第2話 シームレスに思考が書き換えられるの怖いからやめろ
五条大橋を超える。葉桜を眺めながら鴨川沿いを歩いていくと、その川の流れに沿う様に若いカップルが座り込み、楽しそうに肩を寄せ合っていた。それを眺めながら僕は五月の陽気に目を細めていた。
「よう! 出水おはよう!」
声をかけてきたのはすらりと高い身長と整った顔立ちをした同級生だった。同年代と比べても少し背丈の低い僕に向けて、やや馴れ馴れしい調子で肩を組んでくる。というか邪魔だ。
「吉岡、重いんだけど……」
「いいじゃねえかよこれぐらい! 俺達親友だろ?」
うるさくて声がデカい。この吉岡颯介は僕が二年生になってから急激に距離を縮めてきた男で、勉強も運動も優秀、人の中にいれば否応なくその中心に立ってしまう男子である。そして何故だか僕と仲良くなろうと迫ってくるようになった。
まあ原因は分かり切っているんだけど。
「なあ、ところでよ……絢瀬さんはどこだよ? 今日は一緒じゃねえの?」
「先に出ててって連絡が来てたから、今はいないよ」
「んだよ先に言えよ。肩組んで損したわ」
この始末だ。吉岡はさっさと肩組みを解くと呆れ気味にため息をついた。
「そういうことは先に言えよ出水。絢瀬さんがいないお前なんてハンバーガーとナゲットのないマクドみてえなもんなんだぞ?」
「……おお、ポテトぐらいには僕のこと評価してくれてたんだね」
そう言われると悪い気はしない。あからさまに不機嫌そうな顔をしている吉岡に、僕も自分の感じた率直な印象を伝える。
「ありがとう吉岡。僕もお前の事はマクドの紙ストローぐらいには評価してるよ」
「……どういう意味だよ?」
「最初は不快だけど慣れたら気にならない」
「どういう意味だよ⁉」
通りすがりの観光客がちょっと驚くぐらいの声量が出た。びっくりして逃げていく鴨を横目に笑う僕に、吉岡は疑うような視線と共に問いかけてきた。
「つーか、今本人がいないから聞くんだけど、お前本当に絢瀬さんと付き合ってねえの?」
「付き合ってない」
多分もうダース単位で問われている質問にいつものように返した。
どうも吉岡は絢瀬瑠璃華の事が好きらしい。というか、普通に見た目にも整っていて誰にでも優しくてよく笑う、瑠璃華は割といろんな同級生の初恋をかっさらっていると聞いている。
「本当か? あんな可愛い子が幼馴染で、惚れない方がおかしいんじゃねえの?」
「おかしくないよ。瑠璃華はただの幼馴染だから」
「そんなもんかぁ? 俺が絢瀬さんと付き合ったらまず鴨川沿いに一緒に座って夢を語り合うだろ? んでスタバデートした後、金閣寺をバックにカップルショート動画を撮影して――」
吉岡が自分の世界に浸りながらクソみたいなデートプランを話し始める。聞く価値がない独り言が始まったので僕は思考を自分の内側に向けた。
確かに瑠璃華は可愛い。しかしそれ以上に僕にとっては胡桃沢古都さんの方が魅力的だった。
本当に胡桃沢さん可愛いな。清楚だし、優しいし……。
けどそれを補って有り余るぐらい、幼馴染のギャルもいいよな。エロいし、ノリもいいし、話していて楽しいし、何よりめちゃくちゃ可愛いもんな。
やっぱり瑠璃華が最高だなあ。今すぐ告白しに行こうかな。そうだ、このまま錦市場に直行して花束を買いに行こ
「ごめん、吉岡ちょっと待ってて?」
「どしたよ?」
吉岡に一言告げて振り返る。見慣れた金髪のそいつに、いつものように言葉をかけた。
「お前、またやったな?」
京太郎の言葉に表情を輝かせ、くすくすと笑い声を零す瑠璃華がそこにいた。
「えー? ウチが話しかける前に気づいてくれたじゃーん? 嬉しい!」
金髪の少しウェーブのかかった髪にぱっちりとした下睫毛、恐らくはワンサイズ大きいであろう制服のシャツと膝上まで短くしたスカート姿で、嬉しそうに表情を輝かせている。
『ねーねー? なんでウチのことに気づいたの? 愛の力?』
『違う! お前また僕のモノローグに干渉してきただろ!』
超能力の事は吉岡には伏せている。テレパシー越しに僕は猛講義をしていく。
『前も言っただろ! シームレスに思考が書き換えられるの怖いからやめろ!』
『えー? ウチそんなことしてないよ? けど京太郎が心の中でウチのこと可愛いって思ったんならぁ、それが京太郎にとっての本音なんじゃないのぉ?』
『寝言こくな!』
何度言ってもやめようとしない瑠璃華の悪癖にため息をつきそうになる。流石にもう慣れたけど、思考が他人に突然書き換えられるのは滅茶苦茶怖いから本当にやめて欲しいんだけど。
『というか何で遅れたんだよ? なんかあった?』
『ん? あー、なんていうか……』
もごもごと何か歯切れ悪く言葉度濁す瑠璃華。その時僕と瑠璃華の間に無理やり吉岡が割り込んできた。
「おはよう! 絢瀬さん遅かったじゃねえか!」
その時吉岡が声を弾ませて割って入ってきた。横から見ても目が輝いているのが分かる程に嬉しそうに、瑠璃華に向かって声をかける。
「……あー」
こいつの名前は吉岡颯介。
「あーはいはい! 吉岡っちおはよー。今日もイケメンだねぇ」
「あっはっは! やべー照れるなあオイ!」
僕に教えられるまで吉岡の名前を忘れていた瑠璃華だったが、そんなことも知らず吉岡は嬉しそうだ。待望のハンバーガーとナゲットがやってきたのだ、そりゃ嬉しいだろう。
「なあなあ! 実は俺さ、今度バスケ部の練習試合で助っ人で出ることになってよ! よかったら見に来てくれよ!」
「へー? すごーいじゃん。吉岡っち流石だねー」
「だろ⁉ いやー、まあ俺の能力がついに知れ渡っちまったっていうかさー」
自慢げに語る吉岡。その時僕は瑠璃華が無言のままにシャツのボタンを閉じ、胸元を隠していることに気づいた。
『どうした?』
『ウチ、こいつのことちょっと苦手……』
『へえ? 珍しいな瑠璃華がそんなこと言うなんて』
瑠璃華は誰とでも仲良くしているイメージが強い。こんな風に特定の誰かを苦手と言っているのは珍しい気がする。
『めっちゃエロい目で見てくる。ウチのことをおかずにしているランキング一位だから』
『最低だなこいつ……』
『けど京太郎も三位だけどねー?』
『……』
一連の会話全部が罠だったことに気づく。瑠璃華がにやにやと勝ち誇って笑っていた。
「お、どうした出水? そんな絶望丸出しな顔をして」
何も知らない吉岡が不思議そうな顔で見てきた。誰のせいだと思っているんだ。
「おはよー」
その時ふわりと涼しい風が吹いた。桜の花びらと共に甘い匂いがして、その声に僕は思わず背筋が伸びる。
「皆で楽しそうだね? 何のお話をしていたの?」
「く、胡桃沢さん⁉」
そこにいたのは黒髪をなびかせる胡桃沢古都さんだった。同じクラス、瑠璃華とは対照的な真っ黒な髪に切れ長の目、くすくすと笑う姿もどこか上品で、僕は心臓を痛いぐらいに高鳴らせる。
京都らしい雅さを感じさせる胡桃沢さんは、緊張してがちがちに固まる僕の髪に手を伸ばすと、桜の花びらをつまんだ。
「くっついてたよ? 出水君って意外とおっちょこちょい?」
「は、はい……」
まともに受け答えも出来ないぐらいに緊張する僕に対し、胡桃沢さんは優し気に笑っていた。
だがそこでその花びらを瑠璃華が横から掠め取った。あからさまに不機嫌をまき散らしながら花びらを捨てると、割と冷たい目を胡桃沢さんに向ける。
「やめてくんない? ろくでもない事考えながら京太郎にちょっかい出すの」
言い切ったあと、ほんの一瞬だけ言葉を飲み込むような間があった。それは瑠璃華としてはわりときつめの言葉で、嫉妬には違いないだろうが明確な敵意があって僕は冷汗をかく。
けれど胡桃沢さんは特に気にする様子もなく申し訳なさそうに苦笑して見せた。
「ありゃりゃごめんね。仲良くお話していたのに、私がいると邪魔だったかしら?」
「マジでそれ」
「ちょ、やめてくれ瑠璃華!」
失礼な瑠璃華の言い方にさらに焦る、けれどそれにも気を悪くした様子もなく胡桃沢さんは典雅に、作り物かと見紛うような完璧すぎる表情で笑っていた。そして桜の花びらをふわりと風に乗せ、僕ら三人に向けて手を振った。
「じゃあ私は先に行くわ。それじゃあ――ね?」
去っていく最中、胡桃沢さんは一瞬だけ瑠璃華へ視線を向けた。瞬きほどの僅かな時間、しかしすぐに視線を前に向けるとまま先に学校へと向かっていった。
ほんの僅かな違和感、ちょっとだけ困惑する僕を見て、吉岡が意外そうに目を丸くしていた。
「なんだよ、お前胡桃沢のこと好きなのかよ」
「……うん、まあ」
しかし今日は少しだけ変な感じがした。完璧なのはいつもの事だけど、なんていえばいいんだろう、作り物感があるというか……上手く言語化できない部分で異変があった気がした。
そんな僕を不思議そうに見ていた吉岡だったけど、そこで閃いた様子で声を弾ませる。
「じゃあさ、いつか俺と絢瀬、お前と胡桃沢でダブルデートでもできたらなー、なんつってな!」
わざとらしくそんな事を言って笑う吉岡。そこで瑠璃華からテレパシーが飛んでくる。
『京太郎とウチの二人でデートしてキスするから、お前は地面とでもキスしてろって言ってくんない?』
『言えるか!』
春の陽気の中。学校に向かう生徒の数が多く鳴り始めていく中で、僕はまだ胡桃沢さんが歩いて行った先を見つめる。
『ねー京太郎? あんな子じゃなくってウチの方見てほしいんですけどー? ですけどーっ!』
『はいはい』
やけにテンションの高い、むすっとする瑠璃華をなだめ、僕達も学校に向けて歩いていく。その道中ずっと何故だか瑠璃華は機嫌が悪く、そして吉岡はずっとうるさかった。
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