僕の妄想にギャルが超能力で侵入してくる

霜山熾

プロローグ 教室にテロリスト


 その日、授業中の教室がテロリストに占拠された。


「えー、であるからして。この公式をここにあてはめて……」


 退屈な授業。教師の口から発せられる睡眠音波に教室の中で安穏とした空気が流れていく。

 だがその中で僕だけは、異様な空気の強張りを感じ取っていた。


「おいこら! そこ! 眠るんじゃない! ここはテストに出――」

「動くな! この教室は私達、国際テロ組織のブラックファングが占拠した!」

「ひいいい⁉」


 教室の扉が勢いよく開き、黒光りする銃口が突き付けられた。

 発砲、教師がその場で悲鳴と共に腰を抜かす。入ってきたのは目出し帽を被った重武装の男達。手にはアサルトライフルを持ち、その銃口を教室中に見せつける様にかざし、教室内に悲鳴が上がる。


「ぐへへ……おいそこ、可愛い子がいるじゃねえか。これより身体検査を行うぜ! ぐへへ!」

「いやあ! 助けて!」


 そこで綺麗な声の悲鳴が上がる。捕まったのはクラスメイトの胡桃沢古都さん、テロリストは舌なめずりと共に彼女を無理やり立たせ、制服のシャツを無理やり破いていく。


 長い黒髪を振り乱し、泣きながら抵抗する胡桃沢さん。しかし教師もクラスメイトも手を出せず、テロリストは下衆な笑顔を顔いっぱいに浮かべていくのを見て、僕は肩をすくめた。


「やれやれ……目立ちたくはなかったんだけどな」


 戦うつもりはなかったが、女の子の涙を見せられては黙っていられない。

 僕はゆらりと立ち上がると、テロリストの意識の隙間を縫って一歩で接近。米軍仕込みの近接格闘術で胡桃沢さんに迫る連中を組み伏せ、そのホルスターからハンドガンを引き抜く。


「なんだテメエは!」

「やっちまえ! ブラックファングにたてついた事を後悔させてやれ!」


 敵が銃口を構える。けれど百を超える戦場で傭兵として戦った僕の目には、その動きは止まって見えた。

 迫り来る銃弾を正確に見切り、ヘッドショットでテロリストの頭を撃ち抜く。制服を破られ下着姿になった胡桃沢さんを抱きかかえると彼女は僕を見て顔を赤らめた。


「凄い……出水君、君は一体……」

「まだだ、増援が来る。けど大丈夫だよ。僕が君を守る」


 その言葉を裏付けるように次々にテロリストが教室に入ってくる。僕はそれらの攻撃を戦場格闘術で華麗に躱していき、


「ねーねー京太郎? なんでテロリストがこんな教室にやってきたの? なんか見せなきゃいけないイベント端折ってない?」


 華麗に躱していき……、


「うわ! あのテロリスト、バズーカとか持ってんじゃん? 京太郎やりすぎ、あんなんあるなら外から撃てばいいじゃんって思うんだけど」


 華麗に……、


「てかさてかさ? 京太郎が傭兵だったって設定無理あるって。修学旅行以外で京都から出た事ないし」

「ああもう! うるっさいなあ!」


 僕は横からごちゃごちゃ言ってくる彼女に、ついに無視しきれずに怒鳴ってしまった。


「何回言えば分かるんだ! 僕の妄想に勝手に出てくるな瑠璃華!」


 そこにいたのは、机に膝を組んで座る明るい髪色の女の子だった。

 長い下睫毛にぱっちりとした目元。胸元を大きく開き、スカートの丈は極めて短い。黒髪の清楚な雰囲気の胡桃沢さんとは真逆の、いかにもなギャルの雰囲気の女の子だった。


 ただそこは、正直なところどうでもいい。問題はこの妄想世界で彼女が、しっかりと自我を持って喋っている事だった。


「えー? だって仕方ないじゃん? ツッコミどころ満載だし」

「そりゃ妄想だからね⁉ こっちはツッコミなんて求めてないから!」

「でも逆上がりも出来ないのにバク転しながら空中で二丁拳銃って……ぷ」

「何笑ってんだお前!」

「あと設定も甘くない? 何? ブラックファングって?」


 ネーミングセンスの悪口だけはやめろ。


「てかさー、胡桃沢さん半裸じゃん。やだー、きょーたろーのエッチ」

「ち、違う! これがテロリストがやった事だ! 服の中に核ミサイルの発射スイッチを隠してるかもしれないからって!」

「設定アメリカン過ぎじゃない?」


 と、そこで何かを思いついたように瑠璃華がにやりと笑った。


「ねー? じゃあさじゃあさ、ウチの服の中にもスイッチが隠されてるかもだから、服を脱がせた方がいいんじゃないのー?」

「うるさいな! 必要ないよそんなもん!」

「いーの? 今ウチ、ノーブラだよ?」

「ッ⁉」

「あははは! こっち向いた! 京太郎やーらしーんですけど!」


 僕の反応を見てけらけらと笑う瑠璃華。これ以上向こうのペースに乗せられては折角のストーリーが台無しになる。僕はシリアスな顔を作り上げると教室の向こう側に目を向けて叫んだ。


「何か来る! 伏せろ!」


 咄嗟に叫んで、胡桃沢さんやクラスメイト全員が身をかがめる。けどそこで瑠璃華が微動だにしていない事に気づいて、僕は彼女の肩を掴んだ。


「伏せてくれない⁉ 頼むから!」

「きゃー?」


 瑠璃華を無理やりにしゃがませると同時に、教室の中に無数の弾丸が殺到してきた。机を盾にして銃弾をやり過ごす僕に、彼女はにまにまと笑いながら問いかけてくる。


「きょーたろー? めっちゃ強引じゃん。ウチ今きゅんきゅんしたんですけどー?」

「うっさい! お前はちょっと静かにしてろ! こほん……胡桃沢さん、大丈夫だ。君の事は僕が守るから」

「ウチの事は?」

「お前の事も守ってやるから静かにしてくれ!」


 敵の銃弾を机を盾にしつつ僕は的確にハンドガンで応戦する。その間もずっと瑠璃華が「学校の机とかで銃弾防げるわけなくね?」とか言っていたがそれも無視する。


 ――よしいいぞ! このまま上手くストーリーをシリアスに戻すんだ!


「あれ? これピン外れた」

「あ? 何が――」


 その時僕は、瑠璃華が不思議そうな顔でピンの抜けた手りゅう弾を手にしているのを見た。


 次の瞬間、僕が練り上げた物語は爆発で粉々に砕け散っていった。


          ***


 校舎の階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。旧校舎の最上階、あまり生徒が寄り付かないそこに向けて僕は急いで向かっていた。

 そこにいるのは分かっている。というかさっきから頭の中で声がやかましいぐらいに鳴っているので嫌でも把握できてしまっていた。


 そして辿り着いた、人気のない階段で座り込む彼女に僕は声を轟かせた。


「瑠璃華ァッ! お前またやったな⁉」

「えー? 嘘、連絡もなしにウチの居場所まで来てくれたの? 愛の力じゃーん」

「違うわ!」


 妄想の世界と同じ、明るい髪色に肌色の零れるゆるい着こなしの制服。僕は今までに既に百回は言ったであろう台詞を叫んだ。


「僕の妄想に超能力で勝手に入るのやめろ! 瑠璃華!」

 

 絢瀬瑠璃華は人の心に干渉できる、俗に言う超能力者だ。

 炎が出せるとか、モノを浮かせられるとか、そういう破壊力を伴う様なものではない。しかし人間の心を読み、また自分の心の声を他者に届かせられる彼女は、その力を使い昔から僕に悪戯を仕掛けてきた。


 そして最近は、僕の妄想の中に勝手に出てきては物語をむちゃくちゃにするのが彼女の趣味となっている。


「えー? なんでー? いいじゃん減るもんじゃないし」

「減らなきゃいいってもんじゃないだろうこういうのは! プライバシーとかあるだろ⁉」

「そう? こっちは全部京太郎に見せてもいいけどー?」


 そう言いながら、瑠璃華は熱っぽい視線をこちらへ向けて笑う。


「京太郎の事、ウチは心の端から端まで死ぬほど好きだし」

「……お前なぁ」


 僕は、同じクラスの胡桃沢古都さんが好きだ。瑠璃華とは正反対の清楚な黒髪の美少女、瑠璃華は大事な親友ではあるが、恋愛対象としては見られない。


 心を読める瑠璃華はそれを当然把握している。その上で彼女は、からかう様に笑って見せる。


「ねー、あんなクソ女やめときなよ。絶対にウチの方がいいって」

「クソ女とか言うな! 僕は胡桃沢さんが好きなの!」

「……じゃあ、ウチのこと嫌い?」

「っ……嫌いだよ」


 若干無理をして絞り出した言葉。しかしその言葉で罪悪感が胸を刺した。

 その罪悪感と、僕の中の自分に対する親愛を読み取って瑠璃華は嬉しそうに目を細めた。


「嘘つき」

「読むな、心を」


 諦め交じりに僕はため息をついた。どんなに取り繕ってもこいつは本音を汲み取ってくる。本当にやりづらい、嘘と建前で生きる京都人としては手強い事この上ない。


「けど……ウチの事好きだよね?」

「友達として、な!」

  

 派手な見た目で、いたずら好きで、幼馴染で、そして僕の妄想世界に不法侵入してくる。


 極めて厄介で面倒で……そして誰よりも大事な、一番の親友だった。

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