第2話

隣のVチューバーが俺だけに甘すぎる

第2話 推しが俺の部屋でくつろぎ始めた

「今日だけ、隣にいてもいいですか?」

 パジャマ姿の一ノ瀬乃愛は、枕を抱えたまま不安そうにこちらを見上げていた。

 俺――神崎悠真の思考は完全停止。

 現在時刻、深夜一時二十分。

 推しVTuberが部屋の前にいる。

 しかも上目遣い。

 無理だろ。

 心臓が。

「え、あ、その……」

 脳内に選択肢が浮かぶ。

①落ち着いて対応する

②紳士的に迎え入れる

③無理

「③しか選べねぇ……」

「え?」

「な、なんでもないです!」

 俺は慌ててドアを開けた。

「ど、どうぞ……」

「……お邪魔します」

 乃愛はぺこりと頭を下げ、小動物みたいにそろそろ部屋へ入ってくる。

 その瞬間、ふわっと甘いシャンプーの匂い。

 HPが削れる。

「す、静かすぎて……新しい部屋、ちょっと落ち着かなくて」

「そ、そうなんですね」

 会話がぎこちない。

 いや無理だろこれ。

 推しがいるんだぞ。

 俺の部屋に。

 乃愛はクッションを抱えながら周囲を見回した。

「へぇ……神崎さんって、結構きれい好きなんですね」

「ひ、一人暮らし長いので……」

 適当に答えながら、俺は内心で必死に祈っていた。

 頼む。

 絶対に棚を見るな。

 絶対に、右側のオタクゾーンを見るな。

 だがフラグは折れない。

「あ」

 乃愛の視線が止まる。

 壁際の棚。

 そこには――。

 星乃ノエルのアクリルスタンド。

 タペストリー。

 ライブグッズ。

 記念ボイス。

 限定ぬいぐるみ。

 完全なる推しコーナー。

「…………」

「…………」

 終わった。

 人生終わった。

「ご、ごめんなさい!!」

 気づけば土下座しそうな勢いで頭を下げていた。

「き、キモいですよね! すみません! でもほんと好きで! いや変な意味じゃなくて!」

「ふ、ふふっ」

 乃愛は吹き出した。

「そんな必死にならなくても……」

「いやでも本人に見られるのはかなり死ねます!」

「……そんなに集めてくれてたんだ」

 彼女は棚のアクスタをそっと手に取る。

 どこか嬉しそうだった。

「神崎さんって、もしかして……“ユーマ”さん?」

「っ!?」

 俺の肩が跳ねる。

 それは俺の配信ネームだった。

「や、やっぱり」

 乃愛は小さく笑う。

「いつも来てくれてますよね。コメント、すごく覚えてます」

 死ぬ。

 古参リスナー認知勢だった。

 俺の黒歴史コメント全部見られてる!?

『今日もかわいい』 『その声助かる』 『塩対応最高』

 脳内で過去ログが再生される。

「うわぁぁぁ……」

 俺は頭を抱えた。

「そんな恥ずかしがらなくても……わたし、嬉しかったですよ?」

 乃愛は俺の隣へ座る。

 近い。

 肩が触れそう。

 柔らかい匂い。

 距離感がバグってる。

「配信って、結構不安になるんです」

「え?」

「みんな楽しんでくれてるのかな、とか……嫌われてないかな、とか」

 配信で見せるクールな姿とは全然違う。

 少し弱気で。

 寂しそうで。

「でも、“ユーマ”さんのコメントあると安心してました」

 心臓が変な音を立てた。

 推しに存在認知されていた。

 しかも安心するとか言われた。

 これ夢じゃない?

「……だから、隣が神崎さんでちょっと安心しました」

 乃愛はふにゃっと笑った。

 破壊力が高すぎる。

 俺のHPはもうゼロだった。

    ◇

「んぅ……」

 しばらくして、乃愛が小さくあくびをした。

 眠そうに目を擦る。

「眠いなら、もう部屋戻りますか?」

「……やだ」

「え?」

「もうちょっとここいる」

 そう言って、乃愛は俺の肩へこてんと頭を預けてきた。

 脳が焼き切れる。

『特殊イベント発生』 『ヒロイン接触中』

 みたいな警告が脳内を駆け巡る。

「の、乃愛さん……?」

「……ちょっとだけ」

 甘えるような声。

 無理。

 俺みたいな恋愛経験ゼロオタクには刺激が強すぎる。

「神崎さん、落ち着くんです」

「そ、それはどうも……」

 落ち着いてないのは俺だけだった。

    ◇

「そうだ」

 乃愛は突然顔を上げた。

「ちょっと配信していいですか?」

「へ?」

「回線テストもしたいし」

 数分後。

 俺の部屋で配信準備が始まっていた。

 意味がわからない。

 しかも距離が近い。

 モニターを見るため、乃愛の顔が俺の肩のすぐ横にある。

「これで大丈夫かな……?」

「だ、大丈夫だと思います」

 声が震える。

 すると配信開始。

 画面の向こうでは、いつもの星乃ノエル。

『こんばんは』

 急にクールになる。

 切り替えすご。

『別に今日も会いに来なくてよかったのに』

 いつもの塩対応。

 コメント欄大盛り上がり。

 だがマイクを少し外した瞬間。

「神崎さん、お茶取ってぇ」

 激甘。

 温度差で風邪引く。

「はいっ!」

 俺は即座にペットボトルを差し出した。

『……ありがと』

 マイクONではクール。

 OFFではふにゃふにゃ。

 ギャップが危険すぎる。

    ◇

 配信終了後。

 乃愛はそのままベッドへ倒れ込んだ。

「つかれたぁ……」

「お、お疲れ様です」

「ねぇ」

「はい?」

「膝、貸して」

「…………は?」

「眠い」

 断れるわけがない。

 数秒後。

 乃愛は俺の膝へ頭を乗せていた。

 軽い。

 柔らかい髪が太ももへ触れる。

 近距離で見る寝顔は、反則級だった。

「……すぅ」

 数分もしないうちに寝息が聞こえる。

 本当に寝た。

 俺は固まったまま動けない。

 だが。

 不思議と嫌じゃなかった。

 むしろ――。

「……かわいい」

 思わず漏れる。

 推しだからじゃない。

 一ノ瀬乃愛っていう女の子が、普通に可愛いと思ってしまった。

 その時だった。

 乃愛が寝ぼけながら、俺の服をきゅっと掴む。

「……どっか、行かないで」

 反則だろ、そんなの。

 心臓が爆発しかけた瞬間。

 机の上のPC画面が目に入る。

「……あ」

 配信ソフト。

 待機画面。

 そして――マイクON。

 俺の背筋が凍った。

「え……?」

 つまり今の会話。

 全部、配信に乗ってた可能性がある――!?

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