第5話 部外者追放隊

 夏休みが過ぎて数週間経ったころ、この町に私たちがいるということが地元の両親や学校の先生たちにも知れ渡ったようだった。それでも私たちは元の場所に帰る気などなかったし、かえって町にとどまる決意を強くした。

 確かにこれは「たちの悪い家出」に違いない。もしも大人たちと話し合う機会があったならば、理解なり共感なりを得られるかどうかは別としても、事前に連絡くらいするべきだったはずだろう。

 けれど今さら、そんなことはどうでもいいことのように感じられている。

 もしかしたら過度な解放感や無謀な反抗心に精神が支配され、理性が薄まって思考が麻痺しているのかもしれない。

 それほどこの町の空気に私たちは同化してしまっていた。


「もともと私は元の人生を投げ捨ててもいいと思っていたけれど、イルだけでも帰らなくてよかったのかい?」


「ううん、大丈夫。ポーが帰りたくなったときに一緒に帰るよ」


「そうか。悪いね、イル。私の子供じみたわがままに付き合わせてしまって」


「ううん、大丈夫。僕もこの町が大好きだから」


 これほどに愛することのできた町を私はかつて知らない。

 これほども会いたいと思える人々を他の町には求められない。

 それがどれほど許されないことであろうとも。

 そんなこんなで滞在を楽しんでいた、ある日。本当はそうなると予想は付いていたのだけれど、思いがけない訪問者がこの町へとやってきた。

 それは故郷から私たちを連れ戻しにやってきた警察官だ。


「ポー、君はここに隠れていてよ。僕が出て行ってどうにかするから」


「どうにかって、どうするつもりさ」


「二人とも出て行って一緒に連れ戻されるくらいならさ、どちらか一人が犠牲になるほうがいいでしょ?」


「そんなわけないじゃないか!」


「でもね、ここで二人とも逃げ出したら捜索が厳しくなるけど、ひとまず僕だけでも連れ戻されれば何とか言い訳ができると思う」


「でも……」


「いいから。ポーはとりあえず窓から部屋を出て、誰かの家に逃げて。入り口で待っている警察官のところには僕一人で行く」


「……イル」


「大丈夫。きっとまた来るから」


「ああ、きっとだぞ」


「きっとね」


 約束をちぎるようにイルはそう言うと、にっこりと笑った。私は涙をこらえながら窓を両手で開け、誰にも邪魔されぬよう勢いよく外へ飛び出した。

 心の中でイルに謝りながら……。

 その後、無茶な抵抗をせずにイルが故郷に連れ戻されてから数日が経つと、町に警察官の姿は見当たらなくなった。きっとイルが一人で残った私をかばうために、うまい言い訳でもしてくれたのだろう。つくづくイルに申し訳なく思った。

 けれど、おかげで私は落ち着いた生活を手に入れることができた。

 この町に居続けることは、将来を捨てて目先のことしか考えていない短絡的な生活だと言われてしまうかもしれない。だが、少なくとも私にとってみれば、勉強で人生を食いつぶすことが、そうしていい職に付いて安定的な賃金を得ることだけが、しっかりと未来を見据えた生き方だとは言い切れない気がしていた。

 お金がなくても、この町でみんなと助け合って生きていくこと、それは必ずしも豊かな生活ではないが、一つの美しい生き方だと、どうしてもわかってほしかった。

 この町に来て以来、まくやテアさん、アールさんにシンさんなど、本当に多くの人と親しくなり、今でも毎日のように顔を合わせて楽しんでいる。仕事も勉強もせずに遊んでばかりいるだけでは世間に威張れた生活ではないかもしれないが、ここでは一人ひとりがそれぞれの一生懸命な生き方に従って生きており、それを支え合いながらも、誰一人として不満や文句を言っていない。

 この町に不必要な人間など一人も存在しないし、こうあるべきという決められた生き方も一つだってない。

 自堕落な生活だとか、無責任が許された自由な人生が欲しいからではない。

 私は私らしく、のびのびとした人として生きたいから、この町に居たいのである。

 そうであるのに、そうそう都合よくいかないのが私の(ともすると多くの人々にとっても)人生である。


「ポーさん、あまりよくない話を聞いたよ」


「なんだい、まく?」


「どうやらポーさんを捕まえるために、保守的な考えで知られる部外者追放隊がやってくるみたいなんだ」


「部外者追放隊?」


「うん。この町にやってくる人のうちで、特に悪影響を持つと思われる人物を捕まえてしまおうとする人たち」


「それが、私を狙っているって?」


「そうみたい。早ければ今日にも動きがあるかもしれないよ」


「そんな……。それって、この町の警察のような人たちのこと?」


「この町に警察はいないけど、彼らのことを町の人々は“ひどい人ら”と呼んでいるんだ」


「ひどい人ら……。なんだかいかにもひどそうだね」


「考え方はそれぞれだけど、とにかくやり方が一方的だから……」


「そうなの? じゃあ気をつけておくよ」


 それだけ注意をすると、まくは畑の手入れをしに行くと言って私と別れた。

 部外者である私を狙って“ひどい人ら”がやって来るという彼の忠告も、このゆったりとした町の生活に慣れきってしまっている私には実感がなく、それほど恐るべき脅威には感じられなかった。そもそもこの町には警察などいないのだから、そんなに無理な実力行使などできるはずもないだろう。

 ……それが、私の甘さに違いなかった。

 町の宿に帰ってみると、入口の前に集まっている数人の青年たちの姿が目に留まった。この町ではあまり見かけない顔ぶれだ。

 まさか、あれが噂に聞くひどい人らなのだろうか?


「すみません、少し道を開けてもらえませんか。宿に入りたいんです」


 声をかけた私へと顔を向けた彼らは、一見すると、どこにでもいそうな好青年たちだった。


「それはもちろん構わないが、その前に質問がある」


「なんですか?」


「君はポーとかいう、先月ここへ来た少年か?」


「……そうですけど、何か?」


 そう言った瞬間、彼らの顔つきは険しいものとなった。警戒して私が反射的に身構えたときにはもう、四方を彼らに取り囲まれてしまっていた。


「なら、君が噂のよそ者か」


「よ、よそ者なら何だと言うんです!」


「部外者は追放。拒めば拘束」


 仲間の間で動きを合わせて、にじり寄ってくる彼ら。五人で私一人を狙っている。

 どう見ても私より年上の男たちであり、体格もはるかにしっかりしている。

 どうやら逃げ出せるような死角はないようだ。

 しかし……。


「この町から出て行くつもり、ないですよ」


「最後の忠告、それ本気?」


「その前に聞かせてください。なぜ部外者を追放するんです?」


「簡単な質問だな。部外者は町を変えてしまう危険性があるからだ」


「私が何を変えたって言うんですか!」


 私は語気を強めて言い返した。この私に町を変えるほどの影響力はない。その自覚と自信があったからだ。

 しかし、そんな私の抵抗にも彼らは全くひるむことがなかった。


「何を言う。お前がいるせいで、ここに来ただろう。この町には存在しない警察が」


「……あれは、家出をした私たちを連れ戻そうとしに来ただけであって、この町に迷惑はかけていないつもりです」


「しかし迷惑がかかってくるのだよ。警察とか、犯罪とか、この町に存在しないものを呼び起こすような人間を放置したくはない」


「……それは理解できます。でも、あなたたちにどんな権限があって、そんなこと」


 この町には警察がいない。裁判所も、市役所も、軍隊だってない。

 助けを求めるため誰に訴えればいいのかすらも見当が付かない言い分を、私は彼ら一人ひとりの顔を見渡しながら言った。


「権限がなければ何もできないほど、無力な町じゃない。権限があれば何でもするような愚かな町でもない。重要なのは方法や建前じゃない、すべては結果なのだ」


「それは、あなたたちだけです!」


「そうだとも。いや、それで結構! 我らは選ばれし部外者追放隊なのだから!」


 言葉が通じないのなら、私は無言の圧力によってそれを否定しようと試みた。

 だが、意地でも私に町を出て行く意思がないことを感じ取ったらしい彼らは、ついに実力をもって私を拘束した。

 必死の抵抗もむなしく、私は彼らに担がれるようにして町外れの小さな建物へと運ばれた。





 薄暗い室内は何もなく、あまりにも殺風景な小部屋だった。申し訳程度に備わっている小さな窓から限られた景色しか見えず、ここがどこなのか全く判断できない。床は冷たい板張りで、使い古された傷だらけの机と椅子、それから低いベッドが一つだけあった。

 おそらく四畳半くらいの部屋。

 扉には外から鍵が掛けられていて、勝手に出て行くことはできない。


「ちょっと、誰か!」


 内側から扉を叩いて大声で人を呼んでみたが、一向に反応がない。聞こえているのに無視しているのか、それとも誰もいなくなってしまったのか。

 どちらにしても不安な状況だ。

 やがて日は暮れ、辺りはいよいよ静けさが増す。不安とともに空腹が襲い、緊張やストレスもあってトイレにも行きたくなる。

 何もないこの部屋では、ただ黙って解放の時を待つしか方法はないのか?


「助けを呼ぼうにも電話も何もないし、扉は力ずくでも開きそうにないか……」


 時間とともに私の心を占めていくのは絶望や諦めの感情だ。

 みるみるうちに弱まっていくのは希望や楽観である。

 泣き出したくなる衝動を押さえ込み、とにかく扉の前に現れるであろう人の気配を待った。

 さやさやとささやく風の音。まるで励ますように優しく吹く風が、わずかな小窓からよどんだ室内を洗う。

 落ち着いて深呼吸をして、すっかり暗くなっている夜の空を眺めると、突拍子もなく風が強く吹いて、妄想じみた私の勘違いかもしれないが、人の気配が感じられた。


「誰か! いるのでしたら助けてください!」


 本当に誰かが外にいるのなら、こちらの声は確かに届いたはずだ。あとは相手を信じて返事をひたすらに待つしかない。

 長年続く片想いの切なさじみた感情が痛いほどにわかってきた数十秒後、不意に響いたカチャリとの音。それは私が今一番聞きたいと願っている音だった。

 外側から扉が開けられたのだ。


「騒がしい。静かにしろ」


 ただ一つ残念だったのは、やって来たのが私を助け出してくれる救世主ではなくて、私を閉じ込めた彼らの一味だったこと。

 さらに残念なことに、無力な私は彼に従うしかなかったのだ。

 もちろん、ここから無事に助かりたいと思うなら。


「素直じゃないか」


 素直ではないが、私は黙っている。

 すると彼はこちらを見たまま肩をすくめた。


「ま、素直なことには文句なんかないが、返事くらいしたらどうだ」


「……はい」


「これから少し移動してもらう。いい場所があるんだ。お前もここよりもっといいところに行きたいなら、黙って俺について来い」


 言われた通りに黙っていると、部屋を出ようとしていた彼が振り向いた。


「返事は?」


「……はい」


 冷徹な雰囲気のある彼は私の腕をしっかりと握り締めて、使い捨ててもいい道具を扱うかのように無理やりに引っ張って歩いていく。痛みを覚えたものの私には抗えるだけの力が残されていなかった。

 いい場所に連れて行ってくれるという彼の言葉を信じて、とにかく抵抗せずに歩いた。

 しばらく薄暗い道を歩いていると、うっすらと小さな家が見えてくる。


「さあ、ついたぞ。ここが今からお前が暮らすことになる牢獄だ。お前が町を出て行く決心を固めるまで、ずっと閉じ込め続けるからな」


「この家が? 牢獄にしては、やけに広いですね」


「ありがたく思えよ。お前がまだ子供だから、さっきの牢屋では待遇がひどすぎると決まったんだ」


「なら釈放してくれればいいじゃないですか」


「お前が町を出て行くのならな」


「ひどいものですね」


「だが、それが俺たちの信念だ」


 暴力的な信念だなと、口には出さず私は心の中で不平をもらした。

 信念なら何でも許されるというわけでもないだろうに、なぜ彼らはここまで一途になれるのだろう。納得できないものの抵抗もできず、私はあっさりと建物の中に押し込まれた。


「食事のときだけは来てやるが、それ以外はお前一人だ。孤独な時間をたっぷりと使って、身の振り方をよく考えておくがいい」


 彼はそう言うと、一切れのパンを私に投げ渡した。味らしい味のないコッペパン。

 いつもなら物足りなく思うであろう味気ない食事も、今の私にはとても貴重な食べ物だ。


「この家に電気は?」


「電気なんてものはないが、どうしても暗いなら窓から入ってくる月明かりでも使うがいい。どうしても電気が恋しいのなら、この町を出て、お前がもといた明るい世界へと帰る決心をしろ」


「今の状況に比べれば、確かに私の住んでいた故郷は明るいところだったかもしれません」


「だろう?」


「けれど私には、まぶしすぎたんです……」


 なげくようにつぶやいた声は私の心を震わすばかりで、いつまでたっても反響しなかった。彼もしばらくは黙って立っていたが、もう進展はないと見限ったのか、重く頑丈な鉄の扉を外側から施錠して夜の闇に消えていった。

 残された私はさっきもらったパンの残りを食べながら、窓から入り込む月明かりを頼りに家の中を見て回った。

 居間や寝室として使える部屋は私が今いるここしかなく、この狭い部屋に、トイレと風呂が小さな扉でつながっている。外をうかがえる窓は先ほどの牢屋に比べれば大きいものの、一枚きりで鉄格子。外につながる扉も重い鉄製で、これにはもちろん逃亡を防ぐための厳重な鍵がある。

 建物の周囲は相変わらず人の気配もない辺境とくれば、誰かの助けを期待することも難しい。

 こんな家で一人、いつ来るとも知らない解放の時を待つ。


「ともかく、我慢比べをするしかないらしい」


 けれども彼ら、通称”ひどい人ら”は本気だった。

 それからいくつの朝を迎えようと、一切の妥協を認めてはくれなかった。

 一週間程度なら、私の持っているような固くもない意地でもとりあえず耐えられた。二週間は苦しくとも、わずかばかりの希望で耐えられた。三週目以降、それは耐え難いものへと様変わりした。

 最初のころは、おそらく私が十代の少年という理由で優しく接してくれていた彼らであったが、いつまで経っても私の「町に残る」という決意が変わりそうな気配を見せないことを感じると、次第にその乱暴で陰湿な性格をあからさまに露呈させるようになった。

 日に三度出される食事は、日を追うごとに粗末なものへと変貌していった。量も味付けも、ほとんどなきに等しい日さえあった。私はそれを必死に食べ、迫り来る飢えに恐怖が止まらなかった。私はいつの間にかやせ細り、与えられる食事だけを頼りに生き繋いでいたのだが、彼らはそんな食事に、砂粒さえ混ぜることがあった。

 ああ、そのときの苦しみようといったら!

 私は涙が止まらなかった。

 食事だけではなかった。彼らは強靭きょうじんな信念を頼りとして、私を暴力において従順な操り人形にしようとした。意味もなく私のもとへやって来ては、何度も何度も私をぶちのめした。怒鳴り散らして、暴言を吐いて、私に町を出て行けと何度も繰り返した。

 こんなひどい日常は、私の町を出て行きたくはないという意志のおかげで、気が付けば三ヶ月も続いていた。


 ……三ヶ月?


 ……どうして私はこんなに過酷な状況で三ヶ月も意志を曲げなかった?


 それはきっと、おそらくは絶対、私がただ「頑固だから」という理由ではない。

 それは私が心の奥底で、いつかきっとイルが助けに来てくれるに違いないと信じていたからなのだ。どれほど辛い状況であっても、目を閉じれば心に浮かんでくるイルの笑顔。私はこの状況下で初めて、いつしかイルが心の支えになっているという事実に気が付かされた。

 それは固い友情であり、強い絆。

 私は非情な性格の彼らに虐げられれば虐げられる分だけ、イルとの暖かく深いつながりを実感することができた。

 こんなときにも私は信じられる人がいる。

 それは、生まれて初めて感じることのできた友情という名の信頼関係だった。

 私はそれが幸せだった。

 だからこそ、私は私の友達であるイルを信じられる限り、いっそ彼らに殺されてしまっていいとさえ思った。むしろ、かけがえのない友達であるイルを信じることを捨てて、自分の命を守るために町を出たとしても、その未来に何の価値もないだろうとさえ思えた。

 これほどまでに、心からイルを信じて待つことができる。

 この幸福が、喜びが、私には自分の命よりも尊いものに思われて疑わなかった。

 それはとても寒い冬の日のことだった。

 閉じ込められておよそ三ヶ月が経過したある日、私の前に彼らは彼とともに現れた。


「……ポー」


「ああ……!」


 この時の私はただ純粋なる喜びと、そして感謝の思いから涙がこぼれそうになった。

 しかし私は友達である彼の前で涙を見せたくなかったので、心配させまいと無理にでも笑って見せた。


「イル、ありがとう」


 それは、間違いなくクリスマス。

 冬休みになったイルが、急いで私のところへ来てくれた証拠だった。


「とりあえずこの人たちを説得したから、もう外へ出てもいいんだって……」


「イルが説得した?」


 この問いにイル本人ではなく、ひどい人らの一員が答える。


「ああ、そうだ。だからお前は一応、自由の身になった。ただし、条件付きでな」


 あれほど私を認めなかった彼らが、部外者である私を解放する?

 そのための条件とやらが、私は何よりも気になった。


「なんですか、その条件って?」


「そいつから聞きな」


 そう言って彼らはイルを指差した。

 きっとイルはすでにその条件というものを聞いており、さらにその条件を承諾しているのだろう。それが何であれ、ならば私が動揺する必要はない。


「わかりました」


「よし、そうか。条件を守ってくれるなら、もう俺たちはお前たち二人を拘束しない。節度をわきまえて自由にやるがいい」


 彼らはそれだけ言い残すと、どこかへ歩き去った。

 残されたイルと私はしばらくぼんやりと立っていたが、はっと我に返ると、先ほど言われていた条件とやらを知っているに違いないイルに聞いてみることにした。


「ねえ、イル、彼らが言っていた条件って何?」


「悪い人を捕まえること」


「悪い人だって?」


 悪い人を捕まえろとは、なんとも曖昧な条件だ。

 そう思ったが、イルはすぐに詳細を教えてくれた。


「悪い人っていうのは、ポーがあの人たちに捕まっている間にこの町にやってきた集団のリーダーのことでね、どうやらどこか外の国で罪を犯した後、ここまで逃げ延びて来た人のことらしいんだ」


「……要するに、どこかの国の犯罪者ってことなのか」


「つまり、そうだね。それを僕たちが捕まえることが条件」


「そんなの、普通は警察の仕事なのにな」


 それこそ警察官じゃなくたって、あの“ひどい人ら”の仕事じゃないかと、まさしく彼らによって捕らえられていた私は心の中で嘲笑した。

 けれど、その悪い人を捕まえるという条件のおかげで解放されたのなら、ないがしろにすることもできない。


「とにかく町へ帰ろう。ポーも、ずいぶん疲れているようだし」


「ああ」


 よたよたと歩く私はポーに連れられて、とりあえず町の宿に帰ることになった。

 三ヶ月ぶりの町。たったそれだけの期間だけれど、長く感じられた三ヶ月。

 久しぶりに見ることのできた町の姿は、嬉しいことに三ヶ月前と少しも変わっていなかった。私はずいぶんひどい扱いを受けて、精神的にも疲労しきっていたが、度量の大きい町はそんな私を優しく迎え入れてくれたような気がした。

 宿に入ると、やはり、うとうととおばさんは転寝うたたねをしていた。わざわざ起こすのも失礼だとは思うが、さすがに数か月ぶりとなると起こさなければ部屋には入れない。

 仕方がないので、あまり驚かせないように起こすことにした。


「すみません、少しいいですか?」


「……ん、んん?」


「あ、どうも。お久しぶりです。覚えていますか?」


「いやあ、どちらさまでしたかなあ。まあ、とにかくどおぞ」


「ありがとうございます」


「いいさあ、いいさあ」


 おばさんはそれだけ言ってしまうと、すぐにまた転寝を始めた。

 とりあえず許可はもらったので、もうためらう理由もないだろう。足音を殺して廊下を慎重に歩いて、私たちは夏休みの間に使わせてもらっていた部屋に入った。

 部屋の中は三ヶ月前まで私がいたときと全く変わっておらず、あれから誰もこの部屋を利用していないということが見て取れた。

 それがまた私の心を喜ばせた。


「ねえ、ポー、さっき言っていた条件のことだけど」


「ああ、悪い人を捕まえろっていう?」


「悪い人って、今どこにいるのかな?」


「うーん……。さすがに私にはわからない。とにかく明日、町で聞いて回ろうか。誰かが何かを知っているかもしれない」


「やっぱりそうなるよね。それ以外にどうしようもないもんね。じゃあ、ポー、明日からがんばろうか」


「ああ、明日からがんばろう」


 明日やるべきことを胸に思い浮かべながら、私は疲れと安心で深い眠りへと落ちていった。

 そしてそれは、ずいぶん久しぶりの深くて安らかな睡眠だった。

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