第4話 シーズン初戦

シーズン初戦。

これまでマシンのセッティングで何度もサーキットを訪れ匠海の調子もマシンの調子も良かった。

去年とは比べ物にならないくらい、良いマシンを組み上げた自信もある。


ただ――


「……雨、路面はウェット。初戦からツイてないな。」


朝から降りしきる雨、路面のコンディションに合わせて、タイヤの空気圧など細かな調整をする。

テスト走行と予選は無事何事もなく走り終えて、次が本戦だ。


「匠海、このセッティングで行けるか?」

「あぁ、ばっちり。……雨も、少し弱くなってきたな。」

「……路面がドライになることは無いだろうけどな。」


――雨、雨か……。


「まぁ、普通に走ってくるさ。」


今日は耐久レースではない。一度スタートを送り出せば、基本的にはピットに戻ってくるのはレースが終わった後だ。


余程のトラブルが無い限りは。


「……ッ!!ライダーの安全確認とマシンの確認、急げ!」


レース中、既に周回遅れになっていたマシンが雨でスリップした。5台は巻き込まれたクラッシュになって、その内の1台に匠海も巻き込まれている。


派手なクラッシュだったが、モニター越しに見る限り、ライダーたちは直ぐに立ち上がっていたし、大きな怪我をしたライダーはいないだろう。


それに匠海も、奇跡的に転倒は避けて、コース外の砂地に飛び込んでいる。


ただ、頭の中には嫌な想像が過る。

朝からずっと感じていた膝の痛みが、増した気がした。


雨天、クラッシュ、巻き込み事故――


「…………颯さん!!」

「……悪い、マシンは。」

「自走可能っす。砂巻き込んで、カウルにダメージ食らってるくらいっす!」

「よし、すぐ整備するぞ。」


後、数周走れればいい。

そのためだけの最低限の修理を急ピッチで行う。

椅子に座って、俺達の作業を見守る匠海の視線も、いつになく険しい。


「……颯。」

「早く行け、マシンは大丈夫だ。」


整備を終えたマシンに跨がる匠海の瞳の奥に、確かに残る揺らぎ。

それを俺にどうにかしてやることは出来ない。


――俺に出来るのは、マシンを整えてやることだけだ。


ただ、匠海は小さく頷いて、アクセルを回した。

このレース、何とかギリギリ、上位には入賞した。


レース後、いつになく真面目な顔で、サーキットの隅の人から離れていた場所で、フードを被って立ちすくんでいた匠海を見つけた。俺はそっと背後から近寄って傘を差し出した。


「……あのクラッシュがあって、その成績なら悪くはないだろ。」

「……解ってる。」

「……一人で考えたい時間だったんなら、邪魔したな。」


傘をそのまま匠海に渡して、痛む足を少しだけ庇うようにチームのピットの方に身体を向けた。まだ片付けは全て終わっていない。


「待ってくれ。」

「……どうした?」


足を止めて振り返る。

フードから覗く匠海の瞳は、どこか縋るようだった。


「前から気になってたんだ、その足――」

「あぁ……まぁ、癖みたいなもんだな。」

「……颯は、バイクに乗らない。それって……。」


おちゃらけているように見えて、匠海は意外と周りを見ている。

けれど俺は、『お前と同じだ』なんて軽く同情なんてしない。


「別に大したことじゃない。俺は乗るより弄るほうが好きなんだ。」

「……そうかよ。けど俺は知ってるぜ、颯が昔――レースに出てたこと。」


今の若手は知らないと思っていた。

10年以上は前の話だ。ちょうど今の匠海よりも、まだ若い頃の話。


「……それが、どうした?」

「どうして降りる方を選んだんだ?……きっかけは、やっぱり事故なのか?」

「……元々俺は、お前みたいに速くもなかったし、攻めきる気概もなかった。……向いてないんだ、俺みたいなやつには。」

「へぇ……ビビったから辞めたとは、言わねぇんだな。」


ぴくり、と眉が上がるのが自分でもわかる。

10年以上前のことで、全て自分の中でケリを付けたはずの気持ちをなじられる不快感が沸々と湧き上がってきた。


チームジャンパーのポケットに突っ込んだ手を、無意識に強く握りしめる。


一度曇天を仰いで、はぁ……、と深く溜め息を零した。


「……俺は、辞めても諦めてもねぇよ。」

「……どういうことだよ。乗って無いだろ?」

「あぁ、乗ってはいない。だから……乗ってるお前を頂点に連れて行く。」

「……。」

「俺のマシンを、世界の頂点に連れていけるのは、お前だけだ。」


誰にも言わなかった思いを言葉にしてみると、案外すんなりと腑に落ちた。握った拳も、自然と解ける。


「……プレッシャーをかけるつもりなんてねぇよ。けど、マシンになにかあるなら俺に言え。……絶対にお前の望むとおりに、調整してやる。」

「颯……。似合わねぇな、そんな熱い事言うのは。」

「お前こそ、落ち込んで迷走するなんて、らしくない。お前はいつもみたいにふざけて、自信満々に俺のマシンに乗ってりゃいいんだよ、匠海。」


ふっと鼻で笑い飛ばして、俺はチームのピットに戻った。

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