観測センター編

 誰もが一度は行ってみたいと思う。


 宇宙鯨観測ツアー


 宇宙で唯一、宇宙鯨を観測できる場所。


 宇宙鯨観測コロニー


 開拓時代の噂話から広まって、今では多くの創作に登場する。

 観測史上最も大きい生き物を、ここでは何世代もかけて眺めている。


 調べても出てこないものがいっぱいみれるらしいよ。絵本の「くじらのまち」もあるかもしれないよ。


 そう熱心に語る妻の後ろを、この星域に入るまでにうんざりする程書いた誓約書を思い出しながらついていく。

 宇宙鯨に興味が薄い人は、あの誓約書の枚数を見るだけで引き返すだろう。

 しばらくは名前も書きたくない。


 ホテルから観測センターへ、上へと登る直通路の窓から外を見ると、コロニーの景色がよく見える。


 この星域に辿り着くまでに通ったコロニーとさほど変わらない、思ったより普通の生活をしているようだ。

 他との違いと言えば、惑星より肌の色が多いくらいだ。幾らかこちらの方に手を振っている人も見える。

 どうやら、ここの人たちは比較的、フレンドリーらしい。


 外を眺めながら妻の身振り手振りを躱していると、ぽーん、と間の抜けた音がして、やけに厳重な扉が開いた。


「ついた!」


 そう言った妻が中に駆け込んで行くが、走るの禁止の誓約書にもサインしたのを忘れたのか。

 注意するか悩みながら後を歩いて行く。


 狭かった通路から開けたセンターの受付に着いた。妻は案の定、警備員とスタッフに捕まって注意を受けていた。


 あーあ、最悪出禁か

 そう思いながら歩いて近づいていくと、こちらに気づいたスタッフも近づいてきて、声をかけてきた。


「お連れ様でお間違い無いですか?」


 少し耳慣れない訛りに戸惑ったが、とりあえず平謝りしておく。


「ええ、妻がすみません」


 そう言うと、スタッフは笑いながら答えた。


「いえいえ、大丈夫です!たまにですが子供のお客さんもおるけんですね、ここに来るほとんどのお客さんは楽しみにしとるのもわかっとりますから!」


 今度は聞きなれない方言混じりに、もしかしたら、まだ統一語は話しなれていないのかもしれない。


 そんなことを思っていると、妻と並んで「一応、走るのは無しでお願いしますね」と釘を刺された。


 そのまま、スタッフの案内で受付を済ませて売店を遠くに眺める。

 どうやら宇宙鯨関連のグッズやポスター、件の絵本なんかも並んでいるようだ。


「先にあっち見るの?」


 妻は早く中に行きたいようで、体の向きは展示エリアの入口を向いていた。


「いや、帰りとかでいいよ」


 そう言ったが早くも妻に引っ張られながら、展示エリアに足を踏み入れた。


 入口に入ってすぐに、このセンターについて書かれたパネルが貼ってあった。その隣には年表が書いてある。


 ちょっと字が多すぎて導入のキャプションを全て読むことはできなかった。


 大きい施設でハイテクそうなものなのに、やけに古めかしい、と思いつつ目線の先にあった宇宙鯨発見の経緯だけは少し読んだ。


 まだ惑星間の交流が始まったばかりの頃、いくつかの種族の開拓者たちが揃って「宇宙空間で魚のようなものを見た。」と証言したことが始まりらしい。

 そこから、与太話や噂話として広まり、現在の観測コロニーから少し外れた位置で存在が確認されたとのこと。


 そこから先の文章は初代館長がどうのと続いていたから読み気が失せた。


 妻はまだ熱心に読み込んでいるようで、一旦隣の年表を眺めることにした。


 年表には、主に無人探査機の放流履歴が書いてあった。

 長い歴史の中で現在に近づくに連れて放流数が減って行ってるのが見て取れる。


 どうやら一つ一つ名前がついているようで、誰が考えたのか『チンボロン』とか言う名前の探査機もあった。


 いつのまにか年表を見ていた妻も指差して

「『チンボロン』だって」と笑っていたので、

「チンボロンさんに失礼だろ」と言っておいた。


 脇腹をつねってくる妻が言うには、動物愛護団体やら宗教団体が探査機に反対したことと、宇宙鯨連盟なる組織の影響で放流数が制限されてるらしい。

 誓約書で連盟さんの名前は見た気がする。


 順路と書かれた方に目をやると、歴代観測機器の実物展示だったりが続いていた。

 さながら、高級カメラ屋にでも来た気分だった、到底個人が所有するようなものではないのはわかっているが。


 その後も妻を追い越し、追い越されながら観覧していくと、奥まった場所に次の部屋が見えてきた。


 部屋に足を踏み入れると、まず一際目を引いたのは、見上げるほどの、3次元投影された宇宙鯨だった。


 受付でもらったパンフレットのフロアマップを見てみると、展示エリア第一展望室と書かれていた。


 ここから宇宙鯨を見ることができる。と展示パネルにも書いてある。


 妻とはぐれたようで、一人で眺めることにする。どうせ後からくるだろう。

 のんびり展示されているものを眺めていく。


 部屋はだだっ広く、宇宙を広く望めるように壁の一面が全て窓になっていた。


 窓の10歩くらい手前には幾つかのモニターがあり、他の客がそれを覗き込んでは外を見る様子が見て取れた。


 一つのモニターに近づいて見てみると、宇宙の星々を囲むように白いラインで宇宙鯨の輪郭が表示されていた。


 次いで窓の外と見比べ見てもさっぱり宇宙鯨がどこにいるかはわからない。


 よくみるとモニターの隅に見たことのない単位の縮尺が書いてある。


 これが一体どのくらいの大きさでどのくらいのものを見ているのかは結局わからなかった。


 ひとしきり理解しようと眺めて見飽きて、3次元投影された宇宙鯨の方に近づくと、そこにもやっぱり見たことのない縮尺がある。


 でもこっちには、ご親切にも矢印で窓枠で切り取られている宇宙鯨がどのあたりなのか、が示されていた。


 矢印の先を見てみてもさっぱりわからない。


 どうやら右側面を見ているらしいことはわかるが、肉眼で見ている範囲は見上げるほどのサイズの縮尺でも小さいらしい。


 少し首が疲れて、窓の外を遠く眺めながら、妻を待つことにした。一体どこにいることやら。


 展望室に置かれた椅子に座っていると、受付にいたスタッフを発見した。

 なんとなく軽く会釈をすると、こちらに話しかけてきた。


「なにか、お飲み物をお持ちしましょうか?」


 そんなことも仕事の内なのかと驚きながら大丈夫だと断ると、


「お兄さんは、どちらから来られたんですか?」


 と聞いてきた。やはり訛って聞こえる。


「僕らの感覚で移動は4日位だったかな。」


 答えを聞いたスタッフは驚いたようで、


「そげん!4日も宇宙におるんですね!」


 と方言混じりに返された。


 暇つぶしがてら話をすれば、どうやら学生のアルバイトだったらしく、今は長期休み中に趣味と実益を兼ねてこの仕事をしているそうだ。


 それからついでに、

「宇宙鯨は怖くないのか」と聞くと

「よくわからない」と言っていた。

 その辺の感覚は、あまり我々と変わらないらしい。


 その後も、学生らしい相談に乗っていたりしていると、いつのまにか妻がモニターと窓に視線を行ったり来たりさせていた。


 妻がこっちに歩いてきて、

「おっきいね!」

 と言ってきた。

「そうらしいね」

 と返しておいた。

 実際、それ以外はわからん


 妻はまだまだ元気そうだ


 妻についていきながら展望室を出ると、今度は観測写真が飾られていた。


 妻はまたキャプションからじっくり見ている。

 このエリアは、無人探査機やコロニーから撮影した画像を補正したりして現像したものが展示されているらしい。


 順路通りに写真を見ていく。

 宇宙鯨の目のようなもの、口のようなもの、鰭のようなもの、尾のようなもの、意外なことにどれもアナログな手法で撮られたものを合成した写真らしい。


 次に見たのは生命の痕跡、と銘打たれた写真群だった。無人探査機は古い物だと宇宙鯨の近くまで飛んだようで、いくつか体表のようなものが写っていた。


 体表と書かれたほとんどが、岩のようなもの、水のようなもの、そしていくつもの星の跡でとても生き物には見えない様々な写真が展示されていた。


 写真群の中で一際注目を集めているのは、文明写真のコーナーだった。


 たまに、特番や特集が組まれた時に見たことのある写真達がそこにはあった。


 明らかに作られた発展した建物が映った写真や、海に木が生えているように見える写真、城のようなものが建てられているものもあれば、画角いっぱいに映る白い虫のような写真もある。


 外には出てない写真もあるようだ。一番新しいものは、一昨日の日付が書かれていた。


 さっきカメラ屋さんで見たことには、無人探査機の性能は世代ごとに上がっているが、宇宙鯨の近くでは、乱気流か磁場か何かで壊れたり焼き切れているらしい。


 なんにせよ、少なくとも空気のようなものがあることがわかっているようで、それが移住船がたまに飛ぶ原因になっているそうだ。


 我々の種族でもコールドスリープしてでも行きたいと言う人はたまにいるらしい。妻はそうでもないらしい


 ひとしきり眺めた後に次のコーナーに移ろうかと見てみると、やたらとカラフルな展示が目に入った。


 題して「あなたの星じゃなんて呼ぶ?」のコーナー、我々が呼ぶ「宇宙鯨」を筆頭に蛇やら龍、他の動物、ゲームや映像作品に登場した時の名前なんかも並んでいた。


 私は近くにいた妻に手招きをした。


 左右に揺れながら歩いてくる妻に「なんだそれ」と言うと「嬉しいステップ」と言っていた。


 なんだそれ


 やはり妻の方が詳しくて、あれがある!あれもある!あれは見当たんない!なんて読むのこれ!と騒いだりしていた。

 近くでその読めない言語の話者に二人で聞いてみたが、結局聞き取ることはできなかった。


 その後も、移住船の歴史や、宇宙鯨の生態予想を見たり、宇宙鯨の遊泳予想ルートと危険星域を見て宇宙鯨がこっち向いたら死ぬじゃん、と二人で騒いだりした。

 私は誓約書で知っていたし、妻も読んだはずだが


 観測レポートのアーカイブを見ようか、としているところで、センターの閉館アナウンスが流れた。


 周りの客達も出口に向かって歩いていく。


 名残惜しそうな妻を引き摺りながら、出口へと向かっていく。


「どうせ数日はここにいるから、明日は早くから来ればいいだろ」

 と宥めて、どうにかこうにか入口近くの売店まで辿り着いた。


 正直、売店も明日以降でいいとは思ったが、水を差す程時間に余裕がないわけでもない。


 あれこれ手に取って悩んでいた妻がこっちに帰ってきて、


「明日も来るよね?」


 と聞いてきた


 さっきも言ったけど


「明日も来るよ」


 と返した


 二人でホテルに向かって行く


 来た時より大きい身振り手振りではしゃぎながら


 こーんくらい、ってね。

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