第9話「特別じゃない幸福」
休日だった。
目覚ましをかけずに寝たのに、
朝九時には自然に目が覚めた。
天井を見つめながら、
ぼんやり思う。
少し前までの俺なら、
休みの日は夕方まで寝ていた。
起きた瞬間から自己嫌悪。
何もしてない。
また一日無駄にした。
人生終わってる。
そんな言葉ばかり頭に浮かんでいた。
でも今日は違う。
「……腹減ったな」
それが最初に出た感想だった。
悪くない朝だった。
顔を洗って、
適当に服を着る。
外はよく晴れていた。
スーパーまで歩く。
住宅街の静かな道。
犬の散歩をする老人。
自転車の親子。
洗濯物を干す人。
昔の俺は、
こういう景色を見下していた。
“つまらない人生”
だと思っていた。
刺激もない。
成功もない。
ドラマもない。
でも最近は、
少し違って見える。
みんな、
ちゃんと毎日を生きている。
それって、
思っていたよりすごいことなんじゃないか。
スーパーへ入る。
カゴを持って、
適当に店内を回る。
卵。
納豆。
冷凍うどん。
地味な買い物。
でも、
こういう普通の生活を、
俺は今までちゃんとやってこなかった。
ふと、
半額シールの貼られた弁当が目に入る。
「……これでいいか」
鮭弁当。
三百九十八円が、
百九十九円になっていた。
少し得した気分になる。
昔なら、
こんなことで嬉しくなる自分を嫌っていた。
もっと派手な人生を夢見ていたから。
でも今は、
こういう小さい嬉しさが妙に心地いい。
帰宅後。
ベランダへ出る。
安い折りたたみ椅子に座って、
半額弁当を食べる。
風が気持ちいい。
遠くで子供の声が聞こえる。
空は青かった。
「……うま」
鮭を食べながら、
小さく呟く。
特別じゃない。
高級料理でもない。
でも、
ちゃんと美味しいと思えた。
ふとスマホが鳴る。
宮下からだった。
『来週のシフト確認しました』
それだけの業務連絡。
なのに、
少し笑ってしまう。
前の俺は、
人との繋がりをすぐ切っていた。
うまくいかないと逃げた。
傷つく前に距離を置いた。
でも今は、
少しずつ人間関係が続いている。
それが不思議だった。
弁当を食べ終わり、
空を見上げる。
静かな午後。
何者でもない自分。
成功者じゃない。
金もない。
夢もまだ曖昧だ。
でも。
去年の俺より、
今の俺のほうがずっと好きだった。
昔は、
“特別になれない人生”
を失敗だと思っていた。
でも今は違う。
ちゃんと眠れて、
ちゃんと働けて、
たまに笑える。
それだけで、
十分幸せなのかもしれない。
ベランダの手すりに肘を置きながら、
ぽつりと呟く。
「……悪くないな」
風が吹く。
どこにでもある休日だった。
でも。
こんな普通の日を、
俺は少し好きになり始めていた。
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