イタオドロ
蟹谷梅次
第1話 改造
平成十二年、「自分は結構選ばれし存在なんじゃないか」と、とうとう思ってしまった男がいた。
男は旅に出た。選ばれし存在だから。
オートバイクで岩手から熊本まで。
結構選ばれし存在だから、結構おおはしゃぎで大旅に出た。その道中、東京都の奥多摩あたりで割とデカめのトラックに轢かれた。
選ばれし者だからなんとか耐えて「ヘルメットしててよかった〜」と安堵していると、それを確認したトラックの運転手はおかしなフルフェイスのマスクをかぶっていたが、それはともかく「うわ生きてる」と言い、また轢き直した。
男は気がつくと、手術台の上だった。
病院かなとも思ったけれどもなんか違うっぽい。病院の手術室は天井にでっかいスピーカーとかたぶんない。
そして、腹の方に激痛を感じ、そこを見てみれば、腹の中に機械を埋め込まれていた。「えっなにこれ?」と思った。
取り敢えずよくわからないので寝ることにした。
起きると金髪の美女がいた。
「俺が選ばれしものだから……?」
「まぁ、そうっちゃそうだけど。あなた、自分の名前おほえてる?」
「〈蜘蛛〉」
「ふふ。そうだね。私の名前はわかる?」
初対面である。
「ミス・ブロンディ」
「よくできました。じゃあ、あのスピーカーから流れてくる音声は?」
「大世紀博愛会首領のプリチーボイス……」
「ん? ……まぁいいか」
スピーカーがノイズを流した。
「フッフッフ……フッフッフ……起きたか〈蜘蛛〉。貴様の身体に魔石リーツとリーツの制御装置を埋め込んだ。貴様は今日から怪人・蜘蛛男として我々大世紀博愛会の世界征服の手伝いをするのだ!」
「給料とかあるんですか?」
「ないよ」
「なら嫌です」
「嫌とかない。貴様はやる」
「やりません。給料貰えんのでしたらやりません」
「やるの。貴様の体もう蜘蛛だから」
「蜘蛛じゃないです。純正の日本人です。父がフランス人です」
「じゃあ、純正と違うじゃん。あれ? ミス・ブロンディちゃんと脳改造とかしたよな?」
「はい。顔パックリ割って脳みそいじくり回しました」
「だよね。あれ? なんかおかしくない?」
「おかしくないです。給料貰えないんだったら俺なんもしません」
大世紀博愛会の首領の声は困惑に染まっていた。
「じゃあ出す。時給二〇〇〇円とかでどうだ」
「低すぎるのでやりません」
「高知に訴えられるぞ。時給二〇〇〇円とかぜったい高い。私が学生の時のバイトの時給何円だったと思う」
「何円だったとかじゃなく低い。低い低い。世界征服とかでかいことしようとしてる組織の出す時給じゃない」
「七十年代の時給を発表します」
「しなくてもいい。やりませんやりません」
「現在価値に直すと一〇〇〇円くらい」
「そこそこ。そこそこ。なんで時給そこそこで働いてた奴がやってる組織の悪事に加担しなくちゃならないんですか? マジでそこ意味わからんのですけど、教えてくれたら、ありがたきサンキュー。俺、選ばれし者なんですけど?」
面倒くさいなあ、と思いながら首領は言う。
「貴様が選ばれし者だからだ」
「あなたに選ばれて何が楽しいんですか?」
「殺してしまうぞ。オラ」
「いやマジで。マジで嫌です。離反しますよ」
「されてたまるか。貴様は我々の技術の結晶なのだ。魔石リーツだって二つしかないんだ」
「じゃあもうひとつやればいいじゃないですか。そいつに時給二〇〇〇円わたして世界征服手伝ってもらえばいいじゃないですか。でもたぶんその人も嫌だっていいますよ。世界征服の手伝いで時給二〇〇〇円とか破格も良いところでしょ。自分たちの番組でやれって話じゃないですか」
「一応自分たちの番組ぃ……」
「なんで極楽と●ぼなんだよ」
「俺本当に嫌なんですよ。なんなんですか? 俺、選ばれし者なのに? 給料なし? 寄越せって言ったら時給二〇〇〇円? 俺、選ばれし者なのに? 世界征服のお手伝いで二〇〇〇円? バカにしてんじゃん」
「してないしてない。手伝ってくれたらうれしい。マジで百人力」
「言い方バカにしてんじゃん」
「してないっつってんだろお前殺すぞ」
「殺してみろよ。お前捕まるぞ」
「捕まらん」
「捕まる」
「捕まらん!」
「なんで」
「秘密結社だからだよ。お前秘密結社のボスが部下殺して捕まるの見たことあるか?」
「知るかバカタレ。うだうだ吐かしてねぇでころせっつってんだよ鬱陶しいなボケカス。ほんだらお前、この無駄に金髪の女もなんとか怪人なんだろ。だったらさっさと殺させてみろよ。お前の部下だろ」
「私に飛び火させないで。そっちで決着つけて」
「つかんでしょ。お前の上司アホだもん」
スピーカーからブチッという音がした。
「切られた」
「じゃあもう出てっていいよ。たぶんあっちも時間の無駄だって思ってるから」
「おう! じゃあな!」
「でも、大丈夫かな? 〈蜘蛛〉くん」
「なにが?」
ミス・ブロンディが笑う。
「あの人はちゃんと残虐だから、たぶん君を殺す計画を立てるし、君の大事な人たちも殺しちゃうかも」
そう言うと、〈蜘蛛〉は笑った。
「いねぇよ、そんなの」
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