第3話「好きなものって何?」


次の日の放課後だった。


担任が教室の前で言った。


「文化祭のアンケート配るぞー。希望係、あと自由記入欄も書いとけ」


プリントが後ろから回ってくる。


みんなはペンを走らせていた。


「お化け屋敷やりてー」


「いや映画の方が楽じゃね?」


「食べ物系は面倒そう」


いつもの賑やかな声。


僕もプリントを見下ろした。


名前。


出席番号。


希望係。


そこまではすぐ書けた。


でも、その下でペンが止まる。


**「やりたいこと・好きなこと(自由記入)」**


好きなこと。


また、その言葉だった。


僕は考える。


映画……?


最近観たっけ。


音楽……?


何を聴いてる?


スポーツ……?


別に好きじゃない。


ゲーム……やってない。


頭の中で、選択肢だけが並ぶ。


でもどれも、自分のものじゃない気がした。


隣から声がした。


「悠、何書いた?」


顔を上げると、クラスメイトの佐藤が覗き込んでいた。


「え?」


「好きなことの欄」


「あー……まだ」


「悠って何好きなの?」


まただ。


僕は笑いそうになった。


でも笑えなかった。


「……何だろ」


「え?」


「いや、何でもない」


何でもない。


便利な言葉だった。


分からない時。


困った時。


自分を隠したい時。


ずっと使ってきた言葉。


だけど今日は、その言葉が妙に重かった。


帰宅後、自分の部屋を見回した。


本棚。


机。


ベッド。


壁に貼ってある小さなカレンダー。


全部、前からそこにあるもの。


でも急に違和感がした。


漫画は友達が勧めてくれたもの。


服は母さんが選んだもの。


スマホの音楽リストは流行っていた曲。


好きだから選んだ記憶が、あまりない。


僕は机の前に座った。


そしてスマホの検索履歴を開く。


「流行り 曲」


「高校生 人気」


「面白い話題」


「嫌われない方法」


「会話 続け方」


画面を見たまま、手が止まった。


……あれ?


そこには。


「僕が好きなもの」じゃなくて。


「普通になる方法」しかなかった。


(第4話へ)

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