第47話 「消えた家の記憶」
夕方四時三十分。
白峰村。
霧は再び村全体を包み始めていた。
クロムは、空き地となった場所へ歩み寄る。
つい数分前まで家が建っていた場所。
しかし今は、基礎さえ残っていない。
まるで最初から何も存在しなかったようだった。
藤原が地面を調べる。
「解体した跡もない。」
「重機が入った形跡もない。」
黒崎は周囲を見渡した。
「だったら、どうやって家一軒が消える。」
クロムはしゃがみ込み、土を指先でなぞる。
湿った土。
踏み固められた跡。
そして。
一本だけ。
古びた郵便受けが倒れていた。
郵便受けには名前が書かれている。
『高瀬』
クロムはその名前を見つめる。
「家は消えても。」
「郵便受けだけ残ったのか。」
その時。
近くの家の戸が開いた。
年配の女性が顔を出す。
「あの……何か御用ですか?」
クロムは尋ねる。
「高瀬さんのお宅をご存じですか。」
女性は首をかしげた。
「高瀬……?」
「そんな家、この村にはありませんよ。」
藤原が驚く。
「さっきまでここに家があったんだ。」
女性は困ったように笑う。
「この場所は昔から空き地です。」
クロムは何も言わず、郵便受けを見せる。
女性の表情が止まる。
「……これ。」
「どこで見つけたんですか?」
「見覚えはあるんです。」
「でも。」
「誰のものだったか思い出せない……。」
女性は額を押さえる。
苦しそうに目を閉じた。
「思い出そうとすると。」
「頭が痛くなるんです。」
クロムは静かに礼を言い、その場を離れた。
レイが低い声で言う。
「記憶が書き換わっている。」
黒崎は腕を組む。
「いや。」
「消されてる。」
クロムは立ち止まる。
「どちらでもない。」
「これは穴だ。」
藤原。
「穴?」
クロムは郵便受けを見つめる。
「記憶を別のものに変えたなら。」
「誰かが覚えている。」
「完全に消したなら。」
「痕跡も残らない。」
「でも今は違う。」
「思い出せないことだけ覚えている。」
レイが小さく頷く。
「記憶に空白だけが残っているのか。」
その時。
村の広場から子どもの笑い声が聞こえた。
四人が向かう。
広場には、小学生くらいの男の子が一人。
古いゴムまりで遊んでいる。
クロムが近づく。
「こんにちは。」
少年は無邪気に笑う。
「こんにちは。」
「君の名前は?」
「翔太。」
「学校は?」
少年は不思議そうな顔をした。
「学校?」
「この村には学校なんてないよ。」
藤原は驚く。
「でもランドセルがあった。」
少年は首を横に振る。
「ランドセル?」
「何それ。」
クロムはバッグからランドセルを見せる。
その瞬間。
少年の笑顔が消えた。
目が大きく見開かれる。
震える声。
「それ……。」
「ぼくの……。」
言葉が止まる。
頭を押さえ、その場にしゃがみ込む。
「違う。」
「ぼくのじゃない。」
「でも……。」
「知ってる。」
「ぼく……。」
「学校へ行ってた……。」
涙がこぼれ始める。
その時だった。
村中に強い風が吹く。
霧が一気に広がる。
白い着物の少女――鈴が現れた。
「探偵さん。」
「それ以上思い出させちゃ駄目。」
クロムは真っ直ぐ鈴を見る。
「なぜだ。」
鈴は悲しそうに微笑む。
「思い出した人から。」
「消えてしまうから。」
その言葉と同時に。
翔太の姿が霧に包まれる。
藤原が手を伸ばす。
「翔太!」
霧が晴れる。
そこには。
ゴムまりだけが転がっていた。
少年の姿はどこにもない。
クロムはゆっくりとまりを拾い上げる。
土で汚れた赤いまり。
温もりだけが、まだ残っていた。
クロムは静かに呟く。
「この村は。」
「人を消しているんじゃない。」
「人の存在を、世界から消している。」
鈴は何も答えず。
霧の奥へと歩き去っていく。
その背中を見つめながら。
クロムは確信した。
事件の鍵は。
「誰が消えたか」ではない。
「誰が消したのか」でもない。
「なぜ、消えなければならなかったのか。」
その答えが。
白峰村の百年の約束に隠されている。
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