計測係は天才スイマー!?

VOXマイケル

第1話から24話

『計測係は天才スイマー!?』〜気づいたら、プールの女子全員に溺れてた〜

第1期 第1話〜第12話


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第1話 「計測係、プールに立つ」

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大学二年生の春。神代蒼介はタイマーとストップウォッチを手に、大学の温水プールのタイル張りのプールサイドに立っていた。水色のポロシャツに白いボードショーツ、首からぶら下げたストップウォッチが揺れる。彼はサークル「碧波スイミングクラブ」のマネージャー兼計測係だ。

「じゃあ朝比奈さん、スタートお願いします」

クールな目元の部長・朝比奈凛が飛び込み台に立つ。スラリと伸びた脚、競泳水着がプールの照明を反射してきらめく。

「計測係ごときに指図されたくないけど」と凛。「でも……お願いします」

蒼介がホイッスルを吹いた瞬間、凛は水面を割って滑り込んだ。バックストロークの美しいフォーム。蒼介は無意識につぶやく。「……左手の入水が十センチほど外に流れてる。もったいない」

50メートルを泳ぎ終えた凛が振り返る。「今、何か言った?」

「い、いえ。ただのひとりごとです。1分00秒4です」

【ラッキースケベ①】

記録を書き込もうとしたその瞬間。バタフライ担当の橘陽菜がプールサイドから飛び出してきて、蒼介の背中に全力でぶつかった。「蒼介くーん!次わたしも計ってー!」

ドバァン。蒼介は盛大にプールに落下した。水中でもがいていると、陽菜もうっかり飛び込んできて、二人は水中で正面衝突。陽菜のキャップが外れ、長い茶色の髪がふわりと広がる。水中で顔を合わせた二人。陽菜のゴーグルが外れ、ぱちりと目が合う。距離、二十センチ。

水面から顔を出した陽菜が絶叫した。「き、近いいいいい!!」

「ぼ、僕が落ちたんですが……!?」と蒼介。

プールサイドで見ていた凛が冷たい目で言った。「……マネージャーが水に落ちるサークルって初めて見た」

その夜、蒼介は自室でノートを開いた。〈朝比奈凛・背泳ぎ:左手入水角度−10°、推進力ロス約3.2%。改善点は……〉。元・全国最速スイマーの目は、すでにチームの課題を全て見抜いていた。


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第2話 「天才のひとりごと、聞こえてました」

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翌日の練習。凛は昨日の「ひとりごと」が頭から離れなかった。左手の入水が外に流れている。気になって朝から動画を撮り、自分で確認すると——確かにそうだった。

「……神代くん」

「は、はい?」蒼介がびくりとする。

「昨日のひとりごと。もっと詳しく聞かせなさい」

そこから、蒼介は凛のフォーム改善を口頭でアドバイスし始めた。入水角度、ローリング量、ストローク数。データと感覚を組み合わせた分析に、凛の目が少しずつ丸くなっていく。

「……どこでそんなこと覚えたの」

「えっと、昔ちょっと泳いでたので」と蒼介は曖昧に笑う。

「ちょっと、ね」凛は細い目でじっと蒼介を見た。「嘘くさい」

その日の午後、ツンデレの天野美桜がタイムが伸びないと苛々していた。「なんで凛先輩だけアドバイスもらえるの」と頬を赤くしながら蒼介に詰め寄る。

「え、美桜さんも聞きたいですか?」

「べ、別に聞きたいわけじゃないけど……聞いてあげてもいいわよ」

蒼介が泳ぎを観察すると、腕のプルが浅く、キックとのタイミングが微妙にずれていた。丁寧に説明すると、美桜は顔を真っ赤にしながらメモを取った。「……ありがと、とは言ってないからね」

「はい、どういたしまして」

「聞こえてたー!?」


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第3話 「先輩のお着替えは見ていません(本当に)」

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「ちょっと、記録ノート忘れたのよ。更衣室の前に置いといてくれない?」と白瀬雪乃先輩に頼まれた蒼介。22歳の先輩は水泳部では母のような存在で、蒼介にも優しかった。

更衣室の前の棚にノートを置こうとした瞬間、扉が内側から開いた。

「きゃっ!?」

扉に押されて蒼介は前につんのめり、雪乃先輩の胸元に顔を埋める形でどすんと倒れ込んだ。雪乃先輩はまだ着替えの途中で、タオルを巻いた状態だった。

「ゆ、雪乃さんっ、すみませんすみません!!」蒼介は目を閉じて飛び退く。

雪乃は耳まで赤くしながら「……前から言おうと思ってたけど、あなたってすごくドジよね」とため息をついた。「でも……ちゃんとすぐ目を閉じてくれた。それは、まあ、合格」

「すみませんでした!!」

「謝りすぎ。かわいいわね」雪乃は笑いながら扉を閉めた。が、その後しばらく鏡を見ながら頬を押さえていた。

その夜、雪乃は元競泳選手の九条茉莉に電話した。「ねえ茉莉、マネージャーの神代くんって……どう思う?」

「どうって……何よ急に」と茉莉。「あのひとりごとマネージャー?」

「ひとりごとで凛のフォームを当ててたのよ。あれ、絶対只者じゃないわ」


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第4話 「元競泳選手の本気」

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九条茉莉、22歳。かつて全国大会入賞を誇った元競泳選手。肩の故障で現役引退し、今はサークルで泳ぐことを楽しんでいる——そういう建前だった。

実際は、水に入るたびに全力が出せない焦りと戦っていた。タイムは全盛期の八割。体は動く。でも何かが足りない。

「神代くん」と茉莉は呼び止めた。「あなた、私のフォーム見て何か思わない?」

「……聞いていいですか?」蒼介は少し間を置いた。「茉莉さん、肩の故障の後、入水のときに無意識にかばってますよね。右肩だけ入水角度が3度浅い。だから推進力が左右で均等になってない」

茉莉の目が見開かれた。「……誰にも言ってない」

「見ればわかります。悪い意味じゃなくて……すごく丁寧に体をかばって、その上でベストを尽くしてる。そのバランス感覚は本物の選手のものです」

茉莉はしばらく黙っていた。それから、ふっと力が抜けるように笑った。「……やっぱりただのマネージャーじゃないわね、あなた」

その日の夜、茉莉は久しぶりに全力でプールに飛び込んだ。意識して右肩の角度を修正すると——タイムが全盛期の九割五分まで戻った。


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第5話 「水着の試着に付き合わされた件」

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「蒼介くん!スポーツ用品店行くの手伝って!」と陽菜と鈴の二人組に引っ張られ、蒼介は大学近くのスポーツ店へ連行された。

「競泳水着って、専門的な話が分かる人じゃないと選べないじゃない?」と陽菜。「蒼介くんって詳しいでしょ?」

「まあ……少しは」

店内でそれぞれ試着室に入った二人。蒼介が外で待っていると、突然カーテンが勢いよく開いた。

「ちょっと蒼介くん見て!このサイズどう思う!?」

陽菜が新しい競泳水着を着たまま飛び出してきたのだ。肩紐の位置から背中のライン、無防備なまま正面に立っている。蒼介の顔が一瞬で真っ赤になる。

「は、はははる、陽菜さん!?カーテン閉めて!!」

「なんで?これが試着ってもんじゃない?」陽菜はきょとんとしている。

「確かに水着だけど!!」

鈴もひょこっと顔を出す。「蒼介お兄ちゃんの顔、真っ赤だよ」

その後、蒼介は真剣な顔で水着の素材と縫製について解説した。撥水性、着圧分布、肩の自由度。二人は目を丸くして聞いていた。陽菜はこっそり思った。——この人、やっぱりただのマネージャーじゃない。


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第6話 「詩音の壁」

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柊詩音はいつもひとりで練習していた。クールで口数が少なく、他のメンバーとあまり交わらない。メドレーリレーのアンカーとして頼りにされているのに、誰かに心を開いたことがない。

蒼介が計測に近づくと、詩音は無言でスタート台に立った。タイムを計り終えると、蒼介はメモに何か書きながら言った。

「……詩音さんって、ターンのときだけ少し遅れますね」

「分かってる」と詩音は短く答えた。

「あ、わかってるんですか。じゃあ何か理由が?」

詩音は黙った。蒼介は追及せず、ただ静かに待った。三十秒ほど経って、詩音がぽつりと言った。「……壁が怖い。昔、ターンのときに失敗して肩を打った。それから」

「なるほど」蒼介は頷いた。「無理に克服しなくていいです。ターン前の一かきを少し深めにすると、タイムのロスを補えます。怖さと戦わなくても、別の道がある」

詩音は蒼介を見た。初めて、自分の弱さを責めない人間に会った気がした。

その日の夜、詩音は日記に書いた。〈神代蒼介という人間、まだわからない。でも——嫌いじゃない〉


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第7話 「澪さんのうっかり大作戦(本人は無自覚)」

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水瀬澪はおっとりした天然で、ぼんやりしていることで有名だった。個人メドレーをのんびりと楽しむタイプで、蒼介のことも「やさしいひと」くらいの認識でいた。

練習後のプールサイド。蒼介がストップウォッチを整理していると、澪が濡れたまま近づいてきた。「蒼介さん、ちょっとここ見てもらえます?」

澪は競泳水着の肩紐を指さした。「ここ、ちょっとずれてて……直してもらえますか?」

「えっ、あ、はい……」蒼介は顔が熱くなりながら、肩紐を慎重に直す。距離が近い。髪から塩素のほのかな香りがする。

「ありがとうございます〜」と澪はにっこり。何も気にしていない様子。

後ろで見ていた美桜が唇をぎゅっと結んだ。「……なんであんな自然に頼めるわけ」

凛は腕を組んで「本人が無自覚なのが一番罪深い」とため息をついた。

澪は首を傾げた。「なんか怒ってます?」

「怒ってない」と二人同時に言った。


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第8話 「桜庭さんの水泳日誌」

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桜庭葵は毎日、練習後に水泳日誌を書いていた。タイムや練習内容だけでなく、その日の発見や感情も細かく記録する文学少女だ。

「神代くんって、いつもみんなのこと観察してるよね」と葵が言った。

「仕事ですから」と蒼介は笑う。

「じゃあ、私のことも書いてる?」

「もちろん。葵さんのバックストロークは水面との距離が安定してて、水の抵抗をすごく上手く逃がしてる。でも、20メートル付近で少し呼吸が浅くなる」

葵は目を輝かせて手帳を開いた。「書いていい?」

「どうぞ」

蒼介が見ている前で、葵はさらさらとペンを走らせた。〈神代くんはプールを見る目が、まるで詩人みたいだ。水と人の関係を、自分の言葉で語る〉

「……何書いてるんですか」と蒼介がのぞき込む。

葵はぱたんと手帳を閉じた。「ひ・み・つ」

その後、葵は少しだけページを開いた。最後の一行には〈好きになりそう〉と書いてあった。すぐに塗りつぶしたが、インクが薄く透けていた。


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第9話 「星野柚希の大脱線計測」

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サークルの記録係・星野柚希はドジっ子天然系で、毎週何かしらトラブルを起こしていた。蒼介はそれをどこか楽しんでいた。

その日、柚希は計測の補助をすると言い張って蒼介のそばに張り付いていた。「わたしも記録したい!任せて!」

「柚希さんが持つと記録が消えそうで……」

「大丈夫だってば!」

五分後。柚希はストップウォッチを水に落とし、それを取ろうとして自分もプールへ落下。蒼介が反射的に手を伸ばしたところを引っ張られ、二人同時に水中へ。

水中でもがく柚希を蒼介が抱き上げる。水面に出たとき、二人の顔は五センチ。柚希の髪がべったりと頬に張り付いている。

「……助かった」と柚希は目を丸くした。「蒼介くん、意外と力強いね」

「泳げるので」と蒼介が言った瞬間、しまった、と口をつぐむ。

「え、泳げるの?じゃあ泳いでよ!」

「ち、ちょっと待ってください!!」

プールサイドから見ていた凛が、珍しく笑っていた。


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第10話 「鈴の涙」

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早瀬鈴は20歳にして小柄な体でスプリントにこだわっていた。体格差をスタートダッシュと技術で補う戦い方。でも今日は何度泳いでもタイムが出なかった。

練習終了後、蒼介はひとりでプールサイドに残る鈴を見つけた。水面を眺めながら、膝を抱えている。

「鈴さん」

「……蒼介お兄ちゃん、わたし向いてないのかな。体が小さいから、どんなに頑張っても」

蒼介はしばらく隣に座った。それから口を開く。「知ってる?水泳って、体が大きい人が有利なのは本当。でも、体積が小さい人は水の抵抗も少ないんです。鈴さんのスタートの反応速度と体の細さは、むしろ武器です。うまく使えば、大きい体の人には出せないタイムが出る」

「本当に?」

「本当です。今日タイムが出なかったのは、焦りで腰が落ちてたから。次は腰の位置だけ意識して泳いでみてください」

翌日、鈴は自己ベストを更新した。タイムを見た瞬間、鈴の目から涙がこぼれた。「蒼介お兄ちゃん……!」

「よかった」蒼介は笑った。本当に嬉しそうに。

それを見ていたメンバー全員が、改めて思った——この人は、本物だ。


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第11話 「凛が聞いた、真夜中の話」

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大学の課題を終えた夜、蒼介はひとりで誰もいないプールへ向かった。夜間の自主練習は許可を取れば使えるルールがある。着替えを持っていなかったので、ただ水面を眺めていた。

「こんな時間に何してるの」

振り返ると、凛がいた。同じく自主練習帰りらしく、タオルを肩にかけている。

「凛さんこそ」

「私は部長だから」と凛は隣に腰かけた。しばらく無言で水面を見ていた。「……神代くん。なんで泳がないの。あなた、本当は泳げるでしょう」

蒼介は少し黙った。「……昔、泳いでました。全国大会で優勝したこともあります。でも、ある大会でひとりの後輩に無理をさせてしまって、怪我をさせた。自分のアドバイスが原因で。それから泳ぐのをやめました」

凛は何も言わなかった。ただ、蒼介の手の上に自分の手を重ねた。小さくて、少し冷たかった。

「それはあなたのせいじゃないと思う」と凛は静かに言った。「でも、そう思えないよね。それはわかる」

蒼介は驚いて凛を見た。凛は水面を見たまま言った。「……マネージャーのままでいいよ。でも、いつかまた泳いだほうがいいとは思う。あなたの水泳を、私は見たい」


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第12話 「夏の記録会、みんなの本気」

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夏の学内記録会。碧波スイミングクラブのメンバーは全員エントリーしていた。蒼介はプールサイドでストップウォッチを持ち、全員の動きを目で追う。

凛は左手の入水角度を完璧に修正していた。茉莉は右肩をかばわずに力強く入水した。美桜のプルはようやく深さを取り戻し、澪のメドレーは流れるように美しく。葵のバックストロークは一定のリズムを崩さず、詩音はターンの前の一かきを深めにして壁の恐怖を乗り越えた。鈴は腰を上げ、スタート台からの飛び出しで先頭に立った。

全員が自己ベストを更新した。

記録会終了後、ロビーで全員が集まった。誰ともなく蒼介を囲んでいる。陽菜が叫んだ。「蒼介くんのおかげだよ!!」

「みんなが練習したからです」と蒼介は笑う。

凛は静かに言った。「……神代くん、ありがとう」

詩音がぼそりと「礼を言うの、初めてかもしれない」とつぶやいた。凛がじっと詩音を見た。

蒼介はみんなの顔を見回した。水の匂いがする、青と白の空間。この場所が好きだと思った。

帰り道、柚希が小声で言った。「ねえ、みんな蒼介くんのこと好きだよね」

「何を言ってるんですか」と蒼介。

「うーん、気づかないのもすごい才能だと思う」

【第1クール完 〜後半へ続く〜】

『計測係は天才スイマー!?』〜気づいたら、プールの女子全員に溺れてた〜

第1期 第13話〜第24話


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第13話 「夏合宿決定!全員一つ屋根の下」

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記録会の翌週、凛が発表した。「夏合宿をやります。期間は三泊四日。場所は海沿いの合宿施設」

一斉に歓声が上がった。蒼介だけが静かに手を挙げる。「あの……マネージャーも参加ですか」

「当たり前でしょう」と凛。「計測係がいないと始まらない」

施設についた初日の夜。蒼介は荷物を持って男子部屋へ向かおうとしたところ、手違いで部屋割りが混在しており、蒼介の荷物が女子部屋に紛れ込んでいた。

取りに行った蒼介。扉を開けると、ちょうど陽菜と鈴が浴衣のままストレッチをしていた。二人は悲鳴。蒼介も悲鳴。

「ノックしてよ!!」

「ノックしました!!返事がなかったから!!」

廊下に追い出された蒼介に、通りかかった雪乃先輩が笑いながら声をかけた。「あらあら。お部屋間違い?」

「間違ってないんです、荷物が……!」

「はいはい」雪乃は苦笑しながら中に入って荷物を持ってきた。「はい、これ。次からは事前確認してね?」

「はい……」

雪乃は廊下で小さく笑った。——顔が赤い。かわいいわね。


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第14話 「海での特訓と、砂浜の告白未満」

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合宿二日目は海でのオープンウォータートレーニング。プールと違い、波があり方向が読めない。全員が最初は戸惑った。

蒼介は水着に着替えずに砂浜で見守っていたが、茉莉が「海での泳ぎ方を教えて」と言い張り、結局水に入ることになった。

「……泳ぐんですね」

「私が手本見せるより、あなたが見せたほうが早いでしょう」と茉莉は涼しい顔で言った。

蒼介が波打ち際に入り、静かにクロールで泳ぎ始めた瞬間——全員が動きを止めた。波を割るフォームが美しすぎた。体幹のブレがゼロ。水面への入水が完璧なライン。五十メートル先まで流れるように泳いで帰ってきた。

誰も言葉が出なかった。

「……やっぱり」と凛がぼそっと言った。

その夜、砂浜で凛と二人になった。星が出ている。

「あれが本当のあなたよね」と凛。

「昔の話です」

「昔じゃなかった。さっき見た」凛は海を向いたまま続けた。「戻らないの?競技に」

「……今は、みんなの泳ぎを見るほうが好きです」

凛は何かを言いかけて、やめた。波音だけが続いた。


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第15話 「温泉は地獄だった(男性視点)」

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合宿三日目の夜、施設に露天風呂があった。男女で時間を分けての利用だったが、蒼介は時間を完全に勘違いしていた。

脱衣所で気づいた。女子の声がする。「……やばい」

反転して出ようとした瞬間、内側から扉が開いた。先に上がった美桜が浴衣姿で出てくる。蒼介と鉢合わせ。お互い一秒停止。

「なんであなたがここに!?」美桜の顔が爆発したように赤くなる。

「時間を間違えました!!すみません!!」

「もう入ってきてないよね!?ねえ!!」

「入ってません全力で!!」

美桜は廊下でしばらく壁に手をついて震えていた。顔が熱い。心臓がうるさい。「……なんで。なんであの人のせいでこんな……むかつく」

翌朝、美桜は蒼介を見るたびに目をそらした。蒼介も気まずそうにしていた。

陽菜がにやにやしながら二人を交互に見た。「あー、なんか昨日の夜、何かあった?」

「「何もない!!」」と二人同時に言った。


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第16話 「詩音が初めて笑った日」

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合宿最終日の朝。蒼介は早起きして砂浜を歩いていた。すると先に詩音がいた。

「おはようございます」と蒼介。

「……おはよう」詩音は海を見ていた。「昨日、ターンで初めて怖くなかった」

「本当ですか」

「あなたが言ったとおりにしたら……壁が怖くなかった。ずっと怖かったのに」

蒼介は何も言わずに隣に立った。波が来て、二人の足を濡らした。

「神代くん」と詩音が言った。「……ありがとう」

それから、詩音は少しだけ笑った。口元がほんのわずかに緩んだだけの、控えめな笑顔。でも蒼介は、その笑顔がすごくきれいだと思った。

「詩音さんって、笑うとすごくきれいですね」

詩音の顔がみるみる赤くなった。「……余計なこと言わなくていい」

「本当のことです」

「……うるさい」詩音は顔を背けた。が、口元はまだ笑っていた。


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第17話 「澪さんの誕生日大作戦」

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合宿から帰ったあとの週。水瀬澪の誕生日だった。みんなでサプライズをしようとサークル室で準備していた。

蒼介が澪へのバースデーケーキを運ぼうとしたとき、廊下で澪本人と正面衝突した。ケーキは見事に蒼介の顔面に直撃。生クリームがべったりついた蒼介の顔を見て、澪はぽかんとしていた。

「あ……サプライズ、ですか」と澪。

「……台無しにしてしまいました」と蒼介。

澪は少し間を置いてから、くすっと笑った。「でも蒼介さん、すごく面白い顔してます」

「笑ってないでティッシュを……」

澪がそっと蒼介の頬のクリームをハンカチで拭いてくれた。すごく近い。澪の目が蒼介の目を見ている。「……ありがとうございます、お誕生日のこと。嬉しいです」

蒼介の心臓が一回、大きく跳ねた。

「ハッピーバースデー、澪さん」

「はい。今日、すごく幸せです」澪は微笑んだ。——その笑顔が、ずっと頭から離れなかった。


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第18話 「葵の小説に書かれていたもの」

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桜庭葵が大学の文芸部の発表誌に短編小説を書いた。題名は「蒼い水面」。

柚希が読んで蒼介に持ってきた。「蒼介くん、読んだ?葵ちゃんの小説」

「いえ」

「読んでみて。絶対に読んで」柚希は妙に真剣な顔で言った。

蒼介は図書館で発表誌を手に取り、読み始めた。——大学のプールで計測係を務める青年が、一人ひとりの泳ぎを見守りながら寄り添っていく話。主人公の名前は「神崎蒼」。

蒼介はページを閉じた。しばらく天井を見た。

翌日、練習後に葵に声をかけた。「小説、読みました」

葵の顔がゆっくり赤くなった。「……読んだんだ」

「きれいな話でした」

「ありがとう……」葵は手帳を胸に抱えた。「あれは……フィクションですから」

「わかってます」と蒼介は笑った。「でも、嬉しかった」

葵は手帳を更に強く抱えた。ページの中に〈言えなかった〉と書いた。その下に〈でも笑ってくれた〉とも書いた。


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第19話 「雪乃先輩の卒業研究とお礼」

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22歳の白瀬雪乃と九条茉莉はもうすぐ卒業を控えていた。二人はこのサークルでの最後の一年を大切にしようとしていた。

雪乃が蒼介を呼び止めた。「ちょっといい?二人で話したいことがあって」

放課後、誰もいないプールサイドで二人向かい合った。

「私、就活うまくいかなくてね。ずっと自分に自信が持てなかった。でも、泳ぐたびにあなたが「良くなってる」って言ってくれて……それが力になってたの」

「雪乃さんは本当に良くなってましたから」

「あなたってほんとうに、人の良いところを見つけるの上手よね」雪乃は蒼介の手を両手でそっと握った。「ありがとう。おかげで先週、内定もらえた」

「おめでとうございます」

「お礼を言いたかっただけなの。でも……」雪乃は少し笑った。「あなたのこと、ちょっと困ってる」

「困ってる?」

「ずっと弟みたいだと思ってたのに、最近そう思えなくなってきてて」

蒼介はしばらくフリーズした。雪乃は「忘れて」と笑いながら手を離し、歩いていった。


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第20話 「美桜の本音とプールの底」

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ある日の練習後、美桜がひとりでタイムを計り直していた。蒼介が残って付き合った。

「なんで残ってるの」と美桜。

「付き合いますよ。終わるまで」

美桜は何も言わずに何度も泳いだ。十回目の計測で、とうとうタイムが出た。

プールから上がった美桜が、息を切らしながら言った。「……出た」

「出ましたね。21秒台に入りました」

美桜はプールサイドに座り込んだ。少しの間沈黙した後、振り返らずに言った。「ねえ。私のこと、ちゃんと見ててくれてる?」

「ちゃんと見てます。いつも」

「……そっか」美桜は膝を抱えた。「じゃあ……そういうことにしとく」

「何がですか?」

「あなたが私のこと特別に見てくれてるって、そういうことに。本当じゃなくても、今だけでいいから」

蒼介は少し考えてから言った。「……本当に、ちゃんと見てますよ。美桜さんのこと」

美桜は顔を背けた。返事はしなかった。でも耳が真っ赤だった。


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第21話 「柚希が落とした秘密」

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星野柚希が泣きそうな顔で蒼介を探していた。「蒼介くん!大変!スマホに全員のことを書いたメモが入ってて、それが……プールに落ちた!!」

「なんで泳ぎながらスマホ持つんですか!!」

「落とすつもりじゃなかったの!!」

蒼介は服のまま飛び込んでスマホを回収した。上がってきた蒼介はびしょ濡れ。柚希が慌ててタオルを持ってきた。

「ごめんね蒼介くん……ありがとう」柚希がタオルを蒼介の頭にかけた。距離が近い。柚希の顔が近い。

「……あ」と柚希が止まった。目が合う。

「柚希さん?」

「えっと……あの……」柚希はタオルを持ったまま固まった。顔がどんどん赤くなる。「ありがとうって、言いたかっただけで……」

「スマホは水没してるかもしれないので乾かしましょう」と蒼介。

「うん……そうね……」柚希は安堵したような、残念なような顔をした。

スマホの中のメモは無事だった。一番上に「蒼介くんのこと」とだけ書かれた項目があったが、蒼介は見ないふりをした。


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第22話 「茉莉の最後のレース」

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卒業前の最後の学内大会。九条茉莉はサークル代表として出場した。もう二度と公式大会には出られない。これが最後のレースになる。

スタート直前、茉莉は振り返って蒼介を見た。「計測、頼んだわよ」

「任せてください」

スタートの音が鳴った。茉莉は完璧な入水で飛び込んだ。右肩をかばわずに、蒼介が言ったとおりの角度で。ストロークが力強い。ターンが鋭い。

タッチ。蒼介がストップウォッチを止めた。

「……何分何秒ですか」と茉莉が顔を上げた。

「全盛期タイより0.2秒上です」

茉莉は目を見開いた。それから、声を上げて泣いた。プールの中で、顔を水につけて、ひとりで泣いた。

蒼介はプールサイドにしゃがんで、茉莉が泣き終わるまで静かに待っていた。

「……ありがとう、神代くん」茉莉がようやく顔を上げた。目が赤い。「あなたに会えて良かった」

「茉莉さんが諦めなかったからです」

「二人でそう言うことにしましょう」茉莉は笑った。


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第23話 「蒼介がプールに飛び込んだ日」

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秋。蒼介は計測ノートに向かいながら、ふとプールを見た。みんなが泳いでいる。全員が、出会った頃より速い。美しい。

凛が近づいてきた。「神代くん」

「はい」

「一回だけ泳いで」と凛は言った。「お願いしてるのよ。私が」

蒼介はしばらく黙っていた。プールを見た。水面が光を反射してゆらいでいる。

「……着替えてきます」

蒼介が水着でプールサイドに戻ってきたとき、全員が練習を止めていた。十人が並んでこちらを見ている。

「見ないでください」と蒼介は言った。

「見る」と凛は言った。全員が頷いた。

蒼介は飛び込み台に立った。深く息を吸った。水面を見た。——怖くなかった。みんながここにいる。

飛び込んだ。水を割った瞬間、体が思い出した。水の温度、流れ、抵抗。すべてが懐かしかった。

50メートル泳ぎ終えて上がると、陽菜が叫んだ。「やっぱり天才じゃない!!」

凛だけが静かに笑っていた。「……良かった」とだけ言った。


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第24話 「計測係のいちばん大切なもの」(最終回)

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冬。サークルの打ち上げパーティーが終わった後、蒼介はひとりプールサイドに残っていた。来年、茉莉と雪乃は卒業する。変わっていく。でも今年は——最高だったと思った。

気づくと、全員が戻ってきていた。凛が先頭に立ち、全員が蒼介を囲む。

「なに、みんなで……」

「ありがとうを言いに来た」と凛は言った。「一人ずつ」

凛から始まった。「あなたのおかげで、水泳が好きになり直した」

陽菜が続く。「蒼介くんのアドバイスがあったから、自己ベスト出せた!」

雪乃は笑いながら言った。「マネージャーじゃなくて、コーチとして来年も来てほしかったわ」

美桜は顔を赤くしたまま「……よかったわよ、あなたがいて」とだけ言った。

澪はにこにこしながら「また来年も計測してくださいね」と言った。

葵は手帳を閉じたまま「あなたのことを、ちゃんと書いておく」と言った。

茉莉は「あなたは本物の指導者よ。忘れないで」と言った。

鈴は「蒼介お兄ちゃんがいてくれないと泳げない!」と飛びついてきた。

詩音はぼそっと「……来年もいなさい」と言った。顔は別の方を向いていた。

柚希は「みんなが蒼介くんのこと大好きなの、バレバレだからね!」と言って笑った。

蒼介は全員の顔を見渡した。プールの水面が揺れている。十人の、笑顔がある。

「……ありがとうございます」と蒼介は言った。「僕も、ここが好きです」

凛は一瞬だけ目を細めた。「それだけ?」

「え?」

「何でもない」凛は水面を向いた。でも口元が笑っていた。

その夜、蒼介はノートを開いた。全員のタイム記録が並んでいる。全員が来た時より速くなっている。その数字を一つ一つ見ながら、蒼介は思った。——水泳をやめなくて良かった。ここに来て良かった。

来年の春も、プールサイドに立つつもりだった。ストップウォッチを持って。十人の泳ぎを見て。ひとりごとをつぶやきながら。

【第1期 完 〜第2期へ続く〜】


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