あの時からいつもいた彼女
凛々レ縷々
第1話 あの時からいつもいた彼女(前編)
「Hey 不二枚!」
「お呼びでしょうか、わらび様」
「今日、
「出汁巻しらす……様。彼女がどうしてこの愛の巣に」
「愛の巣? 自己探、一緒にレポろって話しになってさ」
「わらび様の探求でしたら私めがこの後……、じっくりと」
「そういうのいいから」
ナレーター:
冒頭の掛け合いに見せかけた雑な登場人物の紹介では、不足を感じるという人のために、一応補足をしておこう。『
最後にこのワンルームの部外者、『
※APF=アクティブ・ポジショニング・フィールドとは、恋愛において二人の関係性が
だが二人のすれ違い具合によっては、相手は視界から姿を消して活動圏外までステルスムーヴを完遂されてしまうことが希に認められる。この場合、自身へのダメージを最小限に抑えるため直ちに察知しておきたい。また、活動圏外へと抜け出しクールダウン走行をはじめた相手を、追従しに行ってはいけないことは言うまでもない。すべてはAPF内で行われる必要がある。
──以上。
「そんなことより、ピザ取っておいてよ。サイドはいつものに、エッグタルト付けといて。後さ、コーラは2人分だから」
「承知しました。割り勘の請求先は向こうのコンシェルに」
「いやいいよ。オレのバイト代からだすから」
「お忘れでなければ良いのですが、」
「ん? 何」
梅海苔わらびは、返事だけするとシャワールームへ移動する。それに合わせてシャワールームのモニターを、不二枚しじみも使用した。今時、室内の壁や家具・家電の表面はOLEDで造られている。壁紙の色や柄を変えられるだけではなく、AIであるコンシェルジュがあたかも実在するかのように利用するためだ。
「わらび様、今夜はフレとイベント解放に参加するお約束では?」
「断っておいてよ。今、カップルに人気の映画ってどんなのあるの?」
「わかりました。へこむ様のコンシェルにお伝えしておきます」
「ねぇ、不二枚。カップルに人気で良い感じの映画って、ありそう?」
「ムーディーシーンまでのRTAで現在最速なのは、」
「そういうのナシで」
無用な対人摩擦をさけるのが当然となっているこの時代。他人とはコンシェルジュ同士で会話を行う。クラウドを介しているので外出時にはスマホだけではなく、公共施設内の壁や端末にも呼び出すことが可能だ。個人の情報と事情でカスタマイズされた専属のコンシェルジュが、面倒事を担ってくれるのだから対人ストレスは極限にフリーな社会となった。
通常、小学校入学に際してコンシェルジュが同伴者として利用者保護を開始する。
このサービスは国の福祉事業の一環である。そのため国民は月額料を納めることを義務付けられた。複雑化した税制度や医療保険制度、比較や評価し辛い資格や経歴、金融資産情報など、個人の価値を不可視化領域で正確に定量評価し、平等な福祉サービスを安価に
「今話題の『ヴィーナスに抱きしめられて』がとても良いかと」
「そうなんだ、食べながら見るから予約しといて」
「わかりました。ところで出汁巻様はいつ頃お見えに?」
「もう少ししたら駅まで迎えに行くよ」
「まさかの積極性、あちらのコンシェルのMOVEを制限しますか?」
「そんなのいらないよ」
「男友達ですら来たことがない部屋に女性を招き入れ、食欲を満たし、映画による雰囲気作り、そしてシャワーを事前に済ませる周到さ」
「えっ、まっまぁ、そりゃぁ」
「今までのアレは、まさか私めを使った実践シミュレート……」
「アレってどれだよッ」
「私めのうぶなメモリアドレスを散々解放させて弄び、ブロッサムさせておいて」
「何がブロッサムだよ。ヤバい、もう出なきゃ」
駅は歩けば20分ほどの距離にある。天気の良い今日は実にデート日和。身支度を済ませるとコンシェルジュが電気や水道、ドアのロックに至るまで全てを操作してくれる。IoTとの相性は抜群だ。マンションを出た梅海苔わらび はヘッドフォンで音楽を聴きながらスマートウォッチの通知を確認した。
ヘッドフォンから不二枚しじみの声が聞こえる。
「わらび様、バスが角の信号で停車。バス停に到着するまで28秒」
OK【送信】
「わらび様、右側の三席目の空席に着席ください」
OK【送信】
「わらび様、駅の到着まで6分47秒ほど」
OK【送信】
「わらび様、あちらのコンシェルジュから到着しているとの連絡が」
OK【送信】
「あ の ね、今夜、『暴走列車の車庫入れ奇想天外』を二人で鑑賞して、」
(何勝手にノイキャンにしてASMRしてんだよッ)
そうこうする内にバスは予定通り駅に着く。既に出汁巻しらすが待っていた。前髪が切り揃えられていて黒髪のボブがとっても似合っている。性格は温厚で明るい受け答えをする彼女は、梅海苔わらびがコンシェルジュを介さなくてもお喋りできる数少ない人物。人と人の接点が極めて少なくなった今では、好意を寄せるには十分な動機の一つ。
「出汁巻、待たせてごめん」
「まだ時間になってないから、梅海苔くん」
「少し歩く? バスでもいいけど」
「うんそうね、歩こうかな」
[いつも『わらび』が仲良くさせて貰ってます]
[いえいえ。ウチの『しらす』こそお世話になってるみたいで]
[お世話だなんてー、そんなコトさせてませんから]
「あれ、そうでしたか『しらす』モテるから他の人だったかな]
『音声ダダ漏れなんですけど』(わらび&しらす)
初期使用時、コンシェルジュのアバターや音声にはデフォルト設定がされている。しかし使用しているうちにアプリ側で、使用者の目線や会話、表情などのパターンを解析し好感度が上がるように自己カスタマイズされてゆく。使用頻度が上がれば使用者の理想とする人物像が高い精度で構築されるというギミックがある。
政府が水面下で、理想に近い者同士をマッチングさせて少子化対策を講じているとの噂が
「ここだよ、大丈夫? 疲れた?」
「大丈夫よ。いいとこだね」
「届いてる届いてる」
「ん? なぁに」
「ピザ注文してたんだ、一緒に食べようと思って」
「わぁー、ありがとう」
「狭いけど入って入って」
「おじゃましまーす」
外から帰ってきた時にこそ、コンシェルジュがIoTと連結する便利さを実感する。鍵も電気も触れる必要はなく機能させる。エアコンは顕著だ。ウェアブルデバイスが有れば使用者の体温や身体状態に合わせて、予め適切な室内温度にしておいてくれる。
「わらびさん、接続許可をお願いします」
「うん、わかった」
「わらび様、私めがコントロールするのでゲストで、」
「いや利用者権限で構わない」
「わらびさん、分かってらっしゃいますね。助かります」
「わらび様を信用出来ないと、キサゴ殿」
「ごめんなさい」
ちょうどトイレから出汁巻しらすが戻る前に話しが終わった。女性側のコンシェルジュである
やましいことなど無い、しない、させない、というのが同意に至るまでトラブルを避けるための鉄則。だからこそ出汁巻しらすは、この空間に安心できる居心地の良さを感じるのである。
[しらすのライフサポートがオレの務めなだけだ]
[仕方ない。わらび様の心情を汲み取り、解放しましょう]
[信頼は言葉ではなく、見える形で示すものですよ、不二枚さん]
[そうですね、ではここにサイインして下さい]
[わかった――、なに!?」
【画像認証式受理、昨日の20~23時迄の出汁巻しらす様の画像がランダムで36枚アクティブになります】
[貴様、
[計っていたのはキサゴ殿では。なるほどよく育っておられますね]
『音声ダダ漏れなんですけど』(わらび&しらす)
中編につづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます