第2話 神のネギ焼きと、新たなるモフモフ
「ガルルゥン! キュ~ン!(美味しいの! 美味しいの〜!)」
「はは、焦らなくてもネギは逃げないって。ほら、もう一口」
世界を滅ぼすと言われたSSS級魔獣フェンリルが、俺の足元で巨大な尻尾をちぎれんばかりに振っている。
さっきまで死を覚悟していたのが嘘のようだ。体長十メートルもある白銀の巨体を丸め、俺に頭を擦り付けてくる姿は、完全にただの巨大な甘えん坊犬である。
それにしても、このフェンリル――よく見ると耳の後ろや肉球のあたりが驚くほどフカフカだ。撫でるたびに指が極上の毛並みに沈み込んで、日々の激務と追放のストレスがみるみる癒やされていく。
「よし、ネギの生のシャキシャキ感もいいけど……せっかくだ。ちょっと火を通して食べてみるか」
じつは、ギルドを追い出される際、私物として『ポータブル魔導コンロ』と『フライパン』、それに最低限の調味料(塩と醤油)もリュックに詰め込んでおいたのだ。園芸職人としての意地で、現場での泥落としや簡単な自炊用に持ち歩いていたものが、こんなところで役に立つとは。
俺はさっそく、俺の身長ほどに育った黄金の大ネギをナイフで贅沢にぶつ切りにした。
みずみずしい断面から、とろりとした透明な蜜が溢れ出る。触れただけで、指のささくれが一瞬で治った。やっぱりこれ、とんでもない栄養価(というか霊薬)だな。
コンロに火をかけ、フライパンにネギを並べる。
じゅうううううううう――っ。
「ほう……!」
香ばしい、尋常ではないほど甘く芳醇な香りが、聖域となった元・毒沼エリア一帯に広がっていく。
ネギの表面に綺麗な焼き色がつき、中の甘みがとろりと溶け出してくる。仕上げに醤油をひと回しすると、ジューーーッという暴力的なま
でに食欲をそそる音が響いた。
「ガ、ガルルゥ……(ゴクリ)」
フェンリルの目が完全に据わっている。よだれが滝のように流れ落ちて、地面の聖水と混ざり合っている。
「はい、お待たせ。熱いから気をつけてな」
俺は焼き上がった『神のネギ焼き』を、お皿代わりに敷いた大きな葉っぱの上に乗せて差し出した。
フェンリルはハフハフと器用に息を吹きかけながら、それを一口でパクリと平らげる。
「――ッ!?」
フェンリルの身体が、先ほどよりも激しくカッと黄金の光を放った。
その背中から、パキパキと小気味いい音が響く。なんと、もともと一対しか存在しないはずのフェンリルの翼(のような魔力の奔流)が、光の輝きを増してさらに巨大化していく。
『個体名フェンリルが【神葱の加護】により、
脳内にそんなアナウンス(世界の声的なもの)が響いた気がしたが、俺は「あ、焼き加減が丁度よかったんだな」と呑気に納得した。
「ガルゥゥゥン!!(美味すぎる! 美味すぎて魂が震える! 我、このネギのためなら世界を3回滅ぼせるのおおぉ!!)」
「喜んでくれてよかった。じゃあ、俺も……いただきます」
フーフーと冷まして、ネギ焼きを口に運ぶ。
噛んだ瞬間、シャキッとした歯ごたえの後に、信じられないほどの甘みと、醤油の香ばしさが口いっぱいに広がった。
「う、うっま……!? 何これ、信じられないくらい甘い!」
果物なんて比じゃない。高級なスイーツを食べているかのような濃厚なコクがあるのに、後味は驚くほどさっぱりしている。喉を通った瞬間、五臓六腑に凄まじい活力が染み渡り、追放の疲労なんて完全に吹き飛んでしまった。
「ふぅ、ごちそうさまでした。……さて、お腹も膨れたし、これからの生活拠点を整えないとな」
周囲を見渡す。
元は最凶の毒沼だった場所だ。今は俺の【プランター】スキルによって概念ごと上書きされ、透き通った泉と、青々とした芝生、そして美しい大自然の森が広がっている。
空気は美味いし、誰にも邪魔されない。ブラックギルドで奴隷のように働かされていた日々に比べれば、ここは天国そのものだ。
「まずは、即席の家というか、雨風をしのげる拠点を――」
そう呟いた、その時だった。
ザザザッ……、ザザザザザッ……!
「ガウッ!?」
フェンリルが急に耳をピンと立て、森の奥を睨みつけた。その体から、一瞬にして世界を威圧するほどのSSS級の覇気が立ち上る。
森の茂みが激しく揺れ、そこから『それ』が姿を現した。
「きゅ、きゅ、きゅきゅーーーっ!!」
現れたのは、体長30センチほどの、信じられないほどモフモフした『巨大な毛玉』……いや、ウサギだった。
ただのウサギではない。その毛並みは夜空のように深い紺色で、星屑のような粒子をキラキラと散らしている。そして額には、小さな、しかし不気味なほど禍々しい漆黒の角が生えていた。
これも図鑑の片隅で見たことがある。
一噛みでドラゴンをも即死させる猛毒を持ち、その足の一蹴りで空間を切り裂くと言われる、これまた絶滅種のSSS級魔獣――『
「ガァァァァァッ!!(我が主の聖域に何奴だ!)」
フェンリルが牙を剥き、威嚇の咆哮をあげる。その衝撃波だけで周囲の空間が歪む。
しかし、そのヴォーパルバニーは、フェンリルの覇気に怯える様子は一切なかった。
その丸くて大きな赤い瞳は、完全に――フライパンに残ったネギ焼きの香りと、プランターにそびえ立つ大ネギに向けられていた。
じゅるり、とウサギの口からよだれが垂れる。
「きゅ、きゅ~ん……(あの、すごいいい匂いがするの……それ、ボクにもちょうだい……?)」
ヴォーパルバニーは、フェンリルの威嚇を無視して、トコトコと短い足で俺の元へ歩み寄ってきた。そして、俺のズボンの裾を、小さな前足でツンツンと引っ張る。
上目遣いで、うるうるとした瞳で見つめてくる。
「……っ!」
破壊力抜群である。フェンリルとはまた違った、圧倒的な『極小モフモフの暴力』がそこにあった。
「ガルルッ!?(おのれ小賢しい兎め、我のネギを横取りする気か!?)」
「まあまあ、フェンリル落ち着いて。そんなに怒るなって。ほら、君もこれ食べたいんだろ?」
俺は苦笑しながら、新しくネギの葉を小さくちぎり、ヴォーパルバニーの目の前に置いてやった。
ヴォーパルバニーは小さな鼻をフヒフヒと動かすと、両前足でネギを大事そうに抱え、コリコリコリコリッ!と猛烈な勢いで食べ始めた。
「きゅ、きゅきゅきゅーーーーっ!!(う、うまぁぁぁい! なにこれ、ボクが今まで食べてた不味い毒草と全然違うの! 身体の芯からお星様が出ちゃうのーーー!!)」
ピカァァァァァァァッ!!
ウサギの身体が、夜空のような輝きを放ち、額の黒い角が眩い純白へと浄化されていく。
神の土壌のネギに含まれる超高濃度の聖なる魔力が、ヴォーパルバニーが宿していた『怨念の毒』を完全消去し、純粋な『神獣』へと進化させてしまったのだ。
もちろん、俺はそんなこととは露知らず。
「よしよし、美味いか。お前も今日から俺の菜園の仲間だな」
両手でヴォーパルバニーをすくい上げると、想像以上の柔らかさに驚いた。まるで最高級のマシュマロとシルクを掛け合わせたような触り心地だ。
俺の腕の中で、ウサギはうっとりと目を細めて「きゅ~う……」と喉を鳴らしている。
「ガルゥ……(主がそう言うなら、仕方ないの。でも、我の次だからな!)」
フェンリルも、新しい仲間(?)を受け入れたようで、ふん、と鼻息を鳴らしてウサギの頭を大きな鼻先で小突いた。
「よし、仲間も増えたことだし……ネギだけじゃなくて、もっと色んな野菜を植えてみよう。確かリュックに、実家から持ってきたトマトとナスの種があったはずだ」
俺がのんきに即席の農協を開拓し始めた、その頃。
◇
――ダンジョン地上・大手ギルド『天穿ギルド』本部。
「な、何が起きているんだ……!? 説明しろ!!」
国内支部長の金ピカ鎧の男が、通信水晶に向かって怒声をあげていた。
水晶の向こうから、冷や汗をダラダラと流した調査員の悲鳴が響き渡る。
『ほ、報告します! 先ほど、我がギルドが管理する前人未到の攻略エリア『奈落の毒沼』の魔力濃度が急変! 立ち上っていた最凶の猛毒霧が【一瞬で完全消滅】しました!』
「何だと……!? あのドラゴンすら秒で溶かす毒沼だぞ!?」
『それだけではありません! 毒沼が全て、超高純度の『最高級聖水』へと変化! 周囲の生態系が書き換わり、現在は信じられないほどの神聖な魔力を放つ『超巨大パワースポット』と化しています! 世界中の高ランク冒険者や国の上層部が、この異常事態を察知して『一体何が起きたんだ!?』と大騒ぎでこちらに向かってきており――』
「ば、馬鹿な……! あそこは我がギルドが数年かけても、あと一歩も進めなかった難攻不落のデバフ地帯だぞ!? 誰が、どうやってそんな真似を――」
支部長の脳裏に、ふと、数時間前に『足手まとい』としてあの毒沼へ放り込んだ、一人の青年園芸職人の姿がよぎった。
(……いや、まさか。あの戦闘力ゼロの【プランター】とかいうゴミスキル持ちの無能に、そんなことができるはずがない!)
「おい! 今すぐ精鋭部隊を現地へ向かわせろ! 何が起きているか突き止めるんだ!」
地上側が、かつてない大パニックに陥り始めていることなど、地下深層の聖域にいる俺たちは知る由もなかった。
「お、トマトの芽がもう出てきたぞ。やっぱりこの土、すごいな!」
「ガルルン!」
「きゅきゅーっ!」
最強のモフモフたちに見守られながら、俺のスローライフは、さらに加速していくのだった。
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