第2話
第2話:氷の仮面と、四本腕の傷痕
「――今日のノルマは昨日より15%増しだ。手を休めるな、動け」
テラフォーミングされた植民地惑星の地下、黒いガラス採掘場。アレクセイは共産陣営の冷徹な高官服に身を包み、拡声器を通じて響く自らの声の冷たさに、内心で激しい嫌悪感を覚えていた [INDEX]。
彼の周囲では、鞭を手にした地球の監視員やキプロス左翼派の兵士たちが、四本の腕を持つタウ星人の奴隷たちを怒鳴り散らしている。
表面上、アレクセイは完璧な「冷血な管理者」を演じていた。そうしなければ、自分がこの場から更迭され、彼らを救うチャンスすら失うからだ。しかし、彼らが流す青い血と、暗黒の採掘場で怯える子供のタウ星人の姿を見るたびに、かつてシベリアの極寒の部屋で親に無視され、ただ死を待っていた幼い頃の自分の記憶が、鋭いガラスの破片のように胸に突き刺さっていた [INDEX]。
(こんな歪んだ土台の上に築かれた富など、クズの貪るエサに過ぎない)
職務の合間、アレクセイは監視カメラの死角となる、最深部の「第8採掘坑」の巡回を自ら買って出た。
そこは、最も岩盤が硬く、事故が多発する危険地帯だった。ライトの光の中に浮かび上がったのは、巨大なガラス質の結鉱を四本の腕で必死に支えながら、過呼吸で倒れ込んでいる一人の若いタウ星人の男だった。衣服は泥にまみれ、腕の一本は重労働による不自然な骨折で、痛々しくねじ曲がっている。
足音が響いた瞬間、タウ星人の男は激しい憎悪と恐怖の入り混じった目でアレクセイを睨みつけた。
「……殺せ、地球の悪魔め。俺はもう、一歩も動けない」
アレクセイは無言だった。彼は周囲に他の監視員がいないことをインフラのレーダーで最速で確認すると、おもむろに腰の電磁ピストル……ではなく、軍用防護服の隠しポケットから、地球の医療用「急速ナノ再生スプレー」を取り出した。
驚くタウ星人を片手で制し、アレクセイは膝を突いて地べたにしゃがみ込むと、男のねじ曲がった腕に無言でスプレーを吹きかけた。シューという音と共に、ナノマシンが皮膚に浸透し、折れた骨がパキパキと音を立てて接合していく。
「お前……なぜだ? 管理者が、なぜ奴隷を助ける」
タウ星人は、二本の腕で傷を抑えながら、残りの二本の腕を困惑したように震わせた。
「勘違いするな」
アレクセイは氷のように冷たい声のまま、しかし真っ直ぐに相手の目を見つめた。
「お前たちに死なれては、私の管理能力が疑われる。……それと、私は暗闇の中でただ怯えて死を待つ者の姿を見るのが、反吐が出るほど嫌いなだけだ」
その言葉の裏にある、強烈な「同族嫌悪」と、傷ついた者への不器用な慈悲。タウ星人の男は、目の前の冷徹な軍人の瞳の奥に、自分たちと同じ「深くえぐられた心の傷(土台)」があることに気づき、言葉を失った。
「私の名はアレクセイ。お前の名は?」
「……ボリスだ」
「ボリス、生き延びろ。この星の防衛インフラの暗号コードと、監視が手薄になるシフトのデータは、明日からこの採掘坑の給水タンクの裏に隠しておく。――時が来れば、私はお前たちに武器(引き金)を渡す」
アレクセイはそれだけ言い残すと、何事もなかったかのように仮面を被り直し、冷酷な足音を響かせて宮殿の光の中へと戻っていった。
ボリスは四本の腕を固く握りしめ、去りゆく軍人の背中を、今度は「未来の戦友」を見る目で見つめていた。
綺麗事の連盟の真裏、地球の犯した最悪の罪の現場で、一人の軍人が奴隷たちと密かに結んだ暗黒の契約。
嫌々ながらも支配者を演じるアレクセイの職務の裏で、世界を完全にひっくり返す「真の反乱の土台」が、泥の中で静かに、しかし確実に芽吹き始めていた。
(第2話・完)
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