第5話
第5話:絶対零度の楽園(星海のゲスト)
カシャリ、と四肢の拘束具が完全に開放され、アレクセイの身体は自由になった。
エンド・オブ・ライトの最高意思から送られてきたのは、脳を灼く尋問ではなく、絹のように穏やかな精神の同調波(メッセージ)だった。
【地球人アレクセイ、そしてタウ星人ボリスよ。お前たちの魂の土台を検証した。お前たちは我が種族にとって、敵でもノイズでもない。これより、お前たちを我が母星へと招待する】
アーク・アルテミス号すら到達したことのない、天の川銀河のペルセウス腕のさらに最深部。
暗黒母艦のハッチが開き、アレクセイがボリスと共に一歩を踏み出した瞬間、彼はあまりの衝撃に言葉を失った。
そこには、星々を凍らせる「暗黒の怪物」の姿など、どこにもなかった。
母星の安全な大気圏へと入った瞬間、周囲にいたエンド・オブ・ライトの戦士たちは、外の宇宙でまとっていた不気味な負のエネルギーの外殻スーツを、次々と脱ぎ捨てていったのだ。
スーツの中から現れたのは、透き通るような美しい肌を持つ者、結晶の瞳を持つ者、あるいは異なる進化を遂げた様々な宇宙の種族たち――彼らは、地球の悪い大人たちに生存の境界線を踏み荒らされ、必死に外殻(鎧)をまとって自衛していただけの、「無数の多民族が完璧に融和して暮らす、宇宙で最も平和な超巨大大都市」の住民たちだったのだ。
街には争いもなく、美しく穏やかな光が溢れ、見たこともない壮大な多次元建造物が立ち並んでいた。本編の都会のクリスタルビルとも、ハルトが見た鉄の星とも違う、命の根源的な調和がそこにはあった。
【アレクセイ。お前がシベリアの凍土でネグレクトされ、誰の助けも得られず、ただ生き延びるために仮面を被って成り上がってきた過去の記憶を、我々は尋問の際に見せてもらった】
最高意思の合成音声が、アレクセイの耳元で、驚くほど優しく響いた。
【お前はこれまで、一瞬たりとも心が休まる自由を持たなかった。……安全は私たちが完全に保障する。せっかく我が星へ来たのだ。まずは二週間、お前がこれまで一度も味わえなかった『本当の自由』を、この街で心ゆくまで味わいなさい。好きに観光するが良い】
「……観光、だと? この俺がか?」
アレクセイは自分の2本の腕を見つめ、掠れた声で呟いた。
これまで「祖国の大義」や「奴隷の管理」という重い鉄の鎖に縛られ、他者を蹴落とすためだけに生きてきた特務軍人。そんな自分に、敵であるはずの存在が、人生で初めての「自由な休暇」をプレゼントしてくれたのだ。
隣でボリスが、四本の腕を嬉しそうに動かしてアレクセイの肩を叩いた。
「よかったな、アレクセイ。最高の街だ。お前のその氷の仮面、ここでなら外していいんだぞ」
「……ああ。そうだな」
アレクセイの鋭いスラヴ系の顔立ちから、20年間張り付いていた冷徹な「軍人の仮面」が、初めてフッと崩れ落ちた。彼の瞳に宿ったのは、シベリアの凍土でずっと求めていた、温かい本物の人間の笑顔だった。
そこからの2週間は、アレクセイの人生で最も美しい奇跡の時間となった。
ボロボロの囚人服を脱ぎ捨て、彼らの街の軽やかな衣服をまとったアレクセイは、ボリスと共に、多民族が笑い合う美しい市場を散策した。見たこともない宇宙の果物を齧り、結晶の楽器が奏でる穏やかな音楽に耳を傾け、彼らの歴史の図書館で静かに本を読んだ。
それは、本編の大使たちが結んだ奇麗事の条約の、遥か彼方の深淵で起きていた、一人の傷ついた軍人と、傷ついた異星人たちとの間の「本当のファーストコンタクト(ハッピーエンド)」だった。
贅沢な2週間の観光の終わり。
アレクセイは、彼らの美しい大都市の空を見上げた。そこには、地球の共産陣営を爆破し、タウ星系を完全に独立させ、この美しい星と地球を繋ぐ「最高の貿易パイプ(会社)」をこの地で設立しようという、かつてないほど強固で新しい人生の土台が、完全に出来上がっていた。
(第5部・第5話・完 / 次回、軍人編・真の最終回:鉄血の独立貿易商社へ!)
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