第4章「声を作る」

「ミユさん、今度……電話、してみたいな」


息が止まった。


このまま進めば、嘘が破れる。

全部が終わる。


でも——その提案に、一瞬だけ、心が踊ってしまった。


彼女の声を聞きたい。

彼女に"好き"と言われたい。


でもそれを欲しがっているのは、

"ミユ"でもなく"ボク"でもない。

もはや何者かも分からない、"何か"だった。


 ──


「女声 変換 アプリ」


検索した。

1番評価の高いものをダウンロードして、試した。


「こんにちは。ミユです……」


イヤホンから返ってきた声は、女っぽかった。

でも、音の隙間に"ボク"が漏れていた。


震えながら、録音ボタンを押し続けた。


 ──


通話は夜の10時、家族が寝てから、とひかりが指定した。


電気を消して、布団にくるまって、

スマホを手にして、心臓の音を数えた。


ピッ。


「……ミユさん?」


小さく、震えるような声。


「……ひかりちゃん、こんばんは」


スマホの向こうで、息をのむ音がした。


「……ほんとに、ミユさんなんだ」

「声、すごく……優しい」


嘘の声に、震えながら感動してくれている。


その無防備さと、その熱。

言葉の端に、恋に似た何かが滲んでいた。


 ──


通話が終わったのは1時間後だった。


画面が切れた瞬間、イヤホンを外してベッドに倒れ込んだ。


自己嫌悪と、消えない興奮と、恐怖。


──このまま、進んでしまうのか。


"ボク"は、もう"ボク"でいられなくなりつつある。

でも、引き返す道が、どこにも見えなかった。


 ──


鏡の前に立った。

スカーフを喉仏に巻いてみた。


いつか、こんなふうに彼女と会えたら——


いや。

会えば、すべてが壊れる。


彼女の"好き"は、"ミユ"に向けられたものだ。

"ボク"じゃない。


それでも、その"好き"に、静かにすがっていた。

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