弥七


 買い入れた商家の屋根裏に住み着いていた化け猫。

 こいつのおかげで破格の値段で手に入ったのだから、下には置けない存在だが、やはり猫は猫てある。



 越後屋さんの世話で買い入れた商家だったが、人が住まなくなって、随分と経ってしまっていたようだ。

 改めて住むためには、中の掃除と手直しが必要とのことで、旅籠に世話になったまま、商いのためのもや商品そのもの、タンスや器なんかの家財を手配するなどして過ごしていた。


 大工さんたちへの差し入れという理由付けをして、その進み具合を見に行った時に弥七と出会うことになる。


 ◆

 

 「棟梁さん。お茶にしませんか?」


 道すがら買い入れておいたお茶に団子の入った包みをかかげて、棟梁の重松さんに声をかける。


 「旦那さん。いつも助かるよ。ツネ坊、みんなを呼んできな」


 棟梁がそう声をかけると、ツネと呼ばれた小僧さんは、返事もせずに飛び出していった。

 口がきけないわけではなく、先に身体が動いてしまう質のようで、子供の集まりなんかでは先に手が出てしまい喧嘩と生傷が絶えなかったそうな。


 それを見かねた棟梁が、一肌脱いだって話しを聞いています。


 「こりゃぁ……旦那さん。そろそろ、屋号は決まりやした?」


 ツネに呼ばれた職人さんの一人、兼蔵さんが汗を拭き拭きやってきました。


 「まだなんですよ。何か良いのはありませんかね」


 ぽんと後ろ頭を叩いてみせる。

 お店の屋号ってのは、分かりやすくて発しやすい。

 それでいて偉そうじゃない響きが良いときて、兎に角、難しいところなんです。


 「革細工なんかも扱うんだったよな……革屋。ダメだな厠と間違えちまう」


 もう一人、呼ばれた職人の栄太郎さん。


 「どこの国のヤツだったかね」


 続けて栄太郎さんが問うてきます。


 「播磨のものや、京のものも取り寄せていますよ」


 私がそう言うと、栄太郎さんにくっついて来ていたツネが口を開いて、皆を驚かせることになる。


 「はりま……でも、もっと広いんだから……播州ってのは……どう、かな?」


 大人が揃ってギョッとなりまして、ツネの顔と互いの顔を交互に見ては、何とも言えない顔になっています。


 「播州。良いですね。播磨だけからの仕入れじゃないですし、それに発する音も良い」


 私が率直に良いと思ったことを口にする。


 「ツネ坊。やりゃぁ、できるじゃねぇか」


 棟梁が孫の成長を喜ぶように、顔を綻ばせた。

 強面の棟梁さんですが、近所でも有名な孫に甘い爺やで、砂糖より甘いと評判です。

 

 「おうっ。団子に手を出す前は、いただきますだろ?」


 なので、兄弟子達が厳しく躾をしているようですね。

 兼蔵さんの叱責に、そんな役回りが思い浮かんだ。


 「そこは、まだまだか」


 喜んでいた棟梁もがっくりと肩を落とす始末。


 「よし。今日からうちは播州屋と号しますよ」


 私も腹が決まり、そう皆の前で発する。


 「なら、看板もやっちまおう」


 威勢良く棟梁が言いました。


 しばらく団子を食いながらの談笑を楽しんでいますと、「にぃー」となく小さな毛むくじゃらが、私の足にすり寄ってきます。


 「こいつはっ!」


 追っ払おうとする兼蔵。


 「まぁ、まぁ。兼蔵さん。このチビは私に任せちゃくれませんか?」


 毛むくじゃらを拾い上げる。

 よくよく見てみると、子猫と親猫の間くらいの大きさですが、ひどく痩せています。


 「播州屋さんが、そう言うなら……」


 そう言って、兼蔵さんは引き下がってくれました。


 「おっ!初めて呼ばれましたね」


 そう言って小僧っ子のようにはしゃいでみせると、皆が笑い始める。

 屋号を呼んでもらえるのは嬉しいものです。


 ◆


 旅籠の裏手にある井戸端をかりて猫を洗おうと、旅籠の主人に声をかけますと、どうやら主人も猫好きのようで、盥と湯まで準備してくだすった。

 湯と井戸から汲んだ水を混ぜて、ぬるくした湯を張った盥に、拾った猫をつけようとしますが、私の腕に抱きついて離れません。

 どうしたものかと思えば、腕ごとつけてしまえば良いことに気づき、盥に腕ごと猫をつけようと前かがみになる。


 そこまでされてはと諦めたのか、私の腕を離し湯のなかを漂っていはじめる猫。

 よく湯をかけてやり、汚れにホコリ、それに油なんかの塊を緩めて、毛から外れやすくなるようにする。

 そして、もったいないのだけれども、石鹸を泡立て汚れを落としていくが、どんな場所にいたのかと思うほどに、どす黒い汁が盥のぬるま湯を汚して行く。


 主人に湯を何度か都合してもらい、猫を洗い上げますと、黒猫と思っていた毛玉が、茶色のトラ猫に変わっていた。

 絡まりあって解れない部分はハサミで切ってしまうことにし、少しガタガタの見た目にはなったものの、可愛らしい猫の姿を取り戻す。


 「あとは、まんまだね」


 猫を撫でながら、つい幼子ことばになってしまった自分に苦笑い。


 「旦那さんも好きだねぇ」


 その姿を旅籠のご主人に見られてしまいましたよ。

 穴があったら埋めてしまいたい…入りたいでしたかね?


 ◆


 旅籠の主人のご厚意から、猫も部屋に入れて良いことになりまして、ゴロリと寝転んだ私にくっついて離れません。

 なんとも、猫らしくない猫でございます。

 猫といえば部屋を駆け回り、障子を破き、物を落としと自由奔放な生き物だと思っていたのですがね。


 「お前さんは、ほんとうに猫なのかい?」


 喋るわけがないのに、猫の頭を掻きながら誰に言うでもなく口から出た。


 「おいらは猫だと思うよ」


 猫がこちらをじっと見上げて喋ってみせる。

 ギョッと魂消てしまい、言葉に詰まるのですが、なんとなく見えて来たような気がします。


 「お前さん。もしかして、商家の床下にでもいましたか?」


 そう尋ねてみる。

 あんなに安いのでしたら、もしかするとモノノケ類が棲み着いているのではと思っていましたが、それが猫だったとはね。


 「おいら。屋根裏にいたんだ」


 夜な夜な走り回る音が聞こえてくれば、寝つきも悪く、それに不気味で不安になるものです。

 ようやく安さのわけに合点がいきました。


 「播磨の酒でも届けますかね」


 罪滅ぼしではありませんが、越後屋さんには安くしてもらったお礼を届けておきましょう。


 「ところで、お前さんは妖なのかい?」


 猫は首を傾げて、不思議そうにこちらを見た。


 「おいらは化け猫」


 話しを聞いてみると、前に商家で商いをしていた家族に親猫共々弑虐され、生まれたばかりの子猫はすぐに亡くなってしまったようです。

 その遺体を守るようにしていた親猫も、遂には命を落とし、その恨みは子猫の身体にのって、化け猫として再びこの世に生まれてきたというわけだ。

 そして、子猫ながらもその商家を祟って、本懐を遂げた後もそのまま、そこに居続けることになった。


 「どこに行けば良いか知らないもん」


 猫がそう言ったが、仕方ないものだろう。

 子猫の行動範囲どころか、乳離れも済んでいなかったかもしれない猫ならば、親猫のまわりで精一杯というものだ。


 さて、猫の話しを聞いていましたが、いつまでも猫と呼ぶのもどうかと思い、名をつけることにした。


 「お前さん。もとの名は何と言うんだね」


 猫は首を傾げる。

 本当に生まれてすぐに、亡くなってしまったようです。


 名も呼ばれる前にとは、いくら猫のような畜生とは言え、ヒドイものですね。


 「私が名付けてもいいかい?」


 そう言ってみると、小さな頭を何度も上下させて見せた。


 ◆


 「弥七。そいつは右の奥だよ」


 修繕も終わりまして、生活に必要な家財や仕入れた品も運び入れ、大方の準備は終わりました。

 今は、商いの品を棚やらに並べたり、帳面をつけたりと、開店に向けての細々とした準備を、小僧の弥七と二人で片付けているところだ。


 「旦那。これで良いのかい?」


 棚の品を並べ直すと、弥七と呼ばれた小僧が振り向いた。

 齢の頃はは十に届くくらいだろうか、髪は短く揃えられ髷を結わずに、そのままなるがままにされている。

 服も小僧っ子の単衣に襷掛け、腰には新しく拵えた播州屋の前掛けという出で立ち。


 「はいよ。ありがとうね……そろそろ昼時だね」


 九つを知らせる鐘が鳴りはじめた。


 「わわっ?!」


 鳴り始めた鐘の音に驚いたようで、尻餅をつきそうになったところで、姿が猫になる。

 そう、この小僧の弥七こそ、拾った化け猫だ。


 「まだ、驚いたりすると解けてしまうんだね」


 チョコチョコと駆けて土間から飛び上がり、帳面をつけていた私の膝に乗ってきた。


 「なんで、人は大きな音を鳴らすんだよ。旦那」


 時の鐘に文句を言う弥七。


 「あれは時の鐘って言ってな、今が何刻かをしらせてくれるんだよ」


 人の世の仕組みと言うものを、教えていかなくてはいけない。


 「腹が減ったら食べるじゃいけないの?」


 素直な疑問。

 食事時だけを、知らせているわけではないのですが、それは追々と分かってもらいましょう。


 「昼は信濃屋さんにしますかね。そろそろ炊事なんかを任せられる人が欲しいところですね」


 今は朝と夕は簡単な鍋と飯で、弥七と二人済ませているが、昼だけは商いもあって作れないでおり、昼間でも鎧戸を閉めて、斜向かいの飯屋に世話になっている。


 信濃屋は届けてくれるとも言ってくれているのだが、弥七を一人で使いに出すのはまだ怖い。


 「誰かおらんものかね」


 口から弱音が出てしまう。


 そろそろ、お初に会いに行きますかね。


 ◆


 季節は夏になろうかという。

 商いも少しづつ始めてはいたのだが、仕入れや店のことを任せられる人がおらず、歯がゆい思いをしていた。

 

 「播州屋さんも、奥方を迎えたらどうです?いい人がいないのでしてら、仲人も紹介できますよ」


 保土ヶ谷に来てから、ずっと面倒をみてくだすっている越後屋さんの言。


 これはいよいよ腹をくくらないと行けない。

 一度、店を閉めて会いに行ってみるか。


 そんなこともあって、戸塚に向かうことにした。


 「弥七。行きましょう」


 今回は猫の姿のままで連れて行く。

 東海道は人通りも多いところで、人から突然、猫の姿になってしまったら、しかも、それを見られてしまったら、そう思うとぞっとする。


 久方ぶりの東海道。

 駿河屋の番頭だったころは、幾度となく上方との往復をした道だ。

 戸塚ならば一刻も掛からずに、お初の家となれば権太坂の少し向こうなので、それほど時間は掛からないだろう。


 弥七はチョロチョロと物珍しそうに、道端の草木やら虫やらを構いに行っている。


 「旦那。コレなんだい?」


 商家で生まれてすぐに商家で亡くなり、それからもずっとそこにいて、そこしか知らなければ、見るものが全て新しくて、それが楽しくて仕方がないのでしょう。

 弥七がはしゃぐのも仕方のないことです。


 旅程は権太坂を下り、いよいよ、お初と出会った一里塚が見え、そこから街道を外れると、田畑の広がる田園の方へと足を進めた。

 一歩、一歩と近づいていくにつれ、胸の中で心の臓腑は早鐘のようだ。


 見覚えのあるポツンと一軒だけある茅葺きの家。


 庭の洗濯竿に洗ったものを干している、深い藍の単衣に襷掛けのお初の姿。


 「旦那?!」


 後ろで弥七が声を上げた。

 それは、私が駆け出したからだろう。


 「お初っ!」


 名前を呼んだ。

 こちらに顔を向けるお初。


 「迎えに来たよっ!」

 

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