それはダメだって
たがね
それはダメだって
「あの、えっと……」
「入ってくれ」
「え? でも」
「いいから!」
山田先輩にぐいっと背中を押されて、俺は入室。
ドアが閉められたと同時に、照明がつく。
並んでいたものを見て、俺は、凍り付いた。
「こ、これって……」
俺は苦い表情を作り、相談相手の先輩に言う。
先輩はどうにかわかってほしいと、手振り身振りと言い出す。
ここの営業所において、百戦錬磨の先輩も苦い顔だ。
もちろん、先輩の気持ちもわかる。
けど、これは……
俺は武志、二四歳の若手サラリーマンだ。
そんな俺の教育係になってくれたのが、どんな駆け引きも、自分に有利な方へ持っていくことができるという、優秀すぎるサラリーマンの山田先輩である。
独身貴族、という言葉通り。
そつなく、失敗もせず、完璧すぎる山田先輩。相手に非礼をしたこともなく、かなりの常識人。にもかかわらず、最近のおしゃれ、お笑いにも通じているので、若手からの人気も高い。
まさに貴族のような、品のある立ち振る舞い。営業所エースとして、申し分ない存在。
そしてもったいないほど仕事ができるのに、いまだ独身なのだ。
山田先輩を狙って、お局さんが「私をお嫁さんに!」と陰で騒いでいる。
孤高の騎士ともいえるし、武士ともいえる。
広い分野に精通していて、どんな相手ともすぐに打ち解けられる人。
それが、山田先輩であった。
だから、山田先輩が俺に「話しがある」と言ってきた時には、驚いた。
小心者で、小物。まだまだ成長途中とはいえ、俺に相談?
一体なんだろうと、連れてこられたのは、山田先輩のお気に入りの高級クラブ。
今はまだお昼休みの時間帯だ。
おどおどする俺を連れて店に入る。
女性たちはおらず、代わりに、クラブのママが出迎える。
「待っていましたよ。こっちに部屋にあります」
美魔女と名高いクラブのママと山田先輩に連れられて、俺は店に入る。
え? え? 何なの? 何事? 俺をどうしようっての?
俺はどきどきした。そう、どきどきすることしかできない。
ずっと無言の山田先輩が、俺を店の奥へ連れていく。
と、ある部屋のドアを開く。
部屋の中は真っ暗だ。
「あの、えっと……」
「入ってくれ」
「え? でも」
「いいから!」
山田先輩にぐいっと背中を押されて、俺は入室。
ドアが閉められたと同時に、照明がつく。
並んでいたものを見て、俺は、凍り付いた。
「こ、これって……ゴルフバック?」
そう、そこには、ゴルフバックが並んでいたのだ。ゴルフには疎いので、高級メーカーかどうかはわからない。
「先輩、これって……」
「助けてくれ!」
すると山田先輩が、突然、土下座をした。
どんな状況でも有利に運ぶ山田先輩が、自分から土下座をしたことに、俺は驚きを隠せない。
「え? え?」
「君は、起きろこの野郎! というラジオ番組を知っているか?」
「ら、ラジオ? いえ、知りません」
「買っちゃったんだよお! これらを! 総額!」
俺は並んでいる、五つのゴルフバックの総額を聞いて、目を剥いた。
ゲーセンだったら、一生ゲームができる。ニートなら、十年は世間から離れられる金額だ。
「え? どういうことですか?」
「つまりだな。起きろこの野郎! のラジオ番組の占い通りに、これまで動いてきたんだ」
山田先輩の話を要約すると、こうである。
先輩がこのラジオ番組を知ったのは、若いころでたまたま。興味半分でつけたラジオがこの番組で、この番組が紹介したラッキーアイテムを買うと、思うがままに商談がまとまるので、今ではすっかり信者となっている。
「それで、ゴルフバックを買ったはいいけど、家の人に見つかると怒られる……? あれ? 先輩、独身じゃあ」
「ママがいるんだよー!」
拳でどんどんと床を叩き、泣き崩れる先輩。
「ママが、ママが許してくれるわけがないもん! ああ! ぼ、僕が散財したのを知ったら、ママが、ママがあ!」
いい年して床でごろごろと苦しむその姿は、騎士や武士どころか、ただのわがまま問題児。
なんとまあ……あれだけ「すごい!」とみんなが認めた先輩の裏が、ただマザコンだったなんて……もしかして……
「好きな女性のタイプは、ママさんみたいな?」
「ど、どうしてそれを!」
「みてればわかります。で、俺にどうしてほしいんですか?」
「金は出す、金は出すからあああ! これらを買ったのは、君だと言うことにしてくれ! そしてママに叱られてくれ!」
「……幼稚園児じゃないんですから! 自分で買ったものでしょう⁉ しかも、どうして俺が怒られないといけないんですか! 筋違いにもほどが」
「うおおんうおおん! 武志君が意地悪するよー!」
「ここにママはいません!」
「ママー! だって、今朝の、起きろこの野郎! で」
今週のかに座のラッキーアイテム!
ゴルフバックを五つ買う人は大物になるよお!
「ちゃんちゃん」
「あんたがそれを言うなああああああ! 良い大人が何言って、家に置けばいいじゃないですか。ママも認めてくれるって」
なんだか面倒な話になってきたので、俺もテキトーに話しかける。
「ママだってわかってくれるからさ」
「ママンはそういうところ、怒ると怖いんだもの!」
いつからか白いハンカチを咥えて、涙を流し、床でごろんごろん。
俺の憧れの先輩像が、崩れていく……
盛大なため息が出ると、ぐずぐずと泣いていじけだす先輩。
「大丈夫だって、ママンは許してくれるよ」
「ぐずん……ほんとお?」
「まあ、俺が親なら」
「親なら」
「こんなマザコン要らねって思うけど」
「うおおおおおおおおおおおおん!」
そこへ、山田先輩のスマホが鳴りだす。
曲は演歌ものだが、スマホを手にした山田先輩はびしっと立ち上がる。
「ええ! その件でしたらすでに着手……はい、はい。ええ! また後程、ご連絡いたします」
ぴっ。
「ママあー! ママあー!」
なんだこの二重人格!
俺はあからさまな対応に、ある意味肝が冷えるほど驚いた。
ああ、表があれば裏があるとはいうけど、こんな表裏は知りたくなかった。
「ほらほら、先輩、立って!」
ちょっと意地悪しちゃったけど、とにかく先輩を起こす。
いつまでもごろごろしている男など、見たくもない。
すると、先輩は急にびしっと立ち上がり、俺に言い出す。
「さあ! 休み時間もあと十五分! 君がこの件を呑みこまないと、君は職場に帰れない!」
はっと、俺は出入口のドアを開けようとしたが、鍵がかかっている!
「い、いつの間に!」
「さあさあ! 僕のママンに言うと誓え!」
「言っている内容が内容だから、しまらないなあ」
「さあさあさあ! ここに契約書と朱肉もある! 営業所に帰るまでの時間は七分。考えている時間はない!」
「いや、ないって、考える時間くらいは」
「君が買って、置き場所がないから僕のおうちにって、ママンに言え!」
なんか、どうでも良くなってきた。
営業において遅刻は厳禁。
そのせいか、営業所に戻る時間を考えると、押さざるを得ない。
俺は山田先輩の契約書にサインした。
山田先輩は大笑いしながら、高級クラブを出ていく。
「疲れた……」
「お疲れねえ」
俺はクラブのママさんのご厚意で、氷入りの水をガラスコップでもらう。
「腹減ったなあ。今日はお昼抜きか」
「あなた、星座は何座なの?」
「てんびん座です」
「良かったじゃない。今週の起きろこの野郎! では、てんびん座は昼抜きだと思うわ」
「そんなまさかあ!」
「あの番組の占い、私がしているもの」
それはダメだって たがね @happa-2mai
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