第4話 学院の異変

 ―――あの姿は―――――


 自然と駆け足になる。

 さっきまで疲れがたまっていた足が嘘のように軽い。


 近づくにつれて、はっきりと見えた人影は

 色褪せた黄赤の鎧を纏っていた。


 ……旅人の鎧だ。


 息を切らしながらも、ようやく追い着くことができた。

 確信に満ちた声で聞く。

「旅人さん……だよね…!!?」

 振り返ったその頭には、二本の角のような装飾があった。


 まだ息が整っていないが、ルナリアは満面の笑みで声を上げた。

「やっぱり!!!旅人さん!!」

 一方の旅人は、言葉に詰まっているようだった。

「………」


「相変わらず無口だなぁ…」

 恥ずかしがっているのか、それとも別の理由なのか。

 でも、この感じが旅人さんらしいなぁとルナリアは逆に安心した。




 少しして、旅人は学院の方向へ歩き始めた。

 ルナリアも置いていかれないようについていく。


 こうして肩を並べて歩けるのは、ほんとに奇跡みたいだ。

 ネックレスのお月様が導いてくれたのかな…


 すると、旅人がふと足を止める。

「旅人さん…?どうしたの?」

 旅人は何も言わずに斜め上を指差した。

 その方向には、黒くて濃い瘴気のようなものに覆われた学院が見えた。

「なに……あれ…」

 今まで見たことのないものに、悪寒が走る。

「ねぇ、旅人さん…!私たち戻った方がいいんじゃない…?」

 しかし、旅人は何も言わずに再び学院へ向かって歩き始めた。


 ルナリアは恐怖を感じつつも、旅人から離れたくないという思いが増し、結局ついて行った。




 ついに正門の前に来た。

 足元まで瘴気が漂ってきている。


 旅人は刀に手をかけながら不意にこう言った。

「……私だけで行く」


 それって…私を置いていくってこと…?

 そんなの、イヤ。


「ヤだ!私も行く!」

「……危険だ、外で待っ……」

 ルナリアは旅人の言葉を遮るように叫んだ。

「私…役に立つよ!!」

 旅人はその気迫に押されたのか、少し考えてから言った。

「……傍を離れるな」

 ルナリアは嬉しそうに、にっこりと笑みを見せた。旅人の傍に居れるのが嬉しかったのだ。


 正門を開き、敷地内へ入る。

 大扉をふたりで力を合わせて押した。

 扉が開き、中の様子が分かるようになった。


 学院の中だけ、夜のように暗い。

 外はまだ昼なのに。


 恐る恐る足を踏み入れる。

 壁にかかったたいまつが、僅かにあたりを照らしている。

 旅人はそのたいまつを手に取って、掲げながら学院の奥へ進む。

 少しは自分たちの周りが見えるようになったが、それでも暗い。


 廊下を進んで行き、突き当たりの部屋に入る。

 その部屋の中には、まるで立体になった人の影のようなモノが三体いた。


 三体とも頭が空洞のようになっていて、じっと見ていると吸い込まれてしまいそうだ…

 学院が覆われている瘴気と関係があるのかな…?

 幸い、こちらにはまだ気づいていないようだ。

 そのまま踵を返して別の道に進もうとした時。



 ギィィーーッ



 ルナリアが、床の軋む所を踏んでしまった。

 謎の影たちがルナリアたちに気付いたのか、こちらに向かってぎこちなく走ってくる。


「ひゃあっ!!!」

 ルナリアは腰が抜けて、逃げれない。

 そんなルナリアの手を掴み、旅人は走り出した。

「…離れるな……!」




 ――どれほど走っているのだろう。

 …まだ、後ろから足音がする。

 ドタドタドタドタドタ…と。

 怖くて後ろを振り返れない。

 旅人も、前しか見ていない。


 あちこち走り回っていたが、ついに行き止まりに来てしまった。


 まずい。

 このままじゃ、”あいつら”に殺されるかも…!

 ルナリアは目をつむった。


 旅は、もう終わり……?




 目をつむっていると、ぎゅっと抱きしめられた感覚がした。

 ふと目をあけると、旅人がルナリアを抱えながら壁に向かって肩から突っ込もうとしている。


 やがて旅人は覚悟を決め、壁を突き破った。


 ……この浮遊感、落ちてる?!

 その感覚も束の間、やがて強い衝撃が身体を駆け巡った。





 ――――――――――――――――――――――




 身体の痛みが、ルナリアの意識をハッキリとさせる。


 ここは…?

 そうだ…!旅人さんは?!


 身体を起こしてあたりを見回すと、辺り一面が本棚に囲まれていた。

 壁の上の方を見ると、ぽっかりと空いた穴がある。

 あんな高いとこから落ちてきたの…?

 あの高さから落ちたら普通ならひとたまりもないはずだ。


 ふと下を見ると、旅人が横たわっていた。

 旅人があえて下敷きになるように落ちてくれたのだろう。

 そのおかげでルナリアは大怪我をせずに済んだのだ。

 感謝を伝えるべく、旅人を揺する。

「旅人さん…!起きて!私たち、生きてるよ!」

 しかし、反応がない。


 まさか、そんな――


 顔の近くに耳を寄せると、すーすー、と息をする音が聞こえた。

 よかった…気を失っているだけのようだ。

 旅人が意識を取り戻すまで、あたりを探索しよう。




 この部屋には本がたくさんあって、広い。

 どうやら、書庫に落ちてきたようだ。

 ルナリアは、目についた本を手に取って読んでみた。

 高度な魔法の使い方が記されている。

 しかし、難しくて読めない。

 次の本を手に取り読んでみるが。

 そこにも高度な魔法が書かれていた。

「むぅ…難しくて読めないよぉ…」

 読み進めるのを諦めた。


 ふと、本が抜けた空間を見ると、奥に隠されるように立てかけられた分厚い本が目に入った。

 好奇心に駆られ、その本に手を伸ばす。


 …古い本だ。


 表紙は文字が書いてあったであろう跡が残っている。

「……王国の歴史…?」

 どこかの王国の歴史書のようだ。

 開いてみると、文字の掠れがひどくてまともに読めそうにない。

 一部が破れているページもある。

 ペラペラとめくっていると、あるページでルナリアの手が止まった。

『――大戦の記録』

 ”大戦”の前の文字は、かすれていて読めない。

『――年ほど前、大きな戦―が――ト――と―――王国の間に起きた。』


 この本、かなり古そうだし今からだと10年よりもっと前かな…?


 さらに読み進める。

『―――ムは数に物を言わせ、―――王国は数こそ少ないが、精鋭の騎――がそれに対抗した。

 両者は拮抗して――が、騎士たちは敗れてしまい、王国へ――入を許してしまった。』

『王国内部では必死の防衛の末、壊滅は防―た―たくさんの兵士や市民を失った。』

 次のページには重大な犠牲者が載っている。


『あの場に居た精鋭のふたり、

 月の騎士は死亡したとされ、同様に太陽の騎士も死亡、または行方を眩ましたとされ――る。』


 …月の騎士?太陽の騎士?

 死亡…って?

 そうだ、旅人さんなら長い間旅してるだろうから分かるかも…!


 早速本を持って起こしに行く。

「旅人さん!起きて!」

 旅人はゆっくりと起き上がった。

「…怪我は…ないか?」

 旅人は真っ先にルナリアのことを心配した。

「え、わ、私は大丈夫!それより…」

 少し間を開けて言う。

「また…助けてくれて、ありがとう」


 手を引っ張って逃げてくれた時。

 自分を下敷きに、ルナリアを守ってくれた時。


 旅人は、目を逸らした。

 …もしかして、照れてるのかな?

 そうだ……あの本見せないと。


「あと、この本に書かれてることって分かる?長い間旅してるだろうし、知ってるかなーって思って…」

 旅人はルナリアから開いたままの本を受け取った。


 本を読み進めていった旅人は、やはりあのページ、犠牲者のページで動きが止まった。

「旅人さん…?何か分かった?」

「これは……」

 その時だった。



 ドン、ドンドンドンドン!!



 扉を激しく叩く音がする。

 あいつらに場所が気づかれた!?

 でもこの部屋には、逃げ場がない。

 本棚のせいで、さっきのように壁を突き破ることもできない。


「た、た、旅人さん……!!」

 ルナリアはひどく怯えている。



 ―――こうなったら、戦うしか――

 旅人は痛む右腕で刀を抜く。

 扉が壊れてきている。

 入ってくるのは時間の問題だ。



 ドゴッ!ベキッ!!ベキベキベキッ!!!



 ついに扉が壊されてしまった。

 暗くてよく見えないが、どうやらそこには一体しかいないようだ。

 …一体ならば、何とか……


 異形は、旅人たちに気づき走ってくる。

 旅人も、異形に向かって走る。

 そのまま異形をすれ違いざまに斬り払った。

 しかし、手応えが薄い。

 斬られた異形は、まだ立っている。


 今度は異形が反撃してきた。

 走りながら引っ掻くように乱暴に腕を振っている。

 今は、弾いて身を守ることしかできない…!

 なんとか初撃を弾くことができたが、止むことのない連撃を全て完璧に弾くことは出来なかった。

「ッ……!」

 異形の爪は驚くほど鋭く、鎧ごと旅人の肉体を切り裂く。

 旅人から飛び散った血が、本棚に並んでいる本にべったりとついた。


「旅人さん…!」

 心配と恐怖と、期待の混ざった声。

 その声を聞いて、旅人はハッと思った。


 そうだ。

 私が死んだら、誰があのルナリアを守る?


 ボロボロの体で、再び刀を構え直す。

 血が鎧をつたって、床に広がる。

 刀の切っ先が、僅かに震えていたことは自分でも分からなかった。


 そんな旅人のことなど露知らず、異形はとてつもないスピードで接近し、旅人につかみかかる。

 旅人はとっさに身を守ろうとして刀を横に構え直したが、掴まれてしまった。


 一度払いのけるも、今度は刀を掴まれてしまう。

 異形は、刀越しに空洞の頭を旅人に近づける。


 意識が空洞に吸われてしまいそうになる。

 刀で押し返そうとするも、その体の大きさからは想像出来ないほど力が強く、距離を離すことができない。


 意識が吸われ、力が抜けていきそうになる。

 ――このままでは………――







「はああぁぁぁぁぁッッ!!!」

 大きな叫び声が書庫にこだまする。

 少し遅れて、目の前の異形は吹っ飛ばされた。


「大丈夫か!?」

 ハツラツとした女性の声。

 声のした方を見ると、そこには大剣を片手に持ち、鎧を着た背の大きな女性が立っていた。

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