第3話 「未来依存社会」
朝。
電車の中は静かだった。
誰も喋らない。
みんな同じように、
端末の未来画面を見つめている。
《本日の最適行動》
《ストレス回避ルート》
《会話成功率87%》
行動まで、
未来AIが決める時代。
ユウは窓に映る自分をぼんやり見ていた。
その隣で、
ミナが眠そうにあくびをする。
「おはよ」
「……なんで毎朝いるんだよ」
「暇だから」
「友達は」
「未来管理塾」
「怖」
ミナは笑った。
ここ数日、
彼女はずっとユウの隣にいた。
教室でも。
帰り道でも。
最初は周囲も面白がっていた。
未来がない少年と、
未来で死ぬ少女。
最悪同士でお似合いだ、と。
だが次第に、
笑えなくなっていった。
なぜなら。
ミナの未来予測に、
小さな異常が出始めたからだ。
「天音さん、
昨日また死亡時刻ズレたんでしょ?」
クラスメイトの一人が言った。
ミナは席に座りながら頷く。
「うん。三秒だけ」
教室がざわつく。
死亡未来の誤差。
それは本来、
ありえない。
FATEの予測誤差は、
0.0000001%以下。
特に死亡予測は絶対だった。
「マジで?」
「初めて聞いた……」
誰かが、
ちらりとユウを見る。
その視線だけで分かった。
原因扱いされている。
未来圏外。
未来を乱す存在。
ユウは小さく舌打ちして、
窓の外へ視線を逸らした。
昼休み。
ミナはパンを咥えながら、
ユウの机に座っていた。
「ねぇ知ってる?」
「何を」
「未来信用値」
ユウは眉をひそめる。
嫌いな言葉だった。
未来信用値。
FATEが算出する、
人間の社会的価値。
仕事。
収入。
犯罪率。
恋愛傾向。
遺伝的優秀性。
全てを総合して、
人生の価値を数値化する。
数値が高い人間ほど、
社会で優遇される。
進学。
就職。
結婚。
全部。
逆に低い人間は、
未来不適合者として切り捨てられる。
「昨日ね、
ニュースでやってた」
ミナはスマホを操作する。
映像が流れる。
『未来犯罪率87%の男性を事前拘束』
ユウは顔をしかめた。
「……まだやってんのか」
未来犯罪者。
FATEは、
犯罪を起こす未来すら予測する。
だからこの世界では、
“犯罪を起こす前”に逮捕される人間がいる。
未来のために。
社会の安全のために。
「でもさ」
ミナが小さく呟く。
「まだ何もしてないのに、
悪人って決められるの変だよね」
ユウは少し驚いた。
この世界では、
FATEを疑問視する人間の方が珍しい。
「お前、
AI信じてるタイプかと思った」
「信じてるよ?」
ミナは笑う。
「だって当たるし」
その笑顔が、
妙に苦かった。
「でも、
当たりすぎるんだよね」
放課後。
ユウは一人で図書室へ向かった。
気になっていた。
死亡未来の誤差。
未来予測の揺らぎ。
端末で、
過去のFATE記録を検索する。
《未来誤差事例》
検索結果。
ゼロ件。
「……は?」
ユウは眉をひそめる。
ありえない。
どんなシステムにも、
誤差はあるはずだ。
なのに。
存在しない。
まるで、
消されているみたいに。
その時。
「それ、
見ない方がいいよ」
後ろから声がした。
ユウは振り返る。
図書委員の女子だった。
名前は確か、
篠崎エマ。
無表情で、
どこか冷たい目をしている。
彼女は小声で言った。
「FATE関連の規制情報、
監視入るから」
「監視?」
「未来保安局」
エマは本棚の影をちらりと見る。
「未来を疑う人間は、
危険思想扱い」
ユウは笑った。
「なんだそれ。
宗教じゃん」
エマは真顔のままだった。
「似たようなものだよ」
その瞬間。
図書室の大型モニターが点灯する。
《緊急未来速報》
全員の視線が向く。
画面には、
都市の未来予測映像が映っていた。
炎。
崩壊。
煙。
そして。
《来年度予測大規模災害》
教室がざわつく。
「うそ……」
「また災害?」
その映像の一瞬。
ユウは見てしまった。
瓦礫の中に倒れる、
ミナの姿を。
血だらけで。
動かない。
心臓が止まりそうになる。
「……ミナ」
その名前を呟いた瞬間。
映像がノイズ混じりに乱れた。
バチッ――
画面が一瞬だけ真っ黒になる。
そして。
そこに映った。
こちらを見る、
“ユウ自身”の姿。
まるで画面の向こうから。
その瞳だけが、
異様に赤かった。
《観測誤差確認》
無機質な音声が響く。
《未来圏外対象を再計測します》
図書室の空気が凍った。
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