと想像できてしまった彼らは何も言えず、ただ黙り込んでいた。
**********
その日、HSイースト社のオフィスは騒然としていた。
喧騒の中心にいるのは兄弟。
そして、両者の様子は普段とは違っていた。
「いい加減にしてくれ!社員は兄さんの奴隷じゃないんだぞ!」
「なんだと!」
ブランディンが声高に言い放つと、エイモスも顔を赤らめながら激昂した。
2人は掴み合いの喧嘩を始めそうな雰囲気を発している。
周囲にいた部下たちが慌てて割って入るが、兄弟は止まらなかった。
「限界なんだよ!倒れたり、離職する社員も増え、人は減る一方だ。今のやり方ではこれ以上続けられない。業績にも悪影響が出ている!」
「社長なんてまた雇えばいいだけだろ!成果を出した奴には多額のボーナスを。出せない奴は消えていく。それのどこが悪い?」
エイモスはどこ吹く風で、ブランディンの指摘に悪びれない。
いつもなら適当に聞き流して終わりだが、今日だけは違った。
ブランディンが噛みつき返したのだ。
「社員だって人間だ。彼らにも家庭や日々の生活がある。そんなやり方を続けていれば、いつか手痛いしっぺ返しを受けるぞ!」
「会社は慈善事業じゃねえ!信賞必罰は組織運営の基本だろうが。仕事をしねえ奴に金を払えるかよ!」
ブランディンは必死に兄を説得しようとするが、エイモスは「なんで分からねえんだ」と不満げにする。
周囲の社員たちも反応が割れていた。
必死に兄弟を落ち着かせようとする者もいれば、エイモスに同意するようなことを言う者や、ブランディンの言葉に感銘を受けた者もいる。
結局2人の口論は続き、互いに主張を譲らなかった。
そして、遂にブランディンが最後の引き金を引いた。
「もう沢山だ!社員を蔑ろにするやり方にはついていけない。消費者を騙すようなやり方もだ!」
エイモスの表情が凍りついた。
彼は心のどこかで、「弟だけは自分に着いてきてくれる」と信じ切っていた。
それ故に、まさかの言葉に顔が真っ青になった。
「本気で言ってんのか!?」
慌てて聞き返すが、ブランディンは真剣な眼差しのまま兄を睨み返す。
「私がハッタリを言うような人間だと思っているのか?」
「お前1人でやっていけると思ってるのかよ!?」
エイモスはブランディンが翻意することを期待しながら声を荒げるが、返ってきた答えは明確な拒絶だった。
「やってやるさ。私が目指すのは社員や消費者を大切にする会社だ。例え険しい道だろうと、私はやり遂げてみせる!」
そう言ってブランディンは兄に背を向け、そのまま振り返ること無くオフィスを出ていった。
「馬鹿野郎が...」
エイモスは呆然としながら呟く。
兄弟は幼い頃から常に一緒だった。
多少なりとも喧嘩はしたが、ここまではっきりとした別離は初めてだった。
「まじか...。あいつがいなくなるだと...?」
もはや後継者レースのことなど頭から消えている。
エイモスは片翼をもがれた鳥のように足元がおぼつかなくなり、フラフラになりながら執務室へと向かう。
(クソっ、なんでこんなことに...。俺の言い方が悪かったのか?)
思考に気を取られ、足がもつれて転びそうになった時、ふと気がついた。
もう支えてくれる者はいない。
その事実が酷く不安に感じた。
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