ピピ君とぼく

雨矢健太郎

第1話




 ある日、転校生がやって来た。

 謎の転校生だ。

 それは夏休みの終わりのことだった。

 ぼくらはひさしぶりに会うみんなとの束の間の再会を喜び、そして着席していた。

 先生が入って来た。

 先生は一学期までと様子が違っていた。

 何故なら先生の頭から紐が垂れ下がっていた。ぼくらはまだ何も言わなかった。ただ先生の頭から紐が垂れ下がっているだけだからだ。先生は言った。

「えー。わたしは先生です」

 これはかなりおかしいと思った。

 だって先生は初対面ではなく、もう何度もこの教室で会ったことのある先生だったから。だけどぼくらはまだ何も言わなかった。何故なら先生の話がぺちゃくちゃ続いているからだ。

「皆さん夏休みはどうでしたか? スイカをたくさん食べましたか? スイカは栄養が豊富に含まれています。人間はスイカだけで生きてゆくことが出来るのです。ただし塩分は必要なので大さじ七杯はかけましょう」

 ぼくは隣の席のハカセ君を見た。ハカセ君もぼくを見た。だがやはり何も言わなかった。

 先生の話は続いた。スイカに塩をかけることを発見したおばあちゃんにノーベル賞を与えたいとか言っていた。

 一番前に座っていた女の子がもぞもぞした。

 怖くなったのだ。

 ここからは見えないけど、先生の視線はずっと教室の後ろの掃除用具入れのロッカーを見つめていた。もしかしたらもっと先の隣の教室を見て話をしていたのかもしれない。

 ぼくらの中の誰かが声を出そうとしたところで、先生は言った。

「今日は転校生を紹介します」

 そして教室の扉が開き、てくてくと誰かが入って来た。わたしたちと同い年ぐらいの子供だった。

「自己紹介をしようか?」

「はい」

 その子は言った。

「ぼくの名前はピピリアス・グニアグニャア・デル・モ・ゾールデスベスッ・ナンブブル・ホナ・ピートルです」

 教室内は静まり返った。

 何かの冗談かと思ったが、その子はチョークを手に取り、こちらに背を向け、黒板にその名前を記し始めた。そのあと書き終わったチョークの匂いを嗅いで口に放り込むと「まずい」と言った。

 一通り先生から紹介があり、遠い星からやって来たことがわかった。

「ピピリアス・グニアグニャア・デル・モ・ゾールデスベスッ・ナンブブル・ホナ・ピートル君は地球へ引っ越して来ました。みなさん仲良くしましょう」

 よく見ると先生の頭から垂れ下がった紐は一旦、床に着地し、また持ち上がり、ピピリアス・グニアグニャア・デル・モ・ゾールデスベスッ・ナンブブル・ホナ・ピートル君が握り締めていた。

 ぼくらは特に何も思わなかった。

 ただ、そうなんだなと思った。

 受け入れた。

 ぼくらは柔軟な頭を持っていた。

 クラスで一番、足の速いシュンスケ君が手を挙げた。

「きみの足、速い?」

 光速を超えていた。

 だからシュンスケ君ごときが対抗意識を燃やすなど、笑い話だった。自動車と駆けっこした方がまだ勝てる可能性があった。

「なあ、お前の力、強い?」

 クラスで一番、力のあるツヨシ君が言った。

 転校生は何も言わずに歩いてツヨシ君の席へ近付いた。

 転校生の身体はとても小さかった。そしてツヨシ君の身体は山みたいだった。これではツヨシ君のご機嫌次第でぽかりとやられてしまう。

 転校生は、ツヨシ君のランドセルを握り潰した。

 ランドセルは消しゴムぐらいのサイズになってしまった。

 ツヨシ君は泣きそうな顔になった。そんなツヨシ君を見るのは初めてだった。ぼくはとても興奮した。

「ランドセルはね、お湯をかけたら、元通りになるよ」

 そう転校生は言った。先生は「それなら問題は無いな」と言った。相変わらず頭から紐が垂れていた。

 みんな、黙っていた。

「あなたの頭は、良いですか?」

 冷静に状況を観察していたクラスで一番、頭の良いハカセ君が口を開いた。

 転校生はその辺にあったものだけでタイムマシンを作ってしまった。

 そしてハカセ君を連れて恐竜時代へと行った。

 帰って来た。

 ハカセ君はいなかった。

 向こうに置き去りにしたと言った。

 しばらくするとまた何処かへ消え、今度はハカセ君も連れて戻って来た。ハカセ君は「もういやだ、もういやだ」と言っていた。何かいやなことがそこであったらしい。

 そして、もう誰も何も問い掛けることはなかった。

 とんでもない転校生が来てしまった。

 宇宙人だ。

 しかし先生から、さらに驚きの事実が明らかにされた。

 この転校生、自体は人形のようなもので本当はここには存在していないらしいのだ。

 ?

 ぼくらは誰一人その説明を理解、出来なかった。

 本当はここに存在していない転校生が存在しているように見えるとは一体どういうことなのだろう?

 クラスの中でとても元気なアヤカちゃんが、手を挙げて質問をした。

「はいはーいっ」

 隣の席のミカちゃんが、やめなよという顔をしていた。

「あのー、さっきの名前って長すぎるんですけど、とても覚えられません」

 先生は「確かにそうだな」と言った。

 転校生は再びこちらに背を向けると、別のチョークで描き始めた。

『ピピ』

 これがぼくらとピピ君との出会いだった。



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