13年後の答え合わせ
内枠一番車
第1話 雨の日のレッサーパンダ
誠(まこと)は、新作ドラマのプロット作成の合間を縫って、自身のオリジナル脚本を師である映画監督に見せた。
18歳で大学進学のために上京し、脚本家を目指し始めてから早10年。28歳という年齢を考えれば、そろそろ明確な結果が欲しいところだった。
しかし、年の離れた師から返ってきたのは、
「登場人物が薄っぺらい」
「行動原理に一貫性がない」
「展開がありきたりだ」
という、容赦のないダメ出しだった。
自分なりに手応えを感じ、自信があっただけに、胸を抉られるようなショックがのしかかる。
そんなタイミングで、実家の父親から電話があった。
用件は、家業の酒屋を手伝ってほしいという懇願だった。後を継いでいた兄が急逝して、ちょうど一年。70歳を目前にした両親だけで、重いビールケースや一升瓶を運ぶ酒屋の仕事を続けるのは、体力的にもう限界なのだという。
通話終了の赤アイコンをタップすると、スマホの画面がスッと暗転した。
暗い液晶に映り込んだ、冴えない自分の顔を見つめる。
東京で夢を追いかけさせてもらった10年。その裏で、老いた両親に無理をさせていた現実。
「……潮時かな」
誠は、誰もいない部屋でポツリと呟いた。
誠は、いま手掛けている仕事がすべて片付く3ヶ月後に、故郷へ帰る決意をした。
これまで世話になった師匠の映画監督には、「家庭の事情で田舎に戻ることになりました」とだけ伝えた。師匠はただ、「残念だ」と短く答えた。引き止める言葉も、熱い激励もない。それだけで、誠の10年はあっけなく終わった。
東京にいられるのは、残りわずか3ヶ月。
誠は、自分がこの街で過ごした10年間という時間をどうしても確かめたくて、SNSである一つの物語を綴ることを決めた。
それは、プロの技術も、ウケを狙ったギミックもすべて捨てた、自身の剥き出しの過去。
15歳のあの日、雨の日の放課後に始まった、切なくて不器用な初恋の記憶を元にした物語だった。
【第1回】雨の日のレッサーパンダ
雨の日の午後。
サッカー部の誠一は、校舎内で室内練習をしていた。
湿気を含んだ重い空気の中、廊下での筋トレや基礎練習。とうに飽き飽きしていた誠一は、顧問の目を盗んで、サボりがてら校舎内を徘徊し始めた。
「全く、やってられるかよ」
小さく毒づきながら歩いていると、ふと、人気(ひとけ)のない教室の引き戸が、わずかに開いていることに気づく。
「……こんな時間に?」
不思議に思い、隙間から教室を覗き込む。
そこには、同じ学年のはずなのに名前も知らない少女が一人、机に向かって熱心に何か作業をしていた。
特に深い興味があったわけじゃない。ただの暇つぶしだった。
誠一は足音を忍ばせ、その少女の背後に近づいて声をかけた。
「何してるの?」
「っ……!」
少女は一瞬で体をこわばらせ、机の上のものを慌てて両手で隠した。その必死な様子に、逆に興味を惹かれる。
「なにそれ? 人形?」
誠一が覗き込もうとすると、少女は下を向いたまま、何も答えない。
拒絶されたというより、完全にパニックになっているようだった。
「もしかして自分で作ったの? 上手だね。見せて?」
もう一度、なるべく声を優しくして聞いてみた。
すると少女は、小さく震える手で、作りかけの小さなフェルトの人形を恐る恐る誠一に手渡した。
手のひらに乗ったそれを見て、誠一は顔を綻ばせる。
「レッサーパンダ? かわいいね」
その時、遠くの廊下から、誠一を探す仲間の声が響いた。
「田代ー! 先生が呼んでるぞ!」
「やべっ!」
サボりがバレる。誠一は慌てて作りかけの人形を少女の手元に返し、「ありがとね!」と言い残して、嵐のように教室を去っていった。
バタバタと遠ざかっていく足音。
静まり返った教室で、少女はぽつんと一人、手元の人形を見つめたあと、雨の降る窓の外を眺めて、大きく、深くため息をついた。
誠はそこまで書くと、SNSに投稿した。
行動に一貫性がない?
それが本当の人間だろう、
誠は、これから綴る自分の物語の先行きを想像してそう呟いた。
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