第7話「赤き甲殻の塩茹でと琥珀色の蜂蜜焼き」

 拠点の中央に据えられた鋼の金床が、真昼の太陽光を反射して白く輝いている。

 ドリスの太い腕が振り上げられ、重いハンマーが真っ赤に熱された鉄の塊へと振り下ろされる。

 硬質な打撃音が弾け、飛び散る火花が周囲の空気を焦がしていく。

 私はふいごの取っ手を握り、炭火の温度が下がらないように一定のリズムで風を送り続ける。

 ドリスの赤茶色の髪は汗で額に張り付き、革の衣服の下で隆起する筋肉が脈打っているのが見える。


「タクト、風を少し弱めてくれ。仕上げの段階に入る」


 ドリスの短い指示を受け、私はふいごを押し込む速度を慎重に緩める。

 彼女は手首の動きだけでハンマーの軌道を細かく調整し、金属の表面を叩いて均していく。

 やがて平らな刃の形が浮かび上がり、彼女はそれをトングで掴んで横の樽の水へと沈める。

 水面が激しく沸騰して大量の白い蒸気が立ち上り、金属が急速に冷却されていく。

 引き上げられたのは、木材の表面を滑らかに削るための鋭利な鉋の刃である。

 ドリスは刃の厚みと角度を太陽の光にかざして確認し、満足そうに白い歯を見せて笑う。


「完璧だ。これで木材の継ぎ目をさらに密着させることができる。あんたの用意した鉄は、不純物が全くなくて本当に打ちやすい」

「それは良かった。この調子で必要な工具を揃えれば、本格的な本棟の建築に移行できる」


 私がふいごから手を離して立ち上がった時、森の奥から葉を掻き分ける足音が近づいてくる。

 ルミナが両手に太い蔓を握りしめ、その先端には小型犬ほどもある巨大な淡水蟹が2匹ぶら下がっている。

 濃い緑色の甲殻は濡れて鈍い光を放ち、太いハサミが空中で威嚇するように動いている。

 彼女の少し後ろからは、ミアが大きなフキの葉を抱えるようにして小走りでついてくる。

 ミアの尻尾は機嫌良く左右に揺れており、抱えられた葉の隙間からは黄金色のとろみのある液体が滴り落ちている。


「タクト、川の上流で岩の隙間に潜んでいた大物を捕まえてきた。この硬い殻の生き物も、あなたの料理なら美味しくなるのだろう」


 ルミナが蔓を地面に置き、獲物を私の前に差し出す。


「すごいよタクト。森の奥の大きな木の上で、甘い匂いのする巣を見つけたの。蜂さんたちは煙でいぶして、少しだけ分けてもらったよ」


 ミアが大事そうにフキの葉を開くと、中には6角形の蜜蝋が敷き詰められた巨大な蜂の巣が鎮座している。

 透き通った琥珀色の蜂蜜が表面から溢れ出し、濃厚で甘い香りが広場の空気を満たしていく。

 私は2人の持ち帰った素晴らしい食材を交互に見つめ、胃の腑が期待で小さく収縮するのを感じる。

 肉体労働で消費したエネルギーを補い、次の巨大な建築に向けて魔力を蓄えるための、最高の晩餐の図面が頭の中で組み上がっていく。

 私はすぐにかまどの前に移動し、最も大きな石鍋にたっぷりの湧き水を張る。

 臭み消しのために、以前見つけて乾燥させておいた柑橘系の葉と、辛味のある根菜を薄く切って水に放り込む。

 下から強い火を当てて沸騰を待ち、その間にルミナが捕らえてきた蟹の処理に取り掛かる。

 ナイフの峰で蟹の急所を正確に叩いて動きを止め、流水で甲殻の表面の泥を丁寧に洗い流す。

 石鍋の水面が激しく泡立ち始めたのを確認し、2匹の蟹を一気に熱湯の中へと沈める。

 蓋をして火力を維持すると、数分のうちに緑色だった甲殻が鮮やかな朱色へと変化していく。

 磯の香りと柑橘の爽やかな匂いが混ざり合い、白い湯気となってかまどの周囲に立ち込める。

 蟹を茹でている間に、私はミアが持ち帰った蜂蜜の調理を進める。

 前回の狩りで塩漬けにして保存しておいた猪の厚切り肉を取り出し、表面の水分を布で拭き取る。

 別の平らな石板を炎の上に渡して熱し、猪の脂身を滑らせて油を引く。

 肉を乗せた瞬間に脂が弾ける軽快な音が響き、表面の色が茶褐色に変わっていく。

 肉の片面が焼けたら裏返し、フキの葉から集めた琥珀色の蜂蜜をたっぷりと上から回しかける。

 蜂蜜が熱された石板に触れて焦げ、キャラメルのような香ばしい匂いと獣肉の野性味が一体となって鼻腔をくすぐる。

 照り輝くソースが肉全体に絡みつき、表面で小さな気泡を作って煮詰まっていく。

 私は肉を火から下ろし、同時に石鍋から茹で上がった蟹を引き上げる。

 熱気を放つ赤い甲殻を木製の皿の中央に据え、その横に蜂蜜の照り焼きを添える。

 4人で円を描くように座り、私はナイフの柄で蟹の硬い爪を叩き割る。

 ひび割れた殻の隙間から、純白で繊維質な身が顔を出し、濃厚な湯気が立ち昇る。

 ルミナは慎重に蟹の身をつまみ出し、そっと口に運ぶ。

 彼女の瞳が驚きに見開かれ、尖った耳がぴくりと跳ねる。


「甘い。海で採れた貝とは違う、繊細で奥深い味がする。この葉の香りが、肉の旨味をさらに際立たせている」

「こっちの肉もとんでもないぞ。甘い汁が肉の塩気と合わさって、噛むたびに顎がとろけそうになる」


 ドリスは顔の半分ほどもある肉の塊にかぶりつき、口の周りを蜂蜜でベタベタにしながら豪快に咀嚼している。

 ミアは蟹の甲羅を開き、中に詰まった濃厚な黄褐色の味噌に木の匙を差し込んでいる。

 彼女はそれを口に含むと、目を細めてうっとりとした表情を浮かべ、尻尾を床に打ち付けて喜びを表現する。

 私も蟹の爪の肉に味噌をたっぷりと絡め、一口で胃に流し込む。

 川魚のような泥臭さは一切なく、甲殻類特有の強い旨味と、味噌のコクが舌の上で爆発する。

 続けて蜂蜜焼きの肉を噛み締めると、表面のカリッとした食感の中から、閉じ込められていた肉汁が甘いタレと共に溢れ出してくる。

 塩気と甘みの完璧な均衡が脳の報酬系を直接刺激し、咀嚼する動作を止めることができない。

 飲み込むたびに、枯渇していた魔力の源泉に熱い油が注ぎ込まれるような感覚に陥る。

 全身の血管が拡張し、心臓の鼓動が力強いリズムを刻み始める。

 指先から立ち昇る目に見えない熱気が、私の体を取り巻き、次の創造の時を今か今かと待ちわびている。

 4人で全ての料理を平らげた後、私は大きく息を吐き出して立ち上がる。

 体内に渦巻く魔力はかつてないほどの密度に達しており、これなら思い描く最強の拠点を具現化できると確信する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る