真面目なオマエは小言が多い

『真面目なオマエは小言が多い』


「獅凰、靴紐ほどけてる」


 登校中。

 隣を歩いていた結菜が、呆れた声で言った。


 獅凰は足元を見る。


「あ、本当だ」


「本当だじゃないの。危ないでしょ」


「でもまだ走れ──」


「受験生が何言ってるの」


 即座に遮られた。


 獅凰はしゃがみ込んで靴紐を結び直す。


 朝の空気は冷たい。


 吐いた息が白くなって、冬が近いことを嫌でも感じる。


 十一月。


 最近はクラスの空気も少し変わった。


 模試がどうとか、

 志望校がどうとか、

 “あと何ヶ月”とか。


 みんな少し焦っている。


 でも結菜は、そういう時でも変わらない。


「朝ごはんは?」


「ゼリー飲料なら」


「それ朝ごはんじゃないから」


「栄養はあるけど」


「受験生が栄養だけで生きようとしないで」


 また小言だ。


 ちゃんと寝て。

 水飲んで。

 無理しないで。

 風邪ひかないで。


 昔からずっとこんな感じだった。


「昨日だって半袖で寝たって言ってたじゃん」


「暑かったし」


「今十一月だよ?」


 結菜は呆れたようにため息をついた。


「受験近いのに風邪ひいたらどうするの」


「ひかない」


「その自信どこから来るの……」


 昨日の夜を思い出す。


 勉強していたら暑くなって、

 パーカーを脱いで、

 そのまま机に突っ伏して寝た。


 起きた時には朝の四時で、

 普通に寒かった。


 でも二度寝した。


「絶対ちゃんと寝てないでしょ」


「六時間は寝た」


「途中で寝落ちしただけじゃんそれ」


「結果的には寝てるし」


「そういう問題じゃないの」


 結菜はじっと獅凰を見る。


 多分、本気で心配している時の顔だ。


「また朝練したの?」


「ちょっとだけ」


「ちょっとで校門までダッシュしてくる人いる?」


「五分あれば結構走れるし」


「そういう話してないの」


 結菜は小さく息を吐いた。


 昔から思うけど、

 結菜は真面目だ。


 自分のことだけで精一杯な時でも、

 ちゃんと周りを見る。


 だから小言も増える。


「……結菜ってさ」


「なに?」


「小言多いよね」


「誰のせいだと思ってるの」


「陸上部?」


「絶対違う」


 即答だった。


 その反応が少し面白くて、獅凰は笑う。


「なにその顔」


「別に」


「絶対なんか思った」


「思ってないって」


 結菜はじとっと睨んでくる。


 でもその顔は、

 少しだけ安心したみたいにも見えた。


 学校が見えてくる。


 白い息が朝の空に溶けていった。


 受験は近い。


 多分、

 今まで通りではいられない。


 それでも結菜とのこの時間だけは、

 まだ変わらない気がした。


「……ありがとう」


「え?」


「なんでもない」


 獅凰は少しだけ歩く速度を上げる。


「ちょ、ちょっと待って」


 後ろから結菜の声が聞こえた。


 振り返らずに歩く。


 なんとなく、

 今は顔を見られたくなかった。


 だから獅凰は気づかない。


 後ろを歩く結菜の耳が、

 少し赤くなっていたことに。

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