おいしそうに食べるから。

千田伊織 @講談社漫画原作コン受賞

第1話

○高級日本料理屋「山月さんげつ」のバックヤード(夕方)

客席からは暖簾で隠れた裏の調理場(バックヤード)で開店作業中。バックヤードには大型の業務用冷蔵庫やステンレス製のシンク、寸胴鍋などが並ぶ。

志乃、シンクを雑巾で拭き上げている。※志乃(19):きっちりまとめた黒髪、白の調理衣

その奥では大将・大島が大きな寸胴の前に立ち、真剣なまなざしで一番出しを引いている。(昆布を菜箸で丁寧にあげている)※大島(59):坊主頭、白の調理衣

佐藤「志乃」

志乃、背後から声をかけられ、振り返る。

佐藤「それが終わったら少し休憩にしようか」

佐藤、バックヤードと板場(表の調理場)を繋ぐ通路の暖簾を持ち上げて、顔を出している。※佐藤(38):黒髪短髪、白の調理衣

志乃、ハキハキと返事。

志乃「はい!」


○高級日本料理屋「山月」のカウンター席(夕方)

美しいL字型の白木のカウンター。

志乃と佐藤、並んでカウンター席に座っている。

大島、賄いのどんぶりをカウンターの台に置く。

志乃と佐藤、どんぶりを受け取る。※鶏肉とたまねぎを煮て卵でとじたシンプルな親子丼。上には三つ葉が乗っている。色どりの工夫も欠かさない。

志乃「いただきます」

佐藤「いただきます」

志乃、マイ箸で一口食べる。

志乃、真剣だった顔を綻ばせる。

志乃「おいしいです。こんなに素晴らしいご飯を毎日食べられるなんて、私は幸せ者です⋯⋯!」

佐藤、剥げかかった塗りマイ箸で丼をかきこんでいる。

志乃、箸の手を止めて思い出すような視線で言う。

志乃「あ、そういえば今日は金曜日ですよね」

佐藤、飲み込んでから返す。

佐藤「そうだったな」

志乃「じゃあ今日も来ますかね、あの子」

佐藤「あの子? ああ、茶髪の女の子か」「来るんじゃないか?」

志乃「そうですよね!」

志乃、嬉しそうに笑って丼を食べる。

佐藤、怪訝な顔をして箸を止める。

佐藤「……」「なんでそんな楽しそうなんだ?」

志乃「だってあの子、いつもきれいな格好をしてやってきて、美味しそうに食べて帰るじゃないですか!」

志乃、目を輝かせている。

しかし志乃、すぐに暗い顔をする。哀れみの表情。

志乃「あ、でもあの子いつも違う男性と来ますよね⋯⋯。あんなにたくさんお父さんがいるって、すごく複雑な家庭環境なんでしょうか⋯⋯」

佐藤、板場にいる大島に目配せする。

大島、無視。

佐藤「志乃、違う」

志乃「え?」

佐藤「あれは多分、パパ活だ」

志乃、目をぱちくりとさせる。

志乃「ぱぱかつ⋯⋯?」「父親を応援する活動ですか?」

佐藤「パパ活っていうのは⋯⋯」

佐藤がパパ活についての説明を示唆する間。

志乃、驚愕の表情。

志乃「え~~~~~⁉」

佐藤、苦笑い。

志乃、唇を尖らせて嫌悪感剥き出しの表情。

志乃「なんだか師匠のお料理が利用されてるみたいで気分が悪いです」

志乃、やけになって丼をかきこんで口に頬張る。

佐藤「こら、頬張るな。行儀悪いぞ」

佐藤、一瞬ぶすくれる志乃を咎める大人の顔。

志乃、ふんふんと鼻息を荒くしながら、反論したい気持ちを咀嚼で飲み込む。目で感情を訴えている。

佐藤、お茶をすすりながら目を逸らす。

佐藤「まあ、多分だけどな⋯⋯。とりあえず食ったら店を開けよう」


○店内(夜十九時頃)

温かいオレンジ色の間接照明に照らされた静かな店内。数名の客がカウンター席やテーブル席に座っている。

ゆら、男性とにこにこ会話をしながら店に入ってくる。※ゆら(20):茶髪の巻き髪。淡いピンクのミニワンピースに白のカーディガン。

※男性(4,50代):恰幅がいい。オフィスカジュアルな格好。

佐藤「いらっしゃいませ!」

大島「いらっしゃいませ」

志乃、入ってきたゆらを見てフリーズ、凝視する。

ゆら「ここ、一度来てみたかったんだぁ。ありがとう、木村さん!」

ゆらと男性、大島の正面のカウンター席に座る。

佐藤、板場から志乃の脇腹を肘でつつき、小声で促す。

佐藤「(小声)志乃、固まるな。お茶をお出しして」

志乃、はっと我に返る。

志乃「は、はいっ!」

志乃、ほうじ茶を入れた湯呑をお盆に載せて、客席の方へ。

志乃、お茶を出す間じっとゆらを見つめ続けている。

《数分時間経過》

志乃、板場の奥から、じっとゆらを見つめ続ける。

ゆら、お吸い物の入った椀を両手で持って一口飲む。

ゆら「すごいきのこのいい香り!」

ゆら、頬を抑えて嬉しそうに小刻みに揺れている。

佐藤、志乃を小突く。

佐藤「睨むな。お客様の前だ」

志乃、ハッとして、首を横に振って邪念を振り払う。

志乃(仕事中なんだから、しっかりしないと!)


○高級日本料理屋「山月」裏口(閉店後、深夜零時頃)

大通りから一本入った薄暗い路地裏。大通りの方からは夜の明かりが漏れている。

志乃、高級日本料理屋の裏口の鍵を締めると、一息つく。

志乃、帰ろうと足の向きを変えたとき、店の壁にもたれかかるようにして倒れているゆらを発見。

志乃「だっ、誰⁉」

志乃、驚いて後ずさる。

志乃「あ、さっきのパパ活の……!」

辺りを見回すが、ゆらと一緒にいた男性は見当たらない。

志乃「なんでこんなところに……」

志乃、少し近づいて呼吸を確かめる。

ゆら「(寝言)もう、飲めないよぉ……」

志乃「……」※顔に怒りマーク

志乃(今日は忙しくて疲れたし、早く帰りたいんだけど……)(でもこんなところで寝てて吐かれちゃっても困るし、店の評判にも……)

志乃、葛藤した末に、ゆらに声を掛ける。

志乃「あの!」

ゆら「ん、ナンパぁ? お金出してくれるならもう一軒付き合ったげてもいいけど……」

ゆら、まだ寝ぼけながら口元のよだれを拭う。

志乃「違います。ここ、店の裏なので速やかに移動してください」

ゆら、目をつむったまま手を伸ばしてくる。

ゆら「ええ~~立てなーい。手伝ってー」

志乃、ため息をついてあきれ顔でゆらの手を掴む。

志乃「……ほら立って」

ゆら、何とか立ち上がって目を開く。

ゆら「あれ、さっきのお姉さんじゃん。美味しい和食屋さんの!」

志乃、一瞬嬉しくなって頬を赤くする。

しかし、ゆらがよろける。志乃、ゆらの腕を掴む。

志乃「し、しっかり立ってください」

ゆら「さっきすごい見てたよね」

志乃、ギクッとして目を合わせない。

ゆら、いたずらっぽい表情。

ゆら「んふふ、ゆらに見惚れちゃった?」

志乃「……」

志乃、苛立ちのあまり眉根を寄せてゆらの顔を見る。そしてその締まりのない顔を見て、苛立ち手を離す。

ゆら、どさっと落ちる。

志乃、ゆらを置いて通りの方に進む。

志乃「結構意識しっかりしてるじゃないですか。自力で帰ってください」

ゆら「あー」

志乃、後ろから聞こえてくるゆらの声に振り返る。

志乃「今度はなんですか」※顔に怒りマーク

ゆら、地面にぺたんと座り込んで、右手を厚底の靴を履いた右足首に添えている。

ゆら「足捻っちゃったかも」

志乃「はあ⁉」

ゆら、目をうるうるさせて、こちら(志乃)見上げてくる。

志乃「あーもう!」

志乃、ゆらに肩を貸す。

志乃「家はどちらですか」

ゆら「……帰りたくない」

志乃「あの……!」

ゆら「だって家に帰ってもだれもいないんだもん」「(小声)さみしい……」

志乃「……」

志乃、何か言いかけて、口をつぐむ。

ゆらのお腹が鳴る。

志乃、白い目でゆらを見る。

志乃「……さっき、うちの店で食べまくってましたよね」

《○回想

コース料理に加えて追加注文しまくって頬が落ちそうになっているゆらと、大食いに引き気味のおじさん・木村。

ゆら「あ、この『のどぐろの塩焼き』食べたい!」

ゆら「『松茸の土瓶蒸し』おいしそう!」

木村「えっ、このコース結構量あるよ……?」

ゆら「あ、この炊き込みご飯おかわりで!」》

ゆら「えへへ」

ゆら、だらしない表情で照れ笑いする。


○志乃、一人暮らしのワンルーム(深夜〇時過ぎ)

志乃の自宅に帰宅後、志乃は自分のついでにゆらの分も夜食づくり。ゆらはリビングのソファーの前に敷かれたラグにぺたん座りして、深夜のディープなトークバラエティ番組を見ている。

志乃、野菜炒めをプライパンから平皿に移す。電子レンジからは、温め終わったプラスチック製保存容器(タッパー)に入った煮物を取り出し、小鉢に映す。

※野菜炒めは、キャベツ、もやし、たまねぎ、にんじん。

※煮物は、にんじん、ごぼう、レンコン、こんにゃく、鶏もも肉。

あらかじめ箸が用意された盆にご飯と野菜炒め、小鉢を乗せてリビングに持っていく。

志乃「はい、できましたよ」「……私の夜食ついでですが」

志乃、ぼそっと付け加える。

ゆら、目の前のローテーブルに置かれた夜食に目を輝かせる。

ゆら「わーこれ、きみが?」「……あ、そう言えば名前聞いてなかったね。わたし天野ゆら」

ゆら、自分の自己紹介だけして、志乃の発言を聞かずに箸を手にする。

ゆら「美味しそ~」

志乃「私は深瀬志乃です。全然こんなの大したものじゃありません」「どうぞ召し上がってください。……お口に合えば、ですけど」

ゆら、手を合わせる。

ゆら「いただきまーす」

志乃、少し遅れて手を合わせてから箸を持つが、ご飯を食べるゆらに注目する。

ゆらの箸の持ち方には違和感がある。

ゆら、口いっぱいに野菜炒めと白米を頬張る。

ゆら、目をさらに輝かせると、煮物も食べる。

ゆら「ん~!」

志乃(やっぱり美味しそうに食べるんだよなぁ、この子)

ゆら「美味しい! 志乃ちゃんすごい!」

志乃、直接的な褒め言葉に照れて咳ばらい。

志乃「これくらい普通です」

ゆら「そんなことないよ! やっぱり、料理を仕事にしてる人ってすごいんだなぁ」「あ、次ゆらがお店に行ったときは志乃ちゃんが作った料理食べさせてよ!」

ゆら、上機嫌になってご飯を食べる。

志乃、自分の料理を褒めてくれたことに喜びつつも、眉尻を下げる。

志乃「それは無理です、私は追い回し……見習いなので。まだお客様に私の作ったお料理は出せません」

志乃(まだまだ、師匠のような出汁は引けない)

ゆら、志乃の少し寂しそうな表情を上目遣いで覗き込む。

ゆら「じゃあ、その日まで待ってるね?」

志乃、覗き込んできたゆらの目を見つめて、ぴたりと動きを止める。

ゆら「志乃ちゃんがあのお店で料理をだせるようになるまで。それまで、通い続けるから!」

志乃、しばらくドキドキして動けないでいる。

ゆら、その横で何事もなかったかのように、最後の一口を食べて手を合わせる。

ゆら「ごちそーさま! あー美味しかった」

ゆら、すくっと立ち上がる。

志乃、立ち上がったゆらを見上げて目を丸くする。きょとんとした表情。

志乃「あれ、足捻ったんじゃ……」

ゆら、とぼけたように斜め上を見上げる。

ゆら「んーなんか? 勘違い? だったみたい~」

ゆら、さっさと厚底の靴を履いてつま先をトントンすると、リビングにぽつんと座ったままの志乃に手を大きく振る。

ゆら「じゃあね~!」

ゆら、そのまま部屋を出ていく。

扉の閉まるがちゃんという音。

志乃、しばらく固まったまま。

志乃、箸を持った手をわなわなと震わせる。

志乃「あの女……‼」


一話fin

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