ビレッジオーバースプリングウッド
ほかほか
#1
私の降りた駅は県庁所在地であった。だというのに、空の美しさはすりつぶしたラピスラズリをそのまま塗り付け、ところどころ粉砂糖を塗したかのように伸びている。
駅前の通りには、開発されたであろう跡が2km。取り残された生活感が裏糸のように取り残されている。望める駅ビルも、ここ半年でできたという。もっとも今日は土曜の夕方であるが、都心の住宅街ほど閑静である。レンタカーを借りよう。そう思い、二つ折りの財布をのぞいたが免許が納められていたその空欄は晴天のスカイツリーほどに先まで見えていた。
タクシーロータリーへと、足を向ける。タクシーの流れは乗用車用のそれまで下り、飢えるような目でコチラを見ていた。ところどころヒビの入った舗装は、非日常を演出し、私にここへきた理由を改めて思い出させるのであった。だというのに、列をなすタクシーには喫茶店で打鍵される箱のように広告が張り巡らされていた。
喫茶店の喧騒、日暮のようなさざめきを逃れ、到底そのような装いなど見せないことを求めてきたというのに。かの、花の茎色の看板を視野に入れることなどなく、またそのことについて一喜一憂するような純白めいた様子を染色標本のように眺めるといった具合だ。ここでは、地下におり生ぬるい風に揺られながらあくせくする必要もない。時折、この空に目配せし新鮮な風と触れ合えるのである。
早くも熱を帯びた革靴は、僕の爪先から降りる衝撃によって容赦なくシワができてゆく。もう9月だというのに、高い空の日差しにひたいが滲む。しかし、カタカナで名付けられるような理由ではない。日陰で休むことさえできないが、この熱はナチュラルなのだ。
駅の中で、こんなに足が疲れないなんていつぶりだろうか。常に乗り換えについて頭のリソースを割き、見知らぬ駅に着いては五分待つ。そのような煩わしさからは、とうとう離れて、このミニマムな思想を取り入れていきたい。
同僚のT、彼女も確かこの辺りの出だったような。なんと言ったか青葉区とか言ったような気がする。Tは都会の利便性や規模について話していたが、この景色を見て彼女は一体何を感じていたのだろうか。
駅、駅ビル、ホテルこの合体施設の余白のなさ、むしろ持ってあまりある余白を僕は取り入れようと思う。駅にすら貼ってある、見知らぬ社長の「地方創生」の声には、形骸としてではなく、本気でこの街をイノベーションしていくのだ、という気骨すら感じる。
しかも、駅ビルがあるというのに待合室に土産屋を構えるという、ハングリーさが好きだ。長い冬、特にくるぶしまで逼迫する雪を踏み締める地肩ともいうべき、忍耐もしくは、村にて上に積み重なる雪の中で春を待つ樹木のような志を感じざるを得ない。昨年有給を全て消化して向かった北欧にて感じたものに近かった。
通路に大々的に置かれている、この読書スペースはどうだろう。先ほどの精神にも似た、デッドスペースを産まない効率思考。この純朴さに埋もれた、強かさ。いわば、収斂していく生物のような機能美が限りなく好みなのである。
かつてのTもそうであった。地方の大学を出た後、上京し研修員と上司で、あった彼女と私だが、地方合宿で見た純朴さも今では都会により染められ失われつつある。
タクシーに乗り、目当ての旅館へと向かう。3分もすれば、コンクリート埋没林も失われる。やがて一面に広がる、小麦色の野原が顔を出した。小麦色の野原にぽつりぽつりと影を落とす、第一次産業の申し子たちは、どこかプリミティブでのどかだ。ところどころ跨ぐ、環状線の架橋が殺風景な線路、騒音を奏でる鉄道から離れた場所に私はいるのだなと自負を与える。車内にあしらわれる、純白。とは言い難い黄みがかったヤニ色のガーゼが、物を大事にするナショナリズム、勿体ない精神を醸造し、トラディショナルへの帰化しつつある私を歓迎しているかのようだ。
携帯の通知に目をやる。1週間以上前に来たTからの連絡は、既読を恐れて長押ししてみたので、ロック画面にまだ残っていた。
「こういうことやめられないなら、もう別れる」
既読をつけないことへの結果の保留が、今の今までの私を生かし続けているのだ。 と、いうようなセンチメンタルに浸るわけではなく、これから向かう500年の歴史をもつ旅館への思いを馳せるのであった。
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