とある日記
どんどこ太郎
とある日記
三月、透也君のお見送りをした。外は変に生暖かくて、マフラーを巻いたのを後悔した。
「休みには帰るから、風邪引くなよ。プラネタリウム、楽しみにしとけ」
そう言うと彼は電車に乗り込んだ。彼は大学に進学すると同時に上京した。来月から中学生になる僕は、透也君がいないことが不安だった。
四月、母のお見舞いに行った。兄から頼まれていたのもあるし、父は弟が居なければまず来ない。いつもの病室に入る。
「母さん、来たよ。」
返事がないのもいつも通り。今日は顔色が良いみたいだ。ベッドの横に折り鶴があった。弟が先に来ていたみたいだ。
「学が来てたの?良かったね母さん。」
にこりともしてくれないのは多分、母さんが僕のことがあまり好きではないからだろうな。
「…………薫は?来ないの?」
「母さん、兄さんは東京だよ。」
母さんは眉をひそめて、僕を睨みつけた。透也君がいた時は、こんなに拒絶してこなかったのにな。
「貴方だけなら来なくていい。学とあの人が来てくれる。」
本当に来なかったらこの人が怒ることを知っている。留守番電話で呪いの言葉を吐かれるのは避けたい。来ても文句を言われるか、無視されるけれど。
「……また来るね。」
病室を後にすると、廊下で看護師さんがヒソヒソ話をしていた。
「…号室の奥さん、飛び降りでしょ?」
「一番上の子が居なくなっておかしくなっちゃったのかしら。」
「息子にあんな風にあたって、誠君も可哀想よねぇ。」
僕が出てきたことに気づいていないようだった。受付の人に挨拶をしてから病院を出た。夕飯の買い物と、明日の準備をしなくてはいけない。父は家のことは絶対にやらないし、学は頼りにできないからしょうがない。
五月、いつか透也君が田舎は緑と噂で包まれた監獄だと話していた。中学生になってから彼の言葉をよく思い出す。特にこの時期くらいから蒸していて気持ちが悪い。月に一回は必ず書こうと思っている日記も書くのが面倒になる。
三ヶ月。三ヶ月待ったら透也君が帰ってくる。母の調子も良くなるだろう。そしたら約束のプラネタリウムに行ける。満天の星空と透也君が待っている。
母がまた癇癪を起こしていた。兄に会えないのが嫌なのだと思った。僕が落ち着かせようとしたら殴られた。殴られたと言っても、腹に弱々しく拳をぶつけられただけだった。僕にしか見せない姿を見ながら、僕は鼻を啜った。
六月、庭の手入れをした。最近雨続きだったから荒れてしまった。学が窓からずっと僕を見ていた。
「お兄ちゃん、早く帰ってきてほしいね。帰ってきたら買ってもらったゲームで遊びたいな。兄ちゃんもやるよね。」
「………そうだね、そうしようか。」
楽しみだと学が話しかけてくる。この時初めて、家に新しいゲームがあることを知った。
七月、七夕に母は退院した。久しぶりに父も帰ってきた。四人が集まったのは三ヶ月ぶりだった。僕が迎えに行くとまた癇癪を起こすかもしれないと、学に迎えを頼んだ。その間に夕飯の準備をしていると、父が帰ってきた。
「ただいま……いたのか、誠。お!お前が作るんだな、楽しみだ。」
父が隣に立つと少しだけ怖い。力では敵わないからだろうか。返事をしない僕の顔を覗き込む。
「おいおい、無視するなよ、誠。」
「ごめん、包丁使ってるから……向こうで待っててよ。」
僕がそう言うと父はリビングに行った。
晩御飯の最中に父と母が口喧嘩をしていてご飯が食べにくかった。父が家に来る時は僕にとってよくないことが起こる。父はまた母と喧嘩するかもしれないし、僕か学に酷いことをするかもしれない。
透也君へ
貴方は僕の光でした。届かない星のようでした。
多分貴方のことが好きでした。ただ好きでした。
ごめんなさい。本当の星が見たいです。
電車の中、手には誠の写真がある。俺は日記を閉じた。写真を見つめた。窓から入る風に煽られて、飛ばされそうになる。思わずぎゅっと握ると跡が付いてしまった。
誠がどんな気持ちであの家にいたのか、初めてわかった気がする。本当の兄のように慕ってくれたあの子は、随分と遠くへ行ってしまった。葬式中の記憶は曖昧で、横たわるあの子を見ていて、小さいと思って見つめることしかできなかった。
「次は〜………」
電車のアナウンスが流れる。目的の駅に着いた。日記と写真をしまい、電車を降りた。墓は田舎にある。あの子を殺したあの町に。嫌に蒸していて気持ち悪かった。
「約束守らせる気、なかったんだろ。勝手にいなくなってさ。残された俺のこと、少しは想わなかったわけ?」
誠だったものが眠る石を撫でる。穏やかな風が頬を掠めた。
とある日記 どんどこ太郎 @dondokotaro2288
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます