普通を諦めたら、人生が動いた

黒宮 史郎

第1話「社会不適合者」

「藤崎くんさ、“普通”できないよね」


上司のその言葉で、

俺の社会人生活は終わった。


午後六時。


会議室。


蛍光灯の白い光が、

やけに目に痛かった。


テーブルの上には、

俺が作った企画書。


徹夜して作った資料だった。


でも会議で返ってきた言葉は、

これだった。


「いや、発想は面白いよ?」


上司が苦笑いする。


「でもさ、うちが求めてるのって“普通に使える案”なんだよね」


周囲も気まずそうに黙っている。


俺は何も言えなかった。


まただ。


昔からずっとそうだった。


“変なことを考える奴”


それが俺だった。


学生時代も。


授業中に、

誰も思いつかないアイデアを出して笑われた。


バイトでも、

勝手に効率化しようとして怒られた。


会社でも、

頼まれてない方向に全力を出して浮いた。


普通ができない。


空気読めない。


協調性ない。


でも、

頭の中にはいつも変な発想が浮かんでしまう。


止められないくらいに。


上司がため息を吐く。


「あと藤崎くん、報連相ちゃんとして」


「……はい」


「電話も出て」


「……はい」


「締切守って」


「……はい」


全部正論だった。


だから苦しかった。


企画は考えられる。


でも、

普通の社会人として必要なことが壊滅的にできない。


気づけば、

会社で完全に浮いていた。


その三日後。


俺は会社を辞めた。


いや。


逃げた。


最後は出勤できなくなって、

そのままメール一本で終わった。


二十九歳。


無職。


貯金七千円。


友達ゼロ。


ワンルームの部屋で、

俺はカップ麺をすすっていた。


テレビもついてない。


静かだった。


「……終わってんな」


思わず笑う。


冷蔵庫は空。


床には脱ぎっぱなしの服。


コンビニ袋。


洗ってない皿。


スマホを見る。


通知はゼロ。


いや、

正確には違う。


カード会社。


家賃催促。


それだけ。


昔は、

自分が特別だと思っていた。


“普通の人生”じゃ終わらない。


そう本気で信じていた。


でも現実は。


普通にすらなれなかった。


ベッドへ倒れ込む。


天井を見ながら、

ぼんやり考える。


なんで俺、

こんなに普通ができないんだろう。


朝起きる。


働く。


空気読む。


報告する。


みんなできてる。


なのに俺は、

それだけで息苦しくなる。


そのくせ。


頭の中では、

意味不明なアイデアばかり浮かぶ。


『寝坊した人専用カフェ』


『失恋した人専用タクシー』


『人生失敗した人だけが泊まれるホテル』


「……アホくさ」


誰が使うんだよ。


そんなもん。


でも、

なぜか考えてしまう。


昔からずっとそうだった。


世の中の“ズレた人間”向けのものばかり思いつく。


普通の人には必要ないもの。


だから、

誰にも理解されなかった。


スマホを握る。


求人サイトを開く。


閉じる。


また開く。


胃が痛くなる。


“コミュニケーション能力重視”


“明るい職場”


“チームワーク”


全部、

自分には無理そうだった。


「……無理だろ」


スマホを放り投げる。


その時。


床に散らばったノートが目に入った。


昔のメモ帳だった。


なんとなく開く。


中には、

びっしりと意味不明なアイデアが書かれていた。


『泣くためだけのレンタルルーム』


『人生終わった人限定バー』


『会社辞めた翌日に行く旅行プラン』


「……なんだよこれ」


思わず笑う。


くだらない。


意味不明。


でも。


なぜか少しだけ、

心が動いた。


普通の仕事はできない。


社会性もない。


友達もいない。


でも。


こういう発想だけは、

昔から止まらなかった。


窓の外を見る。


夜の街が光っている。


普通の人たちが、

普通に生きている。


たぶん俺は、

あっち側にはなれない。


だったら。


普通になれないなら、

別の方法で生きるしかないんじゃないか。


その瞬間。


胸の奥で、

何かが少しだけ熱を持った。


俺はゆっくりメモ帳を開く。


そして、

新しいページに書いた。


『異常なアイデアで生きていく方法』


それが、

全部の始まりだった。

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