『未来圏外』

黒宮 ノア

第1話「未来が表示されない少年」


午前八時十二分。


教室の窓に、

薄い雨粒が流れていた。


黒板の代わりに設置された大型スクリーンには、

今日の進路適性ランキングが映し出されている。


《中央統合未来予測AI “FATE”》


人類史上、

最も正確な未来予測システム。


生まれた瞬間から収集され続けるデータ。


遺伝子。

脳波。

購買履歴。

感情変化。

会話傾向。

視線移動。


その全てを解析し、

人間の未来を算出する。


二〇五八年。


もう誰も、

「将来の夢」なんて言葉を使わなかった。


夢は叶えるものじゃない。


表示されるものだから。


「神崎リオ。国家宇宙開発局、適性九十三パーセント」


教室に拍手が起こる。


前の席の神崎が、

照れくさそうに笑った。


「すげーな」

「勝ち組じゃん」


教師も満足そうに頷く。


「努力を続ければ、

二十八歳で火星移住計画メンバー入りだ。素晴らしい未来だな」


神崎は誇らしげに胸を張った。


未来を保証される。


それはこの時代で、

何より価値のあることだった。


「次。白石ハル」


《未来予測:国内最大医療企業CEO》


また歓声。


スクリーンには、

数十年後の予想映像まで表示される。


スーツ姿。

高層ビル。

成功。

笑顔。


未来は、

もう“想像”じゃない。


映像だった。


教室の後ろ。


朝霧ユウは、

頬杖をつきながらぼんやり眺めていた。


興味がない。


というより。


どうせ自分には関係ない。


教師が名簿をめくる。


そして少しだけ、

空気が変わった。


「……次。朝霧ユウ」


ざわり。


クラスの視線が集まる。


誰かが小さく笑った。


「出た」

「未来圏外」


ユウは無言で席を立つ。


慣れていた。


教卓前の端末に、

生体認証を行う。


ピッ。


読み込み開始。


スクリーン中央に、

白い円が回転する。


数秒。


沈黙。


そして。


《ERROR:FUTURE NOT FOUND》


教室がどっと騒がしくなる。


「またエラー?」

「マジで一回も出ないんだっけ」

「怖……」


教師ですら、

気まずそうに目を逸らした。


「朝霧、お前の端末、

本当に異常ないのか?」


「ないです」


「病院の再検査は?」


「三回やりました」


全部同じ結果だった。


未来なし。


進路なし。


寿命なし。


結婚率なし。


死亡予測すら表示されない。


存在しているのに、

未来だけが存在しない。


それが、

朝霧ユウだった。


教師は咳払いした。


「……席に戻れ」


ユウは静かに席へ戻る。


その途中。


前の方から、

ひそひそ声が聞こえた。


「なんか気味悪いよね」

「本当に人間?」


聞こえないふりをした。


もう慣れていた。


昼休み。


ユウは一人で屋上へ向かった。


雨は止んでいた。


灰色の雲の隙間から、

少しだけ光が差している。


フェンスにもたれ、

スマホを開く。


未来照会アプリ。


何度見ても、

表示は同じだった。


《ERROR:FUTURE NOT FOUND》


ユウはため息を吐く。


昔は怖かった。


でも今は違う。


どうせ未来がないなら、

何を頑張ればいいのかも分からない。


そんな人生だった。


その時。


「ほんとに出ないんだ」


後ろから声がした。


ユウは振り返る。


知らない女子生徒だった。


長い黒髪。


制服の袖を少しだけ余らせている。


透明感のある顔立ちなのに、

なぜか目だけが妙に寂しそうだった。


彼女は興味深そうに、

ユウのスマホ画面を覗き込む。


「へぇ……

都市伝説かと思ってた」


「何が」


「未来圏外」


ユウは眉をひそめる。


「見世物なら帰って」


「違う違う」


少女は笑った。


不思議な笑い方だった。


明るいのに、

どこか壊れそうで。


彼女は自分のスマホを差し出す。


そこに表示されていた未来予測を見て、

ユウは息を止めた。


《死亡予測日時:2059年8月14日 16:22》


《死亡確率:100%》


一瞬、

意味が理解できなかった。


「……は?」


少女は平然と言う。


「私、来年死ぬんだって」


風が吹く。


フェンスが軋む。


ユウは画面を見つめたまま動けなかった。


死亡確率100%。


FATEにおいて、

それは絶対を意味する。


今まで覆った例は一度もない。


「……なんで、

そんな普通なんだよ」


ユウの声は少し掠れていた。


少女は空を見上げる。


「泣いたよ、最初は」


静かな声だった。


「でもさ。

どうせ死ぬなら、

残り時間くらい楽しくいたいなって」


彼女は笑う。


まるで、

明日の天気でも話すみたいに。


「ねぇ」


少女はユウを見る。


真っ直ぐ。


どこか期待するように。


「未来がないならさ」


その瞬間。


雲の隙間から、

夕陽が差し込んだ。


赤い光が、

彼女の横顔を染める。


「一緒に作ろうよ」


ユウは何も答えられなかった。


だけど。


初めてだった。


“未来がない自分”を、

誰かに必要とされた気がしたのは。

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