一話ごとに題材も雰囲気も変わるショートショート集でありながら、どの話にも「何気ないものの中に残る人の時間」が静かに描かれていて、とても印象的でした。
青いマグカップ、踏切、喫煙所、庭の花、数字、朝の挨拶。
どれも特別な事件ではないのに、読み終えると、その小さなものの向こうに誰かの人生や記憶が見えてくるところが良かったです。
特に、物に受け継がれていく温度や、言葉にならないまま過ぎていった時間を、説明しすぎずに残している書き方が素敵でした。
「春が来た」では、いなくなった人のあとにも季節が巡ることの寂しさと救いがあり、「ある人の数字」では、数字で追える人生と、どうしても数字にはできない感情の差が静かに響きました。
「行ってらっしゃい」のように、何気ない一言が親から子へ渡っていく話も胸に残ります。
短い作品集ですが、一話ごとに違う場所へ連れていかれるようで、それでいて最後には、日常の中にある小さな光へ戻ってくるような読後感がありました。
派手ではないけれど、読み終えたあとに少し黙りたくなる、やさしい余韻のある掌編集でした。