第5話「見えていた問題」
「佐藤さんですね」
神崎社長はそう言うと、メモ帳を閉じた。
会場はまだ少しざわついていた。
俺は座るタイミングを失って、そのまま立っていた。
……いや、待って。
なんで名前聞かれた?
やばい質問だったか?
「ありがとうございます」
神崎社長はマイクを持ち直した。
「少しだけ、お話ししてもいいでしょうか」
誰に聞くでもなくそう言った。
会場は静かだった。
「東陽テクノは今、新しいシステムを導入しています」
画面が切り替わる。
そこには社内システムの図が表示された。
「効率化のために始めた取り組みです」
「ただ――」
神崎社長は少し笑った。
「実は、社内アンケートで似た意見が出ています」
会場がざわついた。
「え?」
今度は俺が声を出した。
神崎社長は続ける。
「導入した側は便利だと思っている。でも、現場では入力作業が増えた」
「報告書が増えた」
「新しいルールが増えた」
「結果として、負担が増えた」
俺は思わず前のめりになった。
なんだそれ。
俺の会社と同じじゃないか。
神崎社長は苦笑した。
「私たちは数字を見ていました」
「処理時間が何秒短くなったとか」
「コストが何%下がったとか」
「でも現場の人は違います」
そこで神崎社長は少し間を置いた。
そして言った。
「現場の人は、“仕事が楽になったか”しか見ていない」
静かだった。
でも、その一言が妙に頭に残った。
数字じゃなくて、感覚。
効率じゃなくて、実感。
俺は何も考えず言っただけだった。
会社への愚痴みたいなものだ。
なのに――
神崎社長は本気で聞いていた。
「佐藤さん」
また名前を呼ばれた。
びくっと肩が跳ねる。
「はい!?」
会場で少し笑いが起きた。
死ぬほど恥ずかしい。
神崎社長は笑いながら言った。
「ありがとうございました」
「現場の声は大切です」
「忘れかけていたことを思い出しました」
拍手が起きた。
最初はパラパラだった。
それが少しずつ広がる。
会場全体に。
……え?
俺、何した?
隣のおじさんが笑いながら肩を叩いた。
「やったな、1株くん」
「いや、何がですか……」
「社長の顔、見てみな」
言われて壇上を見る。
神崎社長は次の質問に進んでいた。
でも、一瞬だけ。
本当に一瞬だけだった。
こっちを見て笑った気がした。
その時は意味が分からなかった。
総会が終わったあと、その意味を知ることになる。
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