第5話 魔王、パワハラ上司を処刑

「魔王くん、ちょっといいかな?」


昼休み終了直後。


営業部の空気が凍った。


声をかけてきたのは営業二課課長、《鬼塚》。


四十代。


常に怒っている。


部下を怒鳴ることで呼吸しているタイプの男だった。


田中が小声で震える。


「やばいです……」


「何がだ?」


「鬼塚課長です……」


周囲の社員たちも視線を逸らす。


完全に恐れられていた。


鬼塚は魔王を睨んだ。


「最近調子乗ってるらしいなぁ?」


「乗っておらぬ」


「社長に意見したり、勝手な行動したり」


魔王は腕を組む。


「間違ったことは言っておらん」


ピキッ。


鬼塚の額に青筋が浮かぶ。


「新人の分際で!!」


ドン!!


机を叩いた。


社員たちがビクッと震える。


「俺が若い頃はなァ!! 三日徹夜なんか当たり前だったんだよ!!」


「だから何だ」


「根性が足りねぇんだ最近の奴らは!!」


「壊れているだけでは?」


静寂。


田中が顔を覆った。


(ああ……終わった……)


鬼塚の顔が真っ赤になる。


「表出ろやァ!!」


数分後。


非常階段。


完全にヤンキー漫画だった。


鬼塚がネクタイを緩める。


「社会ってのを教えてやるよ」


魔王は不思議そうに首を傾げた。


「人間界の教育は殴るのか?」


「舐めんな新人!!」


鬼塚が胸ぐらを掴もうとした。


その瞬間。


ガシッ。


逆に掴まれた。


「……あ?」


魔王の手だった。


びくともしない。


まるで鉄。


赤い瞳が静かに鬼塚を見下ろす。


「余はな」


低い声。


空気が冷える。


「一万の魔族を従えていた」


鬼塚の喉が鳴った。


「国を滅ぼし」

「勇者と戦い」

「地獄を統べた」


ゴゴゴゴゴ……


覇気が漏れる。


非常階段がミシミシ鳴り始めた。


鬼塚の顔色が青くなる。


「お、お前……」


「その余に」


魔王はニッコリ笑った。


「腕力で勝てると思ったか?」


鬼塚の膝が震える。


だが。


彼も長年ブラック企業で生き残った男。


無駄に根性だけはあった。


「う、うるせぇ!!」


叫びながら拳を振り上げる。


その瞬間。


魔王は軽く指を鳴らした。


ボッ。


鬼塚の拳が燃えた。


「熱ァァァァ!!?」


「安心しろ。低温だ」


「低温で燃えるかァ!!」


鬼塚が転げ回る。


そこへ。


「何やってんだお前らァ!!」


営業部長が駆け込んできた。


状況を見る。


燃える鬼塚。


無表情の魔王。


終わってる。


「ま、魔王!! お前また問題を!!」


「先に殴ろうとしたのはあやつだ」


「でも燃やすな!!」


鬼塚は涙目で叫ぶ。


「こいつ危険だ!! クビにしろ!!」


営業部長も困惑していた。


確かに危険。


だが。


正直。


社員たちの空気は違った。


「鬼塚課長、いつも酷かったし……」

「新人泣かせてたよな」

「ちょっとスッキリした」


ざわざわ。


鬼塚の顔が引きつる。


魔王は静かに言った。


「恐怖で従わせるだけの支配者は三流だ」


その言葉に。


社員たちがハッとする。


「部下を潰せば、いずれ誰もついてこぬ」


鬼塚が黙る。


魔王は続けた。


「余は魔王だった」


赤い瞳が真っ直ぐ向けられる。


「だから分かる」


その瞬間だけ。


社員たちは見た。


ただ怖いだけじゃない。


この男は。


本当に“上に立っていた者”なのだと。


沈黙のあと。


営業部長が深くため息をついた。


「……鬼塚課長」


「な、なんだ」


「とりあえず始末書で」


「俺ぇ!?」


社員たちが吹き出した。


鬼塚は崩れ落ちる。


魔王は満足そうに頷いた。


「うむ。平和的解決だな」


「どこがですか」


田中が真顔でツッコんだ。


その日の夕方。


社員たちの間で噂が流れる。


『魔王さん、パワハラ上司燃やしたらしい』


『いや半分だけらしい』


『むしろ優しい』


そしてなぜか。


魔王の社内人気はさらに上がっていた。

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『魔王様、定時で帰ります』 黒宮 史郎 @iitian

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