第8話 離陸が許可された

 神崎が耐Gスーツに着替えて10分ほどが経過した。中里は今しがた耐Gスーツに着替え終わり、窓の外を眺めている。


「あ、あの、中尉。自分たちはいつ出動するんでしょうか?」

「んあ? そりゃあ、スクランブルの待機組が飛んでからだろ」


 何を当然のことを、みたいな表情をする中里。


「お前、もしかして第3飛行隊と一緒に出動だって思ってたのか?」

「そ、それは……」

「まぁお前がどう思おうが、俺には一切関係ないが。それでもだ、これだけは覚えておけ」


 そういって中里は神崎に近づき、彼の額を指でつつく。


「日本の空を守ることが第一優先だ。俺たち広報は二の次でいい」


 中里から発せられる凄みに、神崎は思わず固まってしまった。

 神崎の額から指を離した中里は、そのまま自分の机の上に置いてあったヘルメットを手に取る。


「おら。ボーッとしてねぇで、そろそろ格納庫に行くぞ」

「あ、はいっ」


 神崎は急いでヘルメットとカメラを持ち、庶務室を出る。

 T-2がある格納庫は、庶務室から歩いて10分程の場所にあるエプロンの端だ。正直移動は容易ではない。


「うーん。移動が面倒だな。あとで超小型EVでも経費で買ってもらうか」


 そんなことを中里はぼやきながら、ズンズンと歩いていく。

 そして格納庫に到着すると、そこには中里の操縦するT-2が鎮座していた。自衛隊の機体ではなかなか見ることのないライトグリーンと白を基調とした、そんなに目に優しくない目立つ機体となっている。

 そんな機体の前に、整備を担当する自衛官が数人立っていた。どの整備官も厳しくギラッとした目をしている。


「よう、おやっさん。こんな所で再会できるとは思わなかったぜ」

「ふん、死にぞこないの疫病神め。ワシは会いたくなかったぞ」

「まぁまぁ、そう言わずによ。それでも、機体はちゃんと整備してくれたんだろ?」

「仕事と任務はきっちり片付ける。それがワシの信条であり、責務だ」

「それが聞けてなによりだ」


 そんな話をして、中里は機体の最終チェックに入る。


「こんな改造機でも、しっかり整備してくれる。ホント助かるぜおやっさん」

「ワシはもう引退のはずなのに……。こんなヤツの子守りをしないといけないとはな……」


 そういってトホホと肩を落とすおやっさん。周りの整備士たちも気を使っているようだ。


「よし、確認完了。神崎! 乗り込むぞ!」


 中里はタラップに足をかけ、後部座席に乗り込む。神崎も慌ててヘルメットをかぶり、開いている前部のタラップを登る。

 神崎の目の前にあるのは、前方が見えるレーダーだけであった。


「え? 操縦桿も、索敵レーダーのスイッチも、何もない……」

「当然だ。この機体は俺一人でも運用出来るように改造してあんだよ」


 中里はエンジンをスタートさせるために、色々とスイッチを押す。その間に、神崎は整備士からヘルメットとT-2を繋ぐコネクタを教わっていた。

 神崎のヘルメットに各種情報が表示されると同時に、中里がエンジンをスタートさせる。

 低重な音と振動で始まり、すぐにジェットエンジン特有の高音に変わっていく。これでもまだ本気以前の出力だ。

 そのままキャノピーが下がり、外気とコックピットを遮断する。

 やがて整備士たちが機体の周りを確認し終えたことで、T-2は飛び立てる状態になった。ここで牽引車が登場し、T-2を格納庫から引っ張り出す。

 同時に中里が管制塔に離陸の許可を求める。


『こちら99-1001中里、T-2の離陸許可を求める』

『こちら管制塔。滑走路03Rまで移動し、そこで許可を待て』

『了解、滑走路03Rまで移動する』


 牽引車が離れ、中里はエプロンから誘導路へと機体を進める。

 その間、神崎は微かな記憶の中から、ヘルメットの設定をいじる。設定が完了すると、ヘルメットのバイザーにレーダー関連の表示がされる。汎用型のヘッドマウントディスプレイだ。


『ようやくヘルメットの設定が終わったか、芋虫め』

「芋虫って……、それ自分のことですか?」

『当たり前だ。パイロットはスピードも命ってことを覚えておけ』


 そんなこんなで、滑走路の端までやってきた。滑走路に入る前に、一度誘導路で停止する。そして改めて管制塔に対して離陸許可を求めた。


『こちら99-1001、離陸許可を求める』

『こちら管制塔。離陸を許可する』


 それを聞いて中里は機体を前進させ、滑走路へと入った。

 そして再び停止し、チェックに入る。


『ビフォアテイクオフチェックリスト……コンプリート』


 数秒も経たずにチェックリストの確認が終わったらしい。それを聞いた神崎は驚く。


「えっ!? もうチェックリストの確認終わったんですか!?」

『そんなもんいいんだよ! 離陸するぞ!』


 そういって中里はスロットルレバーを前に倒す。いきなりアフターバーナー全開で滑走路を進み始める。


「うわわわわ……!」


 今まで経験したことのない加速度が、体にのしかかる。ほんの数秒で速度は時速250キロを超え、中里は操縦桿を引く。

 少々乱雑な状態で、機体は宙へと上がる。


「と、飛んだ……」

『何当たり前のこと言ってるんだ』


 神崎が思わず呟いた言葉を、中里は拾う。

 しかし、神崎にとってみれば、空自の航空機で空を飛ぶことはとてつもない意味を持っている。彼の過去を見れば簡単に察せるだろう。


『すでに前線に到着している連中からの無線を聞くに、今度は小型のレシプロ機しかいないようだ。数もかなりいる。こりゃあ広報として良い写真が撮れるんじゃねぇか?』

「そうかもしれませんが、ちゃんと飛んでくれますよね?」

『俺の腕を心配しているのか? そこまで衰えちゃいねぇよ。そんじゃ、前線までひとっ飛びだ』


 すでに上空1000メートルを超えている。再びアフターバーナーを点火し、殺人的な加速度で南下する。


(うぅ、この加速で酔いそうだ……)


 吐き気を我慢する神崎をよそに、T-2は音速を超えて前線へと飛んでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る